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写し見の忍び③

「嘘……」


 小豆(あずき)打音(うちね)

 高校の同級生であり、舎弟でもあり、私の友達。


 最後の記憶は忘れもしない。

 私が他校のヤンキーに刺され意識が朦朧とする中、彼女はひたすら助けを叫びながら、何度も私の名前を連呼していた。私の意識が消えないように。


 そんな泣き虫で弱く、更には悲劇のサブヒロインでもあるはずの彼女なのだが、今は黒装束を身に纏い私の前に現れたのだ。


「嘘……でしょ。ずん……、ずんとまた会えるなんて……」


 珍しくも涙が溢れそうになる。

 それだけ私にとって彼女との再開は嬉しい事であり、同時に誰も知り合いがいないこの時代での安らぎでもあったのだ。


 この際、何故忍者の格好をしているのかは問わない。

 私は無我夢中で小豆打音に、通称ずんに抱きついた。


「バカ! もう、いるならいるでさっさと姿を見せなさいよ!」

「え……?」


「何やっぱりこれって長期間のドッキリ⁉ クッソー、アンタ覚えてなさいよ!」

「はぁ……? どっき……え……?」


 反応が何だか鈍い。

 私は柔らかくて、肉感のあるずんの身体から離れた。


「だーかーらー。これ、ドッキリなんでしょ⁉」

「……どっきりって何スか?」


「とぼけんじゃないわよ。誰に言われてこんな壮大な事したのよ。まさか、うちの父親とか⁉」

「え……まぁ確かにお願いされたのは清顕(きよあき)様ッスけど……」


 話がかみ合わない。

 それにさっきも何だか違和感があったような……。


 私はもう一度ずんに抱きつき、感触を確かめつつ離れる。

 やっぱりおかしい。私はずんの胸を鷲掴みにした。


「はぁ⁉ 何よこのおっぱい⁉ アンタいつのまに巨乳になったのよ!」

「いつと言われましても……」


「それにこの感触……。シリコンを入れると違和感があったり固くなったりするって聞いた事あるけど、全然そんな事ない。めっちゃ柔らかいわ」

「あはは……。姫様、揉み過ぎっス。それとちょっと痛いっス」


 しまった。私とした事が。

 ついつい豊満な肉体を手に入れた友人に対し、私の手が暴走してしまった。童貞男子じゃあるまいし。


「……姫様、わちきの事憶えてるっスか?」

「はぁ? 憶えてるも何も……アンタはずんでしょ。本名は小豆打音、私の最初の舎弟じゃない。忘れるはずないわ」


「……やっぱ噂は本当だったんスね」


 そう呟くと、ずん……彼女は自分が何者なのか、私にざっくりと教えてくれた。


 彼女の名はお(うち)

 ちなみに本名ではなく、忍びとしての仮の名だ。


 仕えている当主の家名は田村家。

 つまり私……愛姫の実家という事になる。


 ここで本当なら嘘だと思いたかったが、私は思ったより冷静に彼女の言う事を受け入れていた。

 ドッキリ……なわけないのだ。だって私はあの時感じた冷たい、命の灯が消えていく瞬間を今でも鮮明に憶えているのだから。


「……どうッスか⁉ ここまで聞いてわちきの事や清顕様の事は思い出せたっスか⁉」


 当然、私は首を横に振る。そうする事しか出来ない。

 だって私はこの身体を手に入れた時から、すべて前世の記憶をそのまま引き継いでいるのだから。


 簡単に言えば脳だけを入れ替えた感じ。

 そのため、私には以前の身体の主である愛姫の記憶は一切持ち合わせていないのだ。


「そう……っスか。で、でも元気そうでなによりっス。わちきはただ姫様の様子を見に来ただけなんで、姫様が元気に過ごしておいでなら清顕様もきっとお喜びになるっスよ」


 悲しみを隠しながら、それでも気丈に振舞う姿は私の知っているずんそのものである。

 まるで写し見の忍び。胸以外そっくりな彼女を見るだけで、私はこの世界が夢であり、または度の過ぎたドッキリではないかと疑いたくもなる。


「キャ――!」


 部屋の外で焼き物が割れる音と同時に悲鳴が聞こえた。

 喜多だ。足元は水浸しになって、その周りには割れた水瓶の破片が散らばっている。


 驚くのは無理もない。

 だって自分が目を離した隙に部屋の中には忍びがいるのだ。喜多からしたら敵以外の何者でもない。


 すると、喜多は外のどこにあったのかわからない薙刀を取り出した。


「く、曲者! 貴様、姫様から今すぐ離れろ!」

「えっ⁉ ええっ⁉」


「離れろと言うておるのが聞こえんか! 早く離れんとこの薙刀で輪切りにするぞ!」


 こ、怖すぎー!

 これがまた冗談に聞こえないのが喜多の恐ろしいところ。流石は前回ひとりで兵五十近く討ち取っただけの女である。


 眼は血走っており、今にも本当に輪切りにするかもしれない。

 私はずんを庇うように身を乗り出すしかなかった。


「ひ、姫様⁉ 何を⁉」

「この子は敵じゃない! ちゃんと説明するから、その持っている物騒な物を下ろして!」


「敵じゃないって……。ですが、そやつの格好は忍び。どこか敵国の――」

「大丈夫。……ずんはそんな奴じゃないから」


 観念したのか、または呆れたのか、喜多は息を吐いてから武器を下ろす。

 それを見て、私は喜多にこの忍びが何者なのかを説明する。


「田村家に……忍び? そんな話聞いた事ありませんが……」

「知らないのは当然っス。だって田村家の忍びはわちきだけっスから」


 そうなのか。

 てっきり忍びというものは集団があるものだと思っていたのだけれど、どうやらこういう場合もあるようだ。


「そうですか……。それで田村家の忍びが何用で御座いますか。見た感じ少々小競り合いがあったようですが?」


 喜多は部屋の惨状を見て疑いの眼差しを向ける。

 天井は破れ、辺りには埃と木くずが散乱し、床には火箸が転がっている。とてもではないが、ひとりの忍びが用あって現れたにはいささかやり過ぎだ。


 まぁ天井を破壊したのは私なんだけど……。

 怖いから黙っておこう。


「こ、これは何でもないんスよ、ハハハ。わちきは本当に殿からの命でここに来たんスから」

「……それで清顕様は何と申しておられるのですか?」


「……ここからは他言無用でお願いするっス。実は――」


 ずんの話はそれなりに重い話だったのだが、私にとっては複雑以外の何ものでもなかった。

 喜多も最初は半信半疑だったが、話が進むにつれて驚きを隠せない。真剣な表情でブツブツと呟き、話が終わると荷造りの準備を急いで始めだした。


 そして次の日朝。

 私は供回りを数名連れ、ずんに案内されるまま米沢城を出発するのだった。

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