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写し見の忍び②

 認めるところは認めて、民想いのところもあって、熱いところもあって。

 私の政宗に対するイメージがガラリと変わりそうな良い雰囲気だったのにも関わらず、彼はそこに水を差すような発言を自ら言う。


 あれだけ私の力を認めて、共に戦って欲しいと言ってくれたのに。


「私が……女だから」

「ん?」


「私が女だから……、義胤に負けたからやっぱり要らないって事?」


 義胤と戦った事は結果として足止めにはなったが、私はあの場で政宗が援軍として現れなければ今頃死んでいた。

 私がもっと強ければ義胤をその場で倒し、この戦は伊達軍の完全勝利という形で終戦を迎えていた。


 そんな足を引っ張るお荷物は要らない、そういう事だろうか。

 やっぱり女というだけでそんな扱いを受けるのだろうか。


「えーい阿呆が、儂の話を聞いておらんかったのか⁉ お前は必要だとさっき言ったばかりであろう!」


 政宗はキッパリと私が思っていた負の感情を否定する。


「じゃあ何で帰れって……」

「この戦は遅かれ早かれ儂等伊達軍の勝利じゃ。小斎城が落ち、大内と畠山の援軍が撤退しては相馬の指揮は今格段に下がっておろう。相馬がいつ折れるかわからんが、後は我慢比べよ」


 よってここにお前がいる理由はない。

 そう言って政宗はこう続ける。


「お前、あの出来事より前の記憶がほとんど無いのであろう? なら、次はその状況をどうにかせよ。儂の正妻が馬鹿の無知では示しがつかんでのう」


 コイツまた馬鹿って……。

 口の悪さでは既に天下取ってるよ、アンタは。


「それに敵は外だけに非ず。お前が思っているほど伊達家は安泰でないのじゃ……」


 ここで長々話すことではない。

 と、政宗は手短に説明すると、私の両肩から手を放した。


「端的に言えばこんな感じじゃ。詳しくは帰ってから喜多にでも聞け。お前は周りの状況を知らなすぎる。じゃからまずは情報を集めよ。そして中から伊達を変えてくれ」

「中から……伊達を……」


「そうじゃ。今でも何とかしようと試みてはおるが、儂や父上の力にも限界があるのじゃ。じゃが、お前は別じゃ。お前になら、愛なら何とか良い方向に向けてくれるのではないかと、そう思わずにはいられんのよ。これは愛にしかやれん事じゃ。やって……くれるな?」


 真剣に、一線の狂いも無く私を見つめ訴えてくる。

 私を必要としている、そう力強く語り掛ける偽りのない左目。


 そこまで言われたら断れないじゃないか。

 たとえそれが、私の一番嫌いな戦国武将からの願いであってもだ。


「しょ、しょーがないわね! まぁそろそろ帰りたいなぁって思ってたし、一応形式上はアンタの奥さんのわけだから聞いてあげない事はないっていうか!」

「フン、何じゃそれ」


「いいわ、やったろうじゃない! 孫子の言葉で『敵を知り己を知れば百戦して危うからず』ってあるくらいだし、己……つまりは伊達の内情はしっかり把握してといて損はないって事だからね!」

「まぁそういう事じゃ。後は任せたぞ」


「ええ。なら善は急げって言うし、さっそく帰る準備でもしますかねぇ。忙しくなるわぁー」


 まずは喜多に話して、行動はそれからだ。

 立ち上がり、本陣へ向かおうとしたその時、政宗が私の手を取った。


「ひとつ聞きたい事があるんじゃが……」


 と、政宗も立ち上がる。


「お前、ここ最近儂を避けておったよな。その理由を教えてくれんか」

「理由って言われてもねぇ……」


「恍けるな! お前に伊達を知れと言った以上、儂はお前の事を知らんといかん! 以前の愛ではない。今の愛をだ!」

「…………」 


「今のお前は以前より少し心を許したようにも見えるが、儂にはその理由が分からん。儂は特別何かをしたわけではない。なのに今のお前はどこか楽しそうにも見える。理由を……教えてくれんか?」


 以前の私と、今の私。

 容姿はそっくりでも中身は違う。


 少なくとも政宗はそう理解しようとしてくれているのは間違いない。

 私の知らないお姫様としてではなく、今の私を理解してくれようとしている。


 私はそれだけで嬉しい。

 だから……。


「なーいしょッ」


 私は唇に人差し指を当てた。


「な、何ぃ!」

「いい女に秘密は付きものなのよ」


 そう言ってクルリと反転し、私は本陣へ戻る。

 後ろからガミガミとうるさい政宗を無視して、私は本陣へ笑いながら戻る。


 味方を助けず、敵わない奴には頭を下げ、平気で味方を裏切る人間のクズ。

 そう思っていた、そんな人間ではなかったと話すのはまだ早いだろう。


 だって、私達の天下統一の物語はまだ始まったばかりなのだから。


 ――――――――――


「あ……あづい……」


 季節は夏。

 炎天下の中汗水を垂らし、涼しいところでクールダウンし、冷たい飲み物やアイスで身体を冷やし、時には海や別荘のプールで身を投げる。私の夏のイメージだ。


 皆は夏にエアコンや冷風機、はたまた冷蔵庫が故障した事はあるだろうか。

 残念ながら私はない。家がお金持ちだった事もあり、そのようなトラブルがあっても直ぐにも何とかなるし、そもそも真夏に壊れるような古く脆弱な機械は使っていない。


 仮にそんな事があったら、私は生きていけないと思う。

 それだけエアコンや冷風機、はたまた冷蔵庫で冷えた飲み物などに私達は命を救われているのだ。


 なら……もしもだ。

 もしも、エアコンや冷蔵庫がなかったら。そんな事を考えた事があるだろうか。


 残念ながら私は無い。家がお金持ちだった事もあり、そのような戯言を考えるだけ時間の無駄である。

 だってそんな事一文無しにならない限りありえないと思ったからだ。


 そんな私が代弁しよう。

 日陰といえどムシムシし、外からは虫の音が常に聞こえ、生温い風に当たりながら、只々体力を蝕まれる。


 笑うがいい。

 これがエアコンや冷蔵庫といった文明の神機に依存していた愚かな人間の姿だ。


 今ならハッキリと言える。


「夏……嫌い」

「??」


 パタパタと扇子で扇ぐ喜多の手が止まる。


「姫様……先程からどなたに話しかけているのですか?」

「え?」


 あまりの暑さに脳がショートしてしまったのか、私は独り言を呟いていたらしい。

 喜多が職務放棄をしてでも私に尋ねてくる。


「あ……熱い……。喜多さん、手止めないで……」

「あっ……申し訳ございません!」


「それにしてもこんな暑い日も戦なんて……、悪いけど敵にも同情しちゃいそう。マジで行かなくて良かったかも」

「ふふ。特に重い甲冑を身に付けている殿方は大変でしょうね。父上もよく『蒸し風呂のようじゃ!』って嘆いておられましたし」


「うへぇ……、想像しただけで熱くなってきた……」


 天正九年(一五八一年) 七月。

 相馬との戦を有利に進めていた伊達軍は同年の五月、田植えを終わらせるため一時的に伊達領へ帰還した。


 田植えと補給を済ませた六月中旬には再度出陣。

 もう少し休めばいいのにと思ったのだが、どうやら相馬がこの時期を狙って動き始めているためそうもいかないらしい。


 そして私は戦には参加せず、政宗の要望通り伊達家の内情を探り、不穏分子の排除と解決に向けて動き出している……というわけだ。

 とはいえ……。


「こんなに暑いとやる気出ないよぉぉ……」

「もう、姫様ったらなんてはしたない恰好を! 暑いのは分かりますがもう少し上品にですね――」


「いいじゃん別に。誰かが見てるわけじゃあるまいし。あー暑くて汗が止まらないし、喉もカラカラ……」

「では冷たい井戸水をお持ちしますね。その代わり恰好だけは……」


「ハイハイ、直しますよー。だからダッシュでお願いね」


 生返事に「もう!」と残してその場から去る喜多。


「だけど、こんな汗ビショビショの服はちょっと気持ち悪いなぁ。今ひとりだし新しいのに着替えちゃお」


 汗の染み込んだ乱れた着物を脱ぎ捨て、私専用の衣装を仕舞ってある籠を開く。

 ここには自作の着物が収納されている。既存の物だと動きにくいため丈や裾を調整してあるのだ。


 そう、あるはずなのだが。


「あれ? こんなに少なかったっけ?」


 確か十着は用意していたのだが、籠の中には半分の五着しかない。

 洗濯に出したんだっけ? うーん、憶えてない。喜多が持ち出したのだろうか。


 まぁいいか。

 そう思い、新たな着物を手に取った。その瞬間……。


 ガサッ、ゴソッ……。

 何かが天井を張っている音を私の耳が捉えた。


「うへぇ……、やだネズミぃ? 勘弁してよ……」


 寝床にネズミがいるなんて最悪だ。早く追い払わないと。

 そうは言っても天井を開ける勇気はないし。


「これでいいか……」


 私は火鉢に刺さっていた火箸を引き抜き、物音がした天井に投げ刺した。


「ぎゃんッ!」


 と、奇声を発しながらバタバタと天井にいるネズミが暴れる。

 なるほど。どうやらこの時代のネズミとは非常に大きく、それでいて人間のような言葉を話すらしい。


 私は納得しながら新しい着物に袖を通した。


「――っんなわけあるかー!」


 ジャンプ一番、天井を蹴り破る。

 すると再び奇声を上げながら、埃と共に私と同じ大きさの何かが落ちて来たのだ。


 話だけは聞いていたが、多分忍びに違いない。それが敵なのか味方なのかはまだわからない。

 私はいつでも戦闘に移れるように構えを取る。


「痛たたぁ……、まさか蹴り技とは」


 埃が晴れ、忍びだと予想する何かが姿を現す。


「……え?」


 私は目を疑った。

 姿を見せたのは黒装束を着た緑髪の女の子。私のよく知る友人の女の子だった。

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