伊具郡攻略戦⑤
今回の戦で一番良い感触。
防ぐことが出来なかった義胤は落馬……というより弾き飛び、数メートル先の地面に背中から倒れ込んだ。
形勢逆転。
とはいえ、先程のスプリンクラー作戦はもう使えない。ここで勝負を決めるしかない。
私は疲労困憊の自身の身体に鞭を打つ。
しかし……。
「あ……あれ?」
脚に力が入らないと同時にめまいもする。
傷が浅かったとはいえ、どうやら動き過ぎて血を流しすぎたようだ。この症状……完璧に貧血だ。
「ハァ……ハァ……、そんな事より……さっさと立たないと……」
義胤はきっとまだ立ち上がる。
良い感触はあったものの、乗馬相手ではクリーンヒットにならなかったからだ。
意識が朦朧とする。身体に力が入らない。
それでも心臓のだけは立ち上がれと叫ぶかのように鼓動を速める。
まだ……まだ戦いは終わってはいないのだ。
何とか呼吸を整え、立ち上がろうとした……その時。
「天晴よ」
「――――!」
いない。
目先に倒れているはずの義胤は既に立ち上がっており、私の喉元に冷たい刃を横から突き付ける。
「……義胤⁉」
「天晴よ、田村の娘。よもやあの必殺ノ型を破るとは……。本当、貴様にはつくづく驚かされたわ」
と、脇腹を擦りながら語る義胤。
自慢の朱い甲冑にはヒビが入っている。
が、所詮はそこまで。
個人的には砕いたつもりだったのだが、やはり乗馬相手には上手く力が伝わらなかったようだ。
「じゃが惜しかったのう。もう少し上であればこの甲冑も意味がなかったかもしれぬて」
「あぁ? どういう意味――」
よく見ると甲冑の隙間から黒い破片がパラパラと、元は板状だった物の破片が義胤の足元に落ちていく。
「……緩衝材」
「急所を狙ったのが運の尽きじゃったのう。そこはやられぬよう二重に鉄板を仕込んでおる。おかげで命拾いしたわ」
狙ったわけではない、たまたまそこに当たっただけだ。
とはいえ、裏に鉄板を仕込んでいる部分を蹴ってしまうとは運がない。まるで敗北者のようにここぞって時に運がない。そう思うと身体から力が抜けていく。
義胤が首刎ねの動作に入りながら何かを喋っているが、もはやその声すらも聞こえない。
前から喜多が何かを叫んでいるが、そんな声すらももう聞こえない。
これが死?
人生が終わるという事?
第二の人生がたったの半年で終わってしまうなんて……。ハハ、流石は戦国時代。命がいくつあっても足りない時代だね。
折角左月が用意してくれた綺麗な衣装をこれから血で汚すと思うと心苦しい。本当に申し訳ないなぁ。
そして、隻眼のアイツ。
伊達で天下を取る。と、意気揚々に宣言しておいて私は早速このざまだ。
アイツの笑う顔が浮かぶが、今回ばかりはどうしようも出来ない。思いっきり蹴飛ばしてやりたいが、それももう出来ない。
いや、もうやめよう。
私は潔く敗北を認め、無言で瞳を閉じる――。
「立てぇぇ、阿呆がぁぁ――‼」
アイツの……政宗の声が聞こえたような。そんな気がした。
「――がっ⁉」
ズドォォォン! と、大きな銃声と振動が一帯にこだまする。
森の隙間から微かに見える火薬の煙。そこから放たれた銃弾は私の首を跳ねるための刃を、義胤の持つ刀を完璧に捉えた。
衝撃に押され、義胤は刀を手放す。
そこに森からひとりの若武者が、雄叫びを上げた竜がこちらに向かって来る。
「義胤ぇぇ――!」
「――ぬっ⁉」
漆黒の甲冑を身に纏った漢が馬から飛び降り、義胤に斬りかかる。
大振りの一撃を躱した義胤は後ろに転がっている自身の刀を手に取った。
「うおおぉぉ――!」
「ぐおおっ⁉ 三日月の前立に緑の外套……、貴様が伊達の子倅か⁉」
ぼやける視界の中で義胤の発した言葉により目の前で戦っている漢が政宗なのだと、私はようやく理解出来た。
刃を交え、意地をぶつけ合うように、互いに兜と兜を擦り合わせる。
「キサマ……阿武隈川の先で陣取っていたはず。何故ここにおる⁉」
「ハン、貴様の動きは川向うからよう見えておったわ! じゃから本部隊の指揮は小十郎に任せ、儂自ら貴様の首を貰いに参ったのよ。ワッハッハ!」
とはいえ、ここへ到着するのに手間取ったがな。
と、政宗は付け加えた。
確かによく見ると甲冑のいたるところに葉っぱがくっ付いていて、自慢の緑色のマントには木の枝が数本刺さっている。
きっと整備もされていない野道を強引に登山して来たのだろう。父を……輝宗を救うために。
「――痛ぅ⁉」
「――⁉ 阿呆が、隙だらけじゃー!」
政宗は義胤の一瞬の隙を見逃さなかった。
脇腹を押さえ、力が緩んだところに政宗が刃を振り下ろす。
「――なっ⁉」
弾き飛ばされた。
政宗の一閃が確実に義胤を捉えようとした時、横から馬に乗った男が割り込んだのだ。
「義胤様、撤退の合図を! 騎馬隊の馬が先ほどの鉄砲の音に怯えております、このままでは使い物になりませぬぞ!」
「――っち!」
騎馬武者を挟んで義胤は刀を下ろす。
すかさず指笛を吹くと、義胤の前に一頭の馬が走って来た。さっきまで義胤が乗っていた馬だ。刀を納め、華麗に馬へ跨る。
「逃げる気か、義胤!」
「ああ、退かせてもらう。此度は儂等の負けじゃ」
「馬鹿が、逃げられると思うか? そのまま下山すれば下から登って来ておる伊達軍と挟み撃ちぞ」
「ハハ、ここは我らの庭ぞ。お前達の知らない裏道を使えば下山などいつでも出来るわ」
すると、馬に乗った義胤は私の方に顔を向けた。
「楽しかったぞ、田村の娘。いや、従妹愛姫よ。次は違う戦場で……いや、戦場ではない所でゆっくり話したいもんじゃのう!」
「じゅ、従妹……いとこって事?」
「詳しい話はそこの子倅にでも聞くがいいわ! じゃあの!」
そう言い残すと、義胤とその部隊は森の中に消えて行く。
まるでいつも通る近道のように狭い野道を軽快に下って行った。
「家族関係複雑すぎ……」
これはのちのち知る事になるが、愛姫の父・田村清顕の正妻が相馬家一四代当主・相馬顕胤の娘なのだ。
名前は於北。つまり、義胤にとって私は従妹的存在にあたる。
戦いが終わり、辺りには静寂が訪れた。
形はどうであれ、私達は本陣に敵を通さなかった。勝ち負けは置いといて、今回の戦では大手柄だと言えよう。
とはいえ、帰ったら間違いなく怒られるだろうなぁ。輝宗と左月にガミガミ説教をされるのが目に浮かぶ。
でも、まぁいいか。そう思った時、私の身体がフワッと浮いた。
「――なっ⁉」
政宗が私を抱き抱えた。
いわゆるお姫様抱っこ……である。
「な、何して――⁉」
「立てないのであろう? しょーがないで……儂が本陣まで運んでやるわ」
そう言って、私を抱き抱えたまま馬に跨る政宗。
外からみたら王子様に抱き抱えられているお姫様だ。いざやられるとメチャクチャ恥ずかしい。
しかし、現実に立って歩くほどの力が残されている訳でもない。
貧血と疲労からそれは重々分かっているので、甘んじて政宗の行為は受け取らなければならなかった。
馬の振動と政宗の腕がゆりかごとなって妙に眠い。
私は慣れないシチュエーションにも関わらず、大っ嫌いな漢の腕の中で眠りにつこうとしていた。
「……ようやったわ」
そこから先の事はよく憶えていない。
ただ政宗にそう感謝の言葉を言われた気がしたので、私は頷き、彼の胸の中で眠りについたような気がしたのだ。




