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伊具郡攻略戦④

 毛並みが茶色で、それでいて美しい義胤の馬。輝きを放つ鉄の馬鎧は、更にその存在感を際立てている。

 ここにいる騎馬隊の長であると、素人でも誰が見てもわかるぐらい凛々しい馬なのだ。

 

 だが、その馬は今怯えている。

 首を左右に振り、義胤を振り下ろそうと落ち着きがない。その理由は、馬を守っていた胸元の鎧が証明する。


 私の回し蹴りは鋼鉄の馬鎧を凹ませるほどの衝撃を与えたのだ。

 落ち着きを取り戻せない馬に対し、義胤は二の腕の三倍は太いかもしれない馬の首を腕できつく締め上げた。


「――むんっ‼」


 信じられない。

 暴れ馬は一瞬で落ち着きを取り戻す。


 いや、無理矢理と言っていい。義胤は馬の首を圧迫する事で脳への血流を一時的に遮断したのだ。

 一歩間違えば危険な行為ではあるのに、この漢……暴れた馬への対処が手慣れている。

 

「鋼鉄の馬鎧を足蹴りだけで凹ますとはなぁ。田村の娘、正直驚いたぞ」

「田村、田村ってうっさいわね。私は今愛姫って呼ばれてるんだからそっちで呼んでくんない。他で呼ばれると訳分かんねーって」


「ハハハ、名などどうでもよかろう。特にこれから死にゆく者には……な」


 地面に刺さった黒槍を引き抜いた義胤は、再度構え直した。

 先ほど同様、乗馬した状態で私に突っ込んで来る気だ。


「はああぁぁ――!」


 掛け声と同時に義胤を乗せた馬が走りだす。

 デジャブ。少し前私に蹴り飛ばされたシーンをリプレイしているかのように全く同じ行動をとる。


「懲りないね。少しは学習しなさいよバ――」


 ――と、飛んだ。

 馬は目先十メートル付近で地面を大きく蹴り上げ、走り幅跳びの選手の如く義胤を背負ったまま私に向かって飛び込んで来る。


「わわわっ!」


 攻撃態勢を解き、横っ飛びで馬の飛び掛かりを回避する。

 正直、馬が突っ込んでこようが飛び掛かってこようが合わせて蹴り飛ばす予定だった。


 しかし、私は情けなくも突進合わせることなく逃げてしまった。

 理由は先ほどまで私が立っていた所に刻まれている。

 

 大きな刃物が土を(えぐ)った跡。

 私が馬に意識を向けてる中、義胤は同時に黒槍を下から上に振り上げていたのだ。


 それに気付いたため、私は横っ飛びで義胤の攻撃を躱すしかなかったのである。


「あ、あっぶな……」

「ハハッ、よく躱したぞ。そうでなくてはなぁ!」


 反転し、再度突撃を開始する義胤。避けられては反転しを繰り返し、獲物を逃さない猛獣のように何度も襲ってくる。

 攻撃を避けるだけ。防御一辺倒になりつつあるが、その中で義胤の癖が見えてきた。


 右利き。

 義胤は突っ込んで来る際、必ずと言っていい程右側に寄りながら攻めてくるのだ。


 最初は私をナメていた。だから真正面から突っ込み、私のカウンターをもろに受けたのだ。

 それが今では右から、黒槍を握りしめた側から攻めてくる。


 確かにこれでは懐に潜りたい私にとって、槍のリーチ分だけ分が悪い。

 それを分かっていてやっているのだとしたら……。


 どちらにせよ、このままでは私の体力が先に尽きそうだ。それなら……。

 私は近くにあった大岩へ脚を走らせる。


「岩に隠れる気か⁉ つまらん事をするな!」


 義胤の槍撃をダイブで躱し、そのまま大岩に隠れる――――のではなく、片足で蹴り飛ばした。

 壁蹴りと言えば話は早い。その反動で義胤の左側に回り込む。


「ウラァァァ――‼」


 上段蹴りが義胤の甲冑を砕――――けなかった。

 流石は相馬家の総大将。私の上段蹴りを超反応で槍を使ってガードしたのだ。


「のわぁ!」


 直撃ではなかったため、少しだけよろける程度。

 しかし、大事な黒槍を曲げてやった。あれじゃあ武器としてもう使えない。


 義胤もそれは分かっている。

 黒槍の損害を確認した後、もう使えないと後ろに放り投げた。


「ワーハッハッハッハ!」


 義胤は笑い出した。自慢の黒槍を使い物にならなくされたのに、楽しそうに笑い出した。


「面白い、面白いぞ田村の娘! 輝宗の首よりお前の首が欲しくなったわ!」


 義胤は腰に付けた刀を抜く。

 すると私を囲むように、時計回りにグルグルと回り始める。


「な、何⁉ 遊んでんの⁉」

「遊びかどうかその身体をもって感じるがいいわ!」


 スピードが徐々に上がる。

 それと同時に、義胤の姿が消えて行く。いや、茶色い壁が義胤の姿を消してしまったのだ。


「ゲホッゲホッ、何これ……ホコリっぽい……」


 私は咳払いながら身体に付着した異物を触れる。

 ……これは砂だ。


 義胤を覆い隠したのも、私に降り注いでいるホコリっぽいのも、全てが砂だ。

 ここ最近雨が降っていない。そのため地面が乾燥して砂が舞いやすくなっている。


 人の力では大したことはないが、馬の大地を蹴る力は別だ。

 舞い上がった砂が遠心力に吸い込まれ、義胤を隠す天然のカーテンに変わってしまったのだ。


「ゲホッ、こんなのアリ⁉ アンタ目痛くならないの⁉」

「ハハッ、痛いに決まっておろうが!」


「痛いんかい!」


 そりゃそうだ。砂塵の中に直接入っているのだから当の本人が無事のわけがない。


「じゃが、訓練に訓練を重ねた事により砂塵の中でも少しだけ目を開けられるようになったわ!」

「何それズッル!」


「ずるいも、こすいもあるか! そりゃ――‼」


 掛け声と共に私の右腕に激痛が走る。


「ギャッ!」


 振り向いてもそこには何も存在しない。あるのは砂塵のカーテンだけだ。

 私は激痛の走る右腕を確認する。


 血だ。

 右腕から流血しており、中途半端に締まってない蛇口先端から漏れる水のように指先からポタポタと鮮血が滴る。


 幸いな事に深手ではないようだが、あまり長引くようならそうも言っていられなそうだ。

 とはいえこの状況を打破する策があるわけでもないので、私は腰に仕舞っていた小太刀を抜き防御の構えをとる。


「何処を見ておる! 次はこっちじゃ!」


 後ろからの攻撃に合わせ小太刀を合わせ、義胤の刀が引っ込んだ所に蹴りを入れた。

 しかし、手ごたえはない。あったのは無情にも砂を蹴った軽い感触だけだった。


「――⁉」

「ハズレじゃ、ハズレ。ワハハハッ!」


 義胤は遊ぶように同等の攻撃を繰り返す。

 ジワジワと……まるで虫を小突いて遊ぶ悪ガキのように、私の体力を徐々に奪っていく攻撃を繰り返す。


 おかげで身体中は傷だらけ。お姫様の柔肌になんて事をしてくれるんだ、コイツは。

 とは言ったものの解決策が見つからない。闇雲に攻撃しても外した瞬間カウンターの斬撃が来る。


 相手の……義胤の位置さえ分かれば。


「姫様――⁉ 姫様ご無事ですか――⁉」


 砂塵の外で声が聞こえる。声の主は喜多だ。


「だ、大丈夫!」

「良かった、もうしばらくお待ちくだされ! すぐに喜多が助けに参ります!」


 えーい邪魔じゃ、道を開けよ。

 と、交戦する音と共に喜多の声が響く。私を助けようと奮闘してくれているのだ。


 しかし、それを妨げている義胤の兵がいるのだろう。喜多の声からは焦りが見える。


「く、くそっ! 地面が乾燥さえしていなければ義胤の技なんぞ使いないもののっ!」


 確かに。こんな時に雨が降ってくれれば、あの厄介なカーテンを剥がせそうだけど。

 しかし残念ながら、天気は雨雲ひとつない快晴である。通り雨すら期待は出来ない。


「何をボーってしておる! 次はこっちぞ!」


 砂塵のカーテンから現れる刃を躱した所で足が一瞬崩れた。

 疲労か出血による貧血か。私の視線が初めて下を向いた瞬間だった。


「これって……」


 その時、私は自分の足元に奇妙な塊があるのを発見する。

 紅く染まった粒状の塊。手に取ると塊はホロリと砕け、砂状になった元塊は私の手をうっすらと紅く染めた。


 これだ。

 私は立ち上がると腰に付けていた竹筒を取り出す。


 喜多が出発前に持たせてくれた水の入った竹筒。

 上部に付いた栓を引き抜き、自身の頭上に放り投げた。


「回れ――!」


 掛け声と同時にその場で飛翔し、頭上に投げた竹筒の角を思いっきり蹴りあげた。


「なっ⁉」


 今まで義胤を隠していた砂塵のカーテンが消えていく。

 鉄壁の要塞がボトッボトッと黒い塊になりながら崩れていく。


 そして同時に見えてくる。砂塵に隠れた高速で動く朱と茶色の影が。


「ば、ばかなっ⁉ 何故雨がっ⁉」


 空は相変わらず雲ひとつない晴天である。雨なんて降るわけがない。

 しかし、雨は降る。苦戦していた砂塵のカーテンを剥がす恵みの雨が降る。


 ただし、その雨とは雲から降り注がれているものではない。


「あ、あれか!」

 

 それは一本の竹筒。

 クルクルと高速回転している竹筒から水が、雨を周りに巻き散らした。


 名付けて即席スプリンクラー。

 地面を十分に濡らすほどの水量はないが、それでも砂塵のカーテンを剥がすには十分の水量である。


「お・ひ・さ」

「――‼」


 ヒントは自分の足元に落ちていた砂の塊だ。

 攻撃を避けるたびに腕から流れる血液が飛び、砂塵に触れ塊となって落ちていたのだ。


 とはいえ、自分の血液を大量に巻き散らすわけにはいかない。

 そこで頭をよぎったのが水を入れていた水筒……竹筒というわけだ。


「グゴォォ――!」


 私の回し蹴りがついに、コソコソと隠れていた漢の甲冑を捉えた。

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