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伊具郡攻略戦③

「――姫様!」


 颯爽と下山する中、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。

 流石は私と共に今回の戦に同行が許可された侍女だけある。馬の扱いは乗馬体験しかしたことない私と比べものにならない。もう追い付かれてしまったのだ。


「姫様、お戻りください! ここは本陣にいる留守(るす)政景(まさかげ)様、亘理(わたり)元宗(もとむね)様にお任せを!」

「なーに言ってんのよ! ここはお殿様を守る愛姫隊が活躍する絶好のチャンスでしょ!」


「ですが、殿は見学だけだと――」

「よく言うね! 後ろに兵まで携えて……、喜多さんもヤル気満々なんでしょ⁉」


「――――もうっ!」


 止まらない私を見てか、喜多はそれ以上何も言わなかった。無駄だと思ったのだろう。

 それならいっそ戦って私を守ってみせる。喜多はそのような武人の顔つきへと変わっていた。


「――ねぇ、相馬義胤って相手側の総大将なんでしょ⁉ どうして自ら最前線に出てるの⁉」

「あの方はかなり特殊な考えをお持ち故、我々にもその真意は分かりませぬ。ですが……今回の特攻は明らかに計算の内。部隊を二手に分けて手薄になった本陣を強襲する、小十郎の手の内を読んだ良い策です!」


 と、喜多は相手の戦略をべた褒めした。


「ですが、あまりにも出来過ぎているのが気になります。麓へ降りる道は何通りもありますのに……、まるでどの道を使うか分かっていたかのような動き。あのお方はそのような切れ者ではなかったはず」

「じゃあ小十郎の作戦は最初から漏れてたって事⁉ スパイがいたって事じゃん!」


「す、すぱい? よく分かりませぬが、姫様の言う通り小十郎の策は最初から敵側に筒抜けだったのでしょう。となると、若様のいる川手にも伏兵が……」


 そうだ。仮に最初から小十郎の作戦が漏れていたと考えれば、川手側にも政宗を狙った伏兵がいてもおかしくはない。

 だとすると、大内とかいう部隊がどこかに潜んでいるのだろうか。


「……大丈夫かな」

「心配なさるな! 若様の部隊には実元様のご嫡子・成実(しげざね)様、父上(左月)の子・綱元様、そして我が弟・小十郎が付いておられます。命に替えても若様をお守りいたします故、大船に乗った気持ちで良いかと! それに……」


「……??」

「なんだかんだ若様が心配なのですね、あれだけ嫌っていましたのに……。もしかして、これが以前申していた『つんでれ』ってやつでございますか?」


 し、しまった。そんなつもりで言った訳じゃないのに。

 それにツンデレって……よく憶えてるなぁ。会話の中でたまたま教えた言葉なのに。


「ち、違うわよ! 私は川手の皆を心配して――!」

「ふふ、戯言に御座います。……っとお喋りはこの辺で。姫様、あれを――!」


 下山する中、私達は遠藤隊がどこかの部隊と戦っているのを目の当たりする。

 位置的に頂上の本陣と麓の中間といった所だろう。地面は少し斜めになっているが、邪魔な障害物など無く綺麗に整備されている。陣を敷くのも良し、一休みするのも良し、ここから狙撃するのも良し。そんな広い場所だ。


 そこで戦っているのは……遠藤基信。山手隊の一番後方を指揮していた漢だ。

 ここにいるって事は抜け出した相馬義胤を追って来たのだろう。


 だが、押されている。

 血なのか塗料なのかわからない、朱い甲冑が目立つ漢に苦戦を強いられている。


 それに、朱い甲冑の漢は馬に跨った状態で相手をしていた。

 余裕の表れか、騎馬戦が得意なのか。朱い甲冑の漢は片手で黒槍を操り、斬りかかる基信を赤子のように扱っている。


 パキンッ――。

 基信の刀が宙を舞った。クルクルと回転し、ふたりから数メートル離れた地面に突き刺さる。


 勝負あり。誰が見ても朱い甲冑の漢の勝利である。

 それでも漢はトドメを刺すため黒槍を振り上げる。基信の首を刎ねようと、血がうっすらと付いた刃を天に掲げるのだ。


「――むっ!」


 鈍い音と同時に、朱い甲冑の漢は馬と共に後方に弾き飛ばされた。

 いや、弾き飛ばしたが正しい表現だろう。目を丸くして驚きの表情を隠せない朱い甲冑の漢を弾き飛ばしたのは……私なのだから。


 ギリギリ間一髪。

 後数秒遅れていたら目の前で漢の首が飛んでいたところだ。危ない危ない。


「ご無事ですか、基信様⁉」

「――喜多⁉ それに――愛姫様⁉ 何故このような所に⁉」


「説明は後に。さぁ、私の肩へ」


 状況がつかめない負傷した基信を立ち上がらせると、喜多はそのまま味方のいる方に歩きだした。


「姫様! 喜多が戻るまでどうかご無事で……」

「誰に向かって言ってるのよ。私が喜多さん以外に負ける所が想像つく?」


 すると喜多はクスッと笑い、「そうですね」と言い残しその場から素早く立ち去って行く。

 これで邪魔者はいなくなった。私は未だに目を丸くしている朱い甲冑の漢に視線を戻した。


「愛姫……じゃと? お前……伊達の倅に嫁いだ田村の一人娘か⁉」

「世間ではそうなってるみたいね。まぁ親の顔もわからないんだけど……」


「ああ?」

「そんな事はどうでもいいのよ。アンタが……義胤?」


「如何にも。儂は相馬家十六代当主・相馬義胤である。……そういうお前は本当に田村の娘か?」


 相馬義胤と名乗った朱い甲冑の漢は一歩、また一歩と馬を前進させる。

 何だろう……この威圧感。


 輝宗から感じ取った人の威圧感とはまた違う。身体を巡る血液が凍り付くような、人を害する獣に遭遇したような、未だ体験した事のない感覚。

 私の身体が……、コイツはヤバイと危険信号を出している。


「…………」

「田村の娘が何故こんな所にいる。お前、本当に田村の娘……愛姫なのか?」


「そうよ。そんでもってアンタがコテンパンに負ける、戦国一最強の美少女……とでも言っておこうかしら」

「儂が……負ける……??」


 キョトンとした顔を見せる義胤だが、すぐにその表情は笑いへと変わる。


「クク……ダーハッハッハ、愉快愉快! 政宗は随分と面白い女を貰ったのう」

「…………」


「ハハ、それに戦国一の美女とは……な。自己評価が高すぎるにもほどがあるじゃろ」

「一度こういうセリフ言ってみたかったのよ。二つ名みたいでカッコイイじゃない?」


「あー久々によう笑うた、お主面白すぎるわ」


 普段なら絶対言わないセリフなのだが、他人の身体というだけでそんな羞恥心どこかに吹き飛んでしまう。

 それに愛姫の顔は美少女と呼ぶくらい本当に整っている。化粧なんてしなくてもこのスペックを常に保てるなんて本当に羨ましい。今は自分だけど。


「よーし、儂を笑わせた褒美として特別に相手をしてやろう。さぁ、構えぃ!」


 頭上で黒槍をグルグルと回し、義胤は騎馬状態で構え直す。

 その眼には先ほどまでの緩みなど一切感じられない。真剣で私を殺しに来る眼だ。


 だけど……。


「降りなさい」

「ん?」


「馬から降りなさいって言ってんの。そんな状態じゃまともに戦えないでしょ」

「ぬかせ。相馬武士とは騎馬でこそ真の力を発揮するのよ。武田を超える奥羽騎馬術、しかとその身で知るがよい!」


 そう言い放つと、義胤は馬を私に向かって突撃させる。

 動物特有の獲物を見つけた時に放つ威圧感。甲冑を付けていない私がもろに食らえば、当然命はない。

 

 かといって横に避ければ義胤の黒槍の餌食となる。

 ……なら、方法はひとつだ。


 私は足元の小石をサッカーボールのように義胤の馬目掛け蹴り飛ばす。

 小石は馬の額に直撃。突進の力も加わり、激痛のあまり前足を上げ、悲痛な鳴き声と共に(いなな)いた。

 

「――むっ!」


 暴れる愛馬を抑えようとした一瞬の隙を、私は見逃さない。

 馬の懐に潜り込み、遠心力を加えた渾身の回し蹴りを鉄の鎧に守られた胸部へ叩き込んだ。


 パァーン、と強烈な破裂音と共に周りの馬よりひと回り大きい馬が、五メートルほど宙を浮く。

 倒れはしなかったが馬は呼吸を乱し、口からは衝撃の強さを示す体液をダラダラと垂らす。


 まだ何が起きたのか理解出来ていない様子の義胤。そんな奴にはこうだ。

 私は挑発するように、掌を上に向けクイクイッと親指以外の指を動かす。


 定番の挑発行為。誰でも人生で一度はやってみたい仕草のひとつだ。


「そんな(ペット)の上じゃ私には勝てないよ。さっさと降りな!」

「こ、小娘が……!」

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