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伊具郡攻略戦②

「ちょっーと待ったー!」

「??」


「ねぇ、私はどこ? この絵図にはどこにも愛姫の字が書かれてないじゃない」

「??」


「もぅ……一番の主役を忘れないでよね。それで私は何処から攻めればいいの? 山から? 川から?」

「あ……いえ、姫様は……」


 言いづらそうにしている小十郎に、隣の政宗が鼻で笑う。


「ダーハッハッハ、笑わせるでないわ! お前の名前ならここに書いてあるであろう」


 私は政宗の指差す所の絵図を確認する。

 確かに、そこには愛姫の二文字が書かれていた。ただし、伊達輝宗の横にひっそりと、小さくだ。わざと目立たないように書き足したようにも見える。


「何……これ……、ちっさ……」


 ボソッとそう呟く私を政宗が腹を抱えて笑い飛ばす。

 

「ダーハッハッハ、愉快愉快! 愛、お前には笑いの神が付いておるのかもしれんのう!」

「これ、若! 申し訳ありませぬ……姫様。これには事情がありまして……」


 これについては言いづらい小十郎に代わって喜多が耳元でコッソリと教えてくれた。

 どうやら伊達家臣の中には今回私達が来ている事を良く思っていない者がいるため、あえてこの様な処置になっているらしい。


 子供の我儘。身分の乱用だと思われている。政宗も政宗なら、嫁も嫁だと……。

 それだけ今の政宗の立場は特殊なのだ。


「…………」

「分かっていただけたようでなによりでございます。ここに記している通り、姫様は本陣にて殿とどっしり構えていてくだされ」


 そして若の活躍による吉報も同時にお待ちください、と小十郎は付け加えた。

 納得いかないがここで軍議は終了。輝宗の本隊に連れられて私達は梁川城を出発し、本陣を構える次郎太郎山に移動するのだった。


 ――――――――――


「……っち」

「…………」

 

 天正九年(一五八一年) 三月十六日。場所は次郎太郎山・伊達本陣。

 左月、村田、遠藤の山手隊が本陣を出発して一時間以上が経過した。


 が、それでも未だ静かである。合戦はまだ始まっていないのだ。

 山の麓では左月隊を先頭に村田、遠藤隊が。阿武隈川を挟んでは後藤、伊達実元、国分、そして伊達政宗隊が丸森城から出て来た相馬隊を威嚇している。


 どちらも動くタイミングを見計らっているのだ。

 静寂が伊具郡全体を支配している感じ。嵐の前の静けさとはまさにこの事だ。


 でも、今はそんな事どうでもいい。

 私はそんな事よりも、とある漢に対して怒っているのだから。


「……嘘つき」


 輝宗の身体がビクッと反応する。

 私はここに本陣を築いてからずっと……嘘つき殿様を睨み続けている。


「嘘つき嘘つき嘘つき」

「ひ、姫様⁉」


 隣で喜多が宥めてくるが知った事ではない。

 嘘つきに嘘つきと呼んで何が悪いのか。


「嘘つき、詐欺師、ちゃらんぽらん」

「じゃ……じゃからそれについては先ほど謝ったではないか……。それに最初から言っておったであろう。愛姫は儂の本隊と共をせよ、と。お前はそれを喜んで納得しておったではないか」


「だって本隊っていったらこの中で一番強いんでしょ? それなのにみんなの後ろに隠れているなんて変だよ。先陣切って、バッタバッタと敵を倒していく。それが総大将ってもんでしょ⁉」


 少なくとも私のスタイルはこうだ。現実でも、ゲームでも。


「ば、馬鹿者! 総大将が正面切って合戦に望むなど、負け戦以外聞いた事がないわ!」

「えっ、そんなもんなの?」


「どこから得たんじゃ、そんな知識。まぁ例外で桶狭間合戦での信長殿の奇襲はそれに近いものだったのかもしれんが」


 先陣を切る事で確実に勝てるのなら、儂は喜んでこの身捧げよう。

 だが、そうではなかった場合、その後の事はどうする。


 伊達家は?

 家臣達は?


 国の民は?

 政は?


 少なくとも儂はまだ死ねない。

 息子へ……政宗に家督を譲るまではな。


 と、輝宗は続けた。


「…………」

「それに孫も見たいでの」


「……孫?」

「ああ、お前と政宗の子じゃ。それを見ないでこの世を去るってのはちとつまらんじゃろ」


「――こ、子供って⁉」


 それってつまり私と政宗がセッ…………。

 いや、やめておこう。全然想像出来ないし、したくもない。


 悪いがあんな漢と子作りするなんてこちらから願い下げだ。

 とはいえ、私の立場上簡単にそうも言えないわけで。とりあえず今は話を延ばすしかない。


「そ、そうね。だったら長生きしないとね」

「うむ。じゃからお前を儂の本隊に入れたのよ。――っと、そろそろ始まるぞ」


「え?」


 輝宗がそう言うと、法螺貝の音が鳴り響いた。合戦の開始を告げる法螺貝の音だ。

 同時に木霊する両軍の雄叫びと火縄銃による発砲音。それに遅れて武器同士が重なる金属音も混ざりだす。


 私は急いで麓の見える位置まで移動する。

 この眼でこの時代の喧嘩を、生の戦を見てみたいと身体が反応してしまったのだ。


「あ……あぁ……、これが……戦……」


 率直の感想は、想像以上に生々しいと思った。

 斬られた兵士からは鮮血が噴き出し、倒れたそばから朱い深紅の水たまりが広がる。


 敵味方関係なくひとり、またひとり悲鳴を上げて倒れていく。

 もちろん人だけではない。銃弾や矢を受けた馬も嘶きと共に崩れ去っていく。


 戦場を奏でる不協和音。

 戦音が、歓喜が、悲鳴が、私を不謹慎にも奮い立たせた。


 身体の……私の身体に流れる愛姫の血が過去の喧嘩を思い出し、沸騰していくように感じた。


「姫様、大丈夫ですか⁉」

「……え?」


「身体は震えているのに、その……笑っておられるので……」


 喜多に言われるまで気付かなかった。

 私は自分で両腕を掴み、ガタガタと小刻みに震える身体を押さえ付けていた。


 この感覚……憶えている。

 始めて行った全校生徒の前でのスピーチ、カメラの前で新作の服を着てポーズを決めた時に感じた緊張。


 ううん、似てるけどちょっと違う。

 これは……初めて人に喧嘩を売った時。他校の不良達に喧嘩を挑んだ時に感じた高揚感だ。


 負けたら何をされるか分からない、最悪死ぬかもしれないという普段感じる事の出来ない異様な緊張感が私の心を動かす。

 エンジンのかかった自動車やバイクのように、身体中の血液(燃料)が激しく循環するのだ。


 ああ、私って生きてる。自分の存在意義を感じる、そう思える唯一の瞬間なのだ。


「私も早く戦いたい……。皆と一緒に……」


 すると、山の麓で突如大きな雄叫びが鳴り響いた。

 これには「なんだなんだ?」と、陣中にいる皆が慌てだす。


 いったい何があったのだろう。

 すると、大量の汗をかいた伝令兵が輝宗の本陣に入って来た。


「申し上げます! 相馬軍総大将・相馬義胤率いる騎馬軍団が鬼庭隊、村田隊、遠藤隊を強引に突破! こちらの本陣に突っ込んで来ます!」


 総大将?

 相馬義胤?


 あれ……、総大将は先陣を切らないって言ってなかったっけ。


「馬鹿な、麓の部隊だけでも三千はおるのじゃぞ! 相馬の本隊なんぞせいぜい千が良いところであろう、どうやって突破したのじゃ⁉」

「それが麓の草藪に伏兵を忍ばせておりまして……、家紋を見るにあれは畠山の兵かと思われます!」


「は、畠山じゃと⁉」


 畠山は相馬を裏で支えている大名の名だ。

 それともうひとつは大内だったか。


「はっ。突如の伏兵に村田隊と遠藤隊の統率が乱れており、その隙に相馬義胤本隊の別動隊が数百の供回りを連れ突破! その中に総大将・相馬義胤がいたという報告が上がっております!」

「ぐぬぬ……」


 兎に角、現状めちゃくちゃヤバイ事になっているというのはわかった。

 簡単に言えば、ゴタゴタから抜け出して本陣に突っ込んでくる敵軍の大将を倒せば良いわけだ。


 そうとわかれば話は早い。


「ひ、姫様⁉ 馬に跨って何を⁉」

「何って……勿論相馬の大将に挨拶よ! 伊達にはとんでもない奴がいるって、その身に分からせてやるわ!」


 本陣近くに繋がれて馬に跨り、手綱を取る。

 大きくて、筋肉質で、それでいて凛々しい。乗馬体験で乗った馬とはえらい違いだが……まぁ何とかなるだろう。


 私は馬を走らせるために自身のふくらはぎへ力を込める。


「へへへ、おっ先ぃ!」


 懸命に止めようと皆が近づこうとするが、もう遅い。

 私を乗せた馬は嘶くと、隙間を搔い潜る様に下山を開始した。


 わかる。この下には私の生き甲斐が待っている。

 そう感じた私は手綱を強く握り、疾走と駆ける相棒に身を任せた。


「――すぐに動ける者は喜多と共をせよ! 姫様を追います‼」

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