第四話 伊具郡攻略戦①
以下回想終わり。
実はあの後の記憶はほとんどない。左月にこの戦用の装束を披露した後、どうやら私は酔い潰れてしまったようなのだ。
如何やらその後も大変だったようで……。
服のはだけた私を担いでいるのを喜多に見られた事で誤解され、挙句の果てには嘔吐物を盛大に左月へぶちまけたそうな。
まぁそんなこんなあって、私は左月の口添えで総大将の輝宗隊と行動を共にする事を条件に戦場へ来る事を許されたのだった。
「さーげーつー! 貴様、今日が儂の初陣だと分かっての行いか⁉ 女が戦場になんかいたら気が散るじゃろうが!」
「ははっ、も……申し訳ございませぬ!」
「それと父上も父上じゃ! 何故あっさりと左月と愛の願いを聞き入れてしまったのです⁉ そもそも愛は儂の女ですぞ、勝手な真似はしないでいただきたい!」
「ま、まぁそう怒るでない政宗。じゃからせめて一番安心の儂の隊に入れてある。其方の初陣の邪魔はせぬで、心置きなく暴れてくるのじゃ」
ふん、と納得していない様子の政宗。
不貞腐れた顔で椅子に腰を下ろした。
「っち。小十郎、さっさと軍議を始めよ!」
「よ、よろしいので?」
「よろしいも何も、小十郎も此度が初陣なのだろう? 戦は既に始まっておる。お前の智謀で儂を見事に勝利へ導いてみせよ」
「御意!」
「それに此度はお荷物がおるで。さっさと戦を終わらせ母上に無事初陣の勝利を報告したいからの」
と、私の方を見てニヤリッと笑う政宗。
コイツ……、マジで性格最悪。
「何よ、お荷物って私の事?」
「ハン、誰もそんな事言っとらんわ。まぁなんじゃ、自分でお荷物と分かっておるなら本陣でジッとしておれ。そうすればお荷物から……そうじゃな、茶汲み程度には昇格出来るかもしれんな。ダーハッハ、良かったではないか。少なくとも儂の役に立たんでも父上の役には立てるかもしれんぞ」
「……それはそれは、お茶汲みなんてとんでもない。あーそれと勘違いしてるみたいだけど、私アンタの女になったつもりなんてこれっぽっちもないから! そんなお荷物以下のアンタにも私があだ名を付けてあげる。そーねー、……ゴキブリ。アンタは今から伊達藤次郎ゴキブリに改名しなさい。いやぁ、この時代だとゴキブリは御器噛って言うんだったかしら。それに今着てる漆黒の黒光りした鎧がちょうど良い味出してるじゃない。じゃあ今から伊達藤次郎御器噛ね、キャハハ!」
「ああ? 貴様……、折角初陣祝いに父上から頂いた鎧をあんな小汚い生物と一緒にしよって。そんなに戦いたいなら今ここで一戦交えても良いのじゃぞ⁉」
「上等上等ぅ! 私も最近暴れてないから運動不足だったのよ。アンタじゃ相手になるかわからないけど、特別に遊んでやるよ!」
本人からの許可を得た。
という事で飛び掛かろうとしたのだが、私には喜多が、政宗には左月が羽交い締めをする形でお互いを制止にかかる。
「全くお前達は……。小十郎、もうこのままで良いからさっさと軍議を始めよ……。刻は有限じゃて」
「は、ははっ」
小十郎は木製のテーブルに現代で言う大きめの日本地図、この時代では絵図と呼ばれる周辺を記した紙を広げる。
「それでは僭越ながら。今回の戦は若……政宗様の初陣であられますが、一番は相馬家によって奪われた丸森城の奪還、そしてそのまま伊具郡全域の解放ついでに金山城の陥落、このふたつが今回の主な目的となりましょう」
ついに軍議が始まる。
私は喜多に両肩をロックされながらも絵図を覗き込んだ。
「奪われたって事は、元々は伊達のお城だったんだ。誰のお城だったの?」
「阿呆が。丸森城は父上の祖父である稙宗爺の隠居城じゃろうが。相馬の奴等……稙宗爺が亡くなった事に合わせて、丸森城と伊具郡一帯を伊達から奪ったのよ。そんな事もわからんでこの戦に参加しておるのか?」
ウゼー……。
そんな事言われたって、私の伊達の関連の知識は小田原参陣から始まってるんだからしょうがないじゃん。そんな昔の話なんて知ってるわけがない。
まぁまぁ……、と小十郎が政宗を落ち着かせる。
「コホンッ。そのため伊具郡一帯を納めるは輝宗様の悲願なのです。しかし、ここ数年は相馬の抵抗も強く、簡単には落とせないのが現状でして……」
「数じゃ圧倒的に有利なのに何で落とせないのよ? それだけ相馬の大将は強いって事?」
「確かに現在の相馬家当主・相馬義胤殿は猛将、簡単に勝てる相手ではございません。しかし、それだけではないのです……」
小十郎の言葉に割り込むように政宗が舌打ちを入れた。
「チッ! 義胤なんぞ我等の敵ではないわ。それでも落とせんって事は阿呆なお前でも分かるじゃろ」
「はあ? そんなのアンタ達の攻め方が悪いんだろうが。気合が足りねーんだよ、気合が」
「気合でどうにかなる問題ではないわ、阿呆が。相馬の裏には大内と畠山が密かに援軍を送っておるのよ」
あくまで予想ですが、と小十郎は付け加えた。
「とはいえ、援軍と言えど所詮は統率の取れていない烏合の衆。相馬が不利となれば勝手に兵を引きましょう」
「小十郎、そこまで言うには策はしっかりあるのじゃな?」
「ええ。それでは再度こちらの絵図にて……」
小十郎は絵図に描かれているとある城を指差した。
「今我々がいる城……梁川城を拠点とし、山手と川手に別れて進みとう御座います。山手は細道故、先鋒は槍隊を多く持つ鬼庭良直(左月)隊。後方は村田宗殖隊と遠藤基信隊をお願いします」
「うむ、任されよ。若の初陣、必ずやこの左月が勝利に導きましょうぞ!」
耳元でうるさい。それと早く拘束を解け。
と、左月の気合のこもった声が耳に響いた政宗が言った。
流石にいつまでも羽交い締めは失礼かと思ったのか、左月は拘束を解く。
それを見て喜多も私の拘束を解いてくれた。痛た……、拘束する力が強すぎて地味に肩がヒリヒリする。
「川手は後藤信康隊。後方には伊達実元隊と国分盛重隊、そして我々……伊達政宗隊。阿武隈川手前でまで進行し、一度敵方の様子を確認します」
「なんじゃ……すぐに攻め込まんのか?」
「丸森城に攻め込むには渡河が必須故、そこを狙われたら被害は甚大になりましょう。それ故、まずは相手方の布陣の確認。それから渡河するか、山手部隊を動かすか決めまする」
「……つまらんのう」
大方伊達の布陣を説明した所で小十郎の本格的な作戦の説明が始まる。
まず、山手隊は梁川から登山し段田原峠を経由してまっすぐに丸森城へ進みます。道中相馬の伏兵がいるやもしれませんので注意して進軍いただきたい。
次に川手隊はそのまま阿武隈川沿いを進み、丸森城と山手隊を見渡せる位置まで進軍したら待機。山手隊の合図を待ちます。
相馬は山手側に多くの兵を割くはず。さすれば川手は手薄となり、いずれ渡河する好機が訪れましょう。
相馬側の援軍ですが、まだ大内と畠山の部隊は丸森城付近に入っていない様子。まだ到着していないか、金山城辺りで様子見をしていると思われまする。どちらにせよあまり積極的ではないため、当家としては非常に好都合。
そして最後に小斎城の佐藤為信ですが、やはり父を謀った相馬に対しての怨みは根深く、いつ当家に鞍替えしてもおかしくない状況。
此度の丸森城攻めの結果次第ではあっさり相馬を裏切るかもしれませぬ。
と、小十郎は自身の考えた作戦を説明し終えた。
「なるほどのう。……して、肝心の義胤は丸森城に?」
「はい。草の調べでは兵三千と供回りを率いて既に入っていると聞いております。その内五百はご自慢の騎馬隊との事」
「ククク、面白い! 武田に劣らずと呼ばれた相馬の騎馬隊……一度この目で確かめたかったのじゃ。俄然やる気が出て来たわ!」
と、好敵手に遭える喜びからか興奮が抑えられなくなってきた政宗。早く戦闘をしたくてウズウズしているようだ。
しかし、この作戦にはひとつだけ落とし穴がある。私はそれを小十郎に指摘した。