初陣を掴めっ!⑧
「ヒック……何のつもり、それー?」
「此度の無礼、伊達家に仕える鬼庭一族にとって一生の恥。そしてなにより姫様のお気持ちを考えず一方的に……儂の考えを押し付け悲しませてしもうた。この左月、この罪をどうにか償いとうござる」
「ひやぁ罪って……そんな大げさなんだかや。だからそーゆーのはもういいって何度も――」
「そうはいかんのです! 鬼庭の血は主君に絶対的な義を貫き通すこと。此度の行いはその逆。何卒この左月に償いの機会を!」
「…………」
はぁ……面倒くさい。おかげで酔いが醒めてしまいそうだ。
それに眠気も同時に。おかしいなぁ……睡眠は十分取ったつもりなのだけど。これが酔いからくる眠気ってやつだろうか。
しかし、左月をこのままというわけにもいかない。それだけ鬼庭一族の忠義は素晴らしくも、裏を返せばしつこいのだ。それは鬼庭の血を引く喜多で十分理解出来ている。
「あーもう、わかったわかった。じゃあ気が済むまで土下座でも腹踊りでも好きにやって。私はコイツを楽しみながら見ててあげゆからさー」
私は左月の前にある酒の入ったトックリに手を伸ばす。
すると、左月は私の手首を鷲掴みにした。漢らしい強引な握り方ではあるが、力は痛くない程度に加減されている。
「へー??」
「では姫様、儂と一緒に来てもらいますぞ。是非見ていただきたい物があるのです」
――――――――――
左月に手を引っ張られるかたちで部屋を出る。外は既に日が暮れそうで、僅かに残るオレンジ色の太陽の光が城内を照らしていた。
奥にある屋敷からはどんちゃん騒ぎが聞こえる。政宗の初陣前の宴は今もまだ継続中らしい。
私を無理矢理その場へ連行すると思いきや、左月は全く別の方向に足を走らせる。
「ねぇ……、ねぇ爺ったら! 何処へ行くの⁉」
「…………」
私の問いに答える事なく、左月は私の手を取りながらひたすらに歩く。
向かっている先には道場があるのだが……。
はっ⁉ まさか爺の奴、私を酔わせてから人気の無い所で襲う気なんじゃ……。
そう考えると左月の行動には納得がいく。
正妻の他に妾を持っても良い時代だ。歳の差だって私のいた時代に比べればかなり寛容な方だし、若い子に手を出したいのかもしれない。
とはいえ、仮にも今の私は政宗の奥さんのわけだし、人妻なわけだしそんな事するだろうか。認めてはいないけど。
そんな事を想像していると、私はいつの間にか道場の中まで連れて来られてしまった。
私が喜多を負かした道場であり、今は全く人気の無い道場だ。
もうすぐ日が暮れる。コソコソ何かをやるにはうってつけのスポットだろう。
私は左月の手を振り払い、いつ襲われてもいいように戦闘の構えをとる。
「ヒック……わらひを酔わせて襲おうだなんてぇ……ヒック……良い度胸じゃなひ。わたひがそう簡単に股を開くと思ったら……ヒック……大間違ひ」
フラフラと立つ足がおぼつかない。呂律も怪しくなってきた。
いつでも襲い倒せそうな私を気にかけながら、左月は目の前にあった真っ黒い布を剝ぎ取る。
視界がグラグラしていたという事と暗かったという事もあり、何かがある事に気付かなかった。
左月が剥がした黒い布の中から現れたのは、それとは対照的な白銀と燦然に輝く可愛らしい着物を着たマネキンだった。
着物には蓮の花びら模様と、背中には蓮を模った旗印のような模様が大きく描かれている。
下半身は動きやすさ重視のミニスカート仕様。左脚はスパッツに似た白い丈夫そうな繊維で守られてる一方、右脚は素足をさらけ出す感じらしい。両脚の脛には、脚を保護する黒い鉄製の脛あてが施されている。
誰が作ったのかは分からないが、この時代では想像出来ないほど可愛く仕立てられている。
私は酔っぱらっている事を忘れるぐらい、目の前にある白銀の着物に目を奪われてしまっていた。
「うわぁぁ……すごく綺麗……」
「こちらは伊達家代々から伝わる仕立て屋に作らせた極上の一品。何本も絡み合う特殊繊維は足軽程度が扱うなまくらなど通しませぬ。うむ、形も柄も注文通りじゃ」
「これって……まさか⁉」
左月はコクリッと首を縦に振る。
私が喜多に勝とうが負けようがどちらにせよ戦場には連れて行けないとわかっていたため、気分だけでも……と予めこっそりと作らせていたらしい。着物の形やサイズは、私が普段着ている改造した着物を喜多から借りて参考にしたらしい。通りでお気に入りの着物が途中から二着ぐらいなくなったわけだ。
「それがまさか喜多に勝ってしまうとは。ガハハ、今思えば愉快愉快!」
「爺……」
「……姫様との一件、義姫様に見られておりましてな。女を何だと思っておる、私達はお前達にとって都合の良い雌馬ではない。と、譴責を頂きましてな。まさにその通りじゃ。儂は世継ぎの事ばかり考えて、肝心の姫様の気持ちに寄り添う事すらせんかった」
左月はその場に座り込む。
そして、真剣な眼差しで私を見上げた。
「目がやっと覚めましたぞ! 若と姫様の進む新たな天下道、この左月老木ながら命尽きるまで見届けとうござる!」
「……爺⁉」
「好きに暴られよ。その御傍で儂にも天下の槍を振らせてくだされ」
「……う、……うん!」
私はゆっくりと白銀の着物に近づく。
着てみたい……。一番は左月に見てもらいたい。
「ねぇ、これ着てみても良い⁉」
「えっ……、あぁ構いませんぞ。――って姫様何をっ⁉」
私は左月が後ろにいるのにも関わらず、その場で裸になり、着替えを始めてしまったのだ。
酒の力とは恐ろしい。見られて恥ずかしいより、早く着てみたいという欲求の方が勝ってしまったのだから。
必死に手で隠している左月。
こんな若い子の裸なのに全く見ようとしないとはなんと勿体ない。
「どう? 似合うかしら?」
左月の顔は今でも憶えている。
いつも厳しい顔ばかりしている左月が、口うるさい頑固親父みたいな左月が、その時ばかりはそこら辺にいる優しそうなただのおじさんに見えた。
「ふふ、まさに泥水に咲く蓮の如し。姫様こそ真の伊達者よ」