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初陣を掴めっ!⑦

「…………」

「…………」


 左月だ。いつもの引き締まった表情は無く、随分としんみりとした表情をしている。しかも隣には酒が入ったトックリも置かれている。

 いや、そもそも何で左月は政宗の所にいないでこんな所に来たのだろう。それ以前にこの漢張り紙が見えないのか?


「姫様……」

「――フンッ!」


 何か言いかけようとした左月を振り切るようにグルンッと反転する。今更この漢と話す事なんてない。


「……てって」

「ん?」


「――出てって‼ 入ったら殺すって書いてあったよね⁉ さっさとここから消えて!」

「……ああ、確かに何か書いてありましたな。ガハハ、今日が爺の命日になりそうですな!」


「――うっさいなぁ! 分かったならさっさと私の前から消えてよ。……アンタ見てると気分が悪くなる」

「……分かり申した。では身を清めてから姫様の前からいなくなりましょう」


 身を清める? いったい何を言っているのだろう。

 左月の言葉が気になった私は、再びゆっくりと後ろを振り向いた。


 おちょこに酒を汲み、グイッとひと飲みをする左月。

 すると上半身を裸にし何をするかと思ったら、脇差を取り出しキラキラに輝く刀身を自身のバキバキに割れたお腹へ向けた。


「……は?」

「儂がいなくなれば姫様は元気になられるであろう。そのためならこの左月、見事この場で散ってみせましょうぞ!」


「――はぁ⁉ バカバカバカやめろっ――‼」


 布団から飛び出し、刃物の先端が腹に突き刺さる瞬間、力の入る左月の右手を全力で止めにかかる。


「バカ……、何……やってん……のよ⁉」

「ググ……。離して下され、姫様。儂のせいで……儂のせいで姫様は再び病に……」


「だからって……勝手に人の部屋で切腹……すんな! 部屋が汚れる……じゃなかった。私仮病だから! 体調が悪いとか嘘だから! だから早まるなー!」

「――な、なんと⁉」


 諦めたのか脇差の握る手から力が抜ける。

 老体とはいえもの凄いパワー……。両手を使って止めるのが精一杯だった。


 あまりに突然だった事と思ったより体力を使った事で、私はその場に尻餅をついた。


「ハァ……ハァ……。全く喜多さんといい爺といい、何でアンタ達……鬼庭の一族はすぐに腹を切りたがるのよ……。ブームなの? アンタ達にとって切腹はスポーツか何かなの?」

「ん?? ぶーむ……とは? ……はて、すぽーつ?」


「いや、何でもない。私の独り言だから気にしないで。でもまぁ切腹とかホントやめてよね……。そんな事されたら私、マジでトラウマになりそうだから。内臓なんか見た日には焼肉屋でホルモン食べれなくなりそうだからね」

「も、申し訳ございませぬ……。儂はてっきり姫様が儂のせいで寝込んでしまわれたのかと……」


「それについてはゼロ……じゃないけどね。私本気だったし、それなりにショックだったし……」


 再び脇差に手を伸ばそうとする左月。責任を感じるのは良いが、この一族マジでイカレてる。

 また止めるのも面倒なので、私は脇差を素早く奪い取ると部屋の隅に投げ捨てた。


「それで……何で爺がこんな時間に私の部屋に? 今ってアイツ(政宗)のおめでたい儀式か何かやってるんじゃないの?」

「ん、それはとっくに終わりましたぞ。今は皆酒を飲んで盛り上がっている最中でしょうな」


 言われてみればオレンジ色の光が障子を貫通して部屋に入って来ている。もう時刻は夕方、思ったより喜多が部屋を去ってから時間が経過していたようだ。


「あっそ……。それで、爺は皆と楽しまないの? 筆頭家老の爺がその場にいないんじゃ皆ビックリするんじゃない?」

「ハッハ、今頃皆若様に酒を注ぐのに必死じゃて。そんな事より儂は姫様と飲みたくなりましてのう」


 そう言うと、左月はトックリに入った酒をタプタプとさせた。

 まさかこのジジイ、私に……未成年の私に酒を飲ませる気じゃ……。


「言っとくけど、私未成年なんだけど……」

「んん、未成年? それはいったい何ですかな?」


 あっ……そっか。この時代では元服した時点で成人扱いになるのを忘れていた。

 ということは、結婚を済ませている私はこんな身体でも一応成人扱いなのか。だとするとここでの飲酒は合法という事になる。


 でもお酒か……。本当はめちゃくちゃ飲んでみたかった。

 前世で結構はっちゃけてた私だけど、飲酒と喫煙だけはしなかった。なんかその辺りのルールは守らないと、って思っていたから。


「ゴクッ……、それって私も飲んで良いの?」

「もちろんですじゃ! 先程も申しましたが、儂は姫様と飲みたいからここに参ったのですぞ。ささ、遠慮なさらずここはグイッと!」


 渡されたおちょこに透明な酒をトクトクと注がれる。

 これが人生で初めてのお酒。まるで水のように透き通った水面が私の顔を映し出す。


 いささか緊張している私を見てか、左月が自分のおちょこに注がれた酒をグイッと一口で飲み干した。

 カァーっと声を上げ、美味しそうに飲む老人に釣られるように私も自分のおちょこに口を付ける。


「――ゔぇっ! まっず!」


 思った通りの反応だったのか、しかめっ面の私を見て左月は笑った。

 大好きな甘酒感覚で飲んでみたのだが、これは全くの別物だ。やはり私には少し早かったかも。


「ワハハ! 姫様、そんな飲み方では本当の酒の味は分かりませんぞ。注がれた酒は一気にこう! 口には溜めないで喉に流し込む感じじゃ」

「……の、喉?」


「そうそう。楽しみ方は人それぞれじゃが、儂は一気に飲んで喉の刺激と鼻から抜ける香りを楽しむのが通だと思っておりますじゃ。まぁ騙されたと思って一度試してみてくだされ」

「香りを……楽しむ……」


 私は言われた通りに注がれたお酒を一気に喉に流し込んだ。


「――――っ⁉」


 冷たい物を飲んだはずなのに喉が焼け、胃の焼けるような感覚、そして鼻からはアルコールの臭いが一気に噴き出した。

 だけどその後に嗅ぐ空気はどこか甘く、爽やかな香りが鼻と口に広がっていくのがわかる。これがお酒の味……。


「……どうですかな?」


 どうもこうも無い。何でこんな苦しい思いをしながら酒を飲まないといけないのだ。

 どうせ飲むならもっとオシャレで、フルーティーで、可愛いお酒を楽しみたかったのに。これではまるで酒飲みの晩酌ではないか。


 だけど……。


「へへ、まぁ悪くないかも」


 ――――――――――


 左月とサシ飲みをしてから結構な時間が経過した。

 部屋の周りには空いたトックリがあちらこちらに……。綺麗好きな喜多が見たら発狂しそうな状況だ。


 でも、そんな事今はどうでも良い。

 私は左月によって注がれたお酒を一杯、二杯と胃袋に流し込む。


「ン……ン……プハー! あぁ、それでれー聞いてよー。わらしのお父さんってどんっ――なに頑張っても一言も褒めてくれないろ、ひろいと思わない⁉」

「うむ……それは少しあんまりですな。今度清顕(きよあき)殿に会う機会がありましたらこっそり伝えておきますぞ」


「んーんー、きよあきらー? わらしの会った事がある人らっけ?」

「清顕殿は姫様の御父上では御座らんか」


 あぁ……そうだっけ? 何だかそんな名前だったような、そうじゃなかったような。

 まぁどうでもいいか。それよりももっとお酒が飲みたい、全然飲み足りない。


「ヒック……、あれ……これもう入ってないや。爺、おわかり持ってきてー」

「儂から酒を勧めといて申しにくいのですが……、姫様そろそろ酒はやめた方が良いですぞ。今は良いのですが後がきつくなるかと……」


「うっさーい! これは姫命令なんよ! だからジャンジャン持ってこーい!」

「殿や若に怒鳴られても知りませんぞ儂は……」


 左月は呆れた顔でお酒を注いだ。

 なみなみに注ぐもんだからお酒が零れそうになる。私は両手を使い、床に零さないようにお酒を胃袋に流し込んだ。


「ン……ン……アハー! あによそんな事……、今回のお酒であの件は水に流してあげるつもりなんだかや、爺は黙って私にお酒を注げばいーの! あっそれでねー、わらしのいた世界には車っていう便利な物が――」


 ああ、気持ちいい。頭がフワフワして嫌な事なんて忘れられそうだ。

 スマホが無くて不便だとか、ご飯があんまり美味しくないとか、身に付けている着物がダサいとか。それと……。


 僅かに残る意識で本音を隠しながら自分のいた世界について語ろうとした時、左月は私の目の前で漢らしい土下座をするのだった。

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