初陣を掴めっ!⑥
私が部屋に引きこもって十日。あの一件以来無気力だった私は特に何もせず、ただただ時間を布団の中で過ごしていた。
俗に言うニート生活ってやつだ。ただ他のニートと違うのは、部屋に鍵が無いため誰でも自由に入ってこれる……という事。プライベートガバガバのマイルームには今日も今日とて色々な人が訪れる。
流石にうざかったので、私は紙に「勝手に入って来たら殺す」と書き、戸に貼り付けてやった。それ以降は来客も減ったため、シンプルながらも効果はあったようだ。
とはいえ飲まず食わず、お風呂に入らないのはまずいと思ったので喜多だけは入るのを許可した。
今日も食事を取って、身体を拭いて寝る毎日。そう思った時、喜多がいつものように話しかけてきた。
「……姫様、体調はいかがですか? 治らないのでしたらそろそろお医者様をお呼びになっても……」
「……大丈夫。段々良くなってきたから」
「そうは言いますが、もう十日も経っているではありませんか! それに本日は若の……」
何回も聞いた。
今日は政宗が初陣前に輝宗から甲冑を受け取る華々しい日らしい。初陣を飾る男にとってこれ程素晴らしい日はないそうだ。
そこには正妻である私はちゃんと出ないといけないわけで。そのため喜多が私を毎日説得しているというわけだ。
ちなみに喜多が私の体調がどうこう言っているが、私自身体調が悪いわけではない。
勿論仮病だ。何となくそう言っておけば人も部屋に入りにくいと思ったためついた嘘である。
まぁそれ自体も多分バレている。でなければ毎回喜多が説得に来ないだろうし、仮に体調が本当に悪そうであれば私の意思関係なしで医者は呼ばれているだろう。
「……若は毎日来ておりますか?」
「……来てるよ。会ったら『もう来んな』って言っといて」
「若も最初は『阿呆に付ける薬は無い。放っておけ』とは言ってはいたのですが……。フフ、それを聞いた小十郎が激怒致しまして――」
なるほど。通りで政宗がしつこく毎日来るわけだ。小十郎め、余計な事を……。
それにしても阿呆に付ける薬は無い……か。政宗、次会ったらコロス。
その後、私は布団に包まりながらではあるが喜多とたわいもない会話を続けた。雑な返答にもかかわらず根気良く話しかけてくれる喜多には申し訳ないと感じているのだが、私の身体は布団から一向に出ようとしなかった。
そんな私を見てもため息ひとつつかずに「私は若の所に少しだけ顔を出して参りますので、姫様も気分が優れるようでしたらいらっしゃってください」と空気を読んで部屋の外に出て行く喜多。ホントよくできた侍女だよ、こんな私に仕事であると分かっていながらも毎日毎日付き合ってくれているのだから。
「……私って何のために生きてるんだろ」
喜多が部屋から離れたのを確認すると、ボソッっと心の声が口から漏れた。
私の心の奥にある醜い感情がかまってほしい、慰めてほしいと言わんばかりに膨らんでいくのがわかる。
「何で私を見てくれなかったの……父さん……」
――――――――――
それは愛華としての記憶。好き勝手振り舞っていた時の陽徳院愛華としての記憶。
私にはふたつ年上の兄がいた。
自分でいうのはなんだが、私以上に何でも出来る兄だった。成績優秀でスポーツ万能、仲間からの信頼も厚く、いずれは陽徳院家を継ぐ男として期待されていた兄。そして、私の憧れであり目標だった兄だ。
そう、だった……だ。兄は私の前からいなくなったのだ。
正確には私が小学五年生だったとある大雨の日、視界が悪かったのと前方を走る車の煽り運転に運転手がハンドル操作を誤り、そのまま前方の歩道橋に突っ込んでしまったのだ。その車には不幸な事に母も同乗していた。
結果は言わずもがな、運転手を含む三人が命を落とした。
車の安全装置が作動していたのにも関わらず……だ。それだけ衝突時の衝撃が凄まじかったのだ。
それ以降、私の父は変わってしまった。私を厳しく育てつつも愛情を注いでくれていた父の姿はもうそこにはなかった。
そこにあったのは闇雲に仕事をこなす父の姿。事故なんてなかったかのように、忘れるように仕事に没頭する父の姿だった。
悲しみを吹っ切るのに時間はかかったが、私も父の役に立ちたい一心で勉学やその他教養を死に物狂いで頑張った。
父の目に一日でも早く留まるよう、亡くなった母や兄を振り切れる存在になれるように睡眠時間以外は全てこの身に鞭を打ち続けた。
そして中学三年の夏。
私は父から、あの事故以来初めて父から声を掛けられた。
実に五年ぶり。私から話しかける事は何回もあったが、父から話しかけてくるのはなかったので本当に嬉しかった。
中学校で成績は常にトップ。生徒会長の仕事も熟し、校内で自身の地位が確立していた時期の事だった。
ついに父は認めてくれた。そう思っていたのだ。
「いいか愛華、あまり目立つような事……兄の真似事をするな。お前は女なのだから私が認めた男と結婚して陽徳院家を継げばいい。それがお前にとっての幸せなのだから」
衝撃的だったのを今でも憶えている。
この五年間、死に物狂いで積み上げてきたものが一気に崩れ去ていくような、そんな感覚だったのを今でも鮮明に憶えている。
亡くなった母や兄の悲しみを乗り越えて兄以上の人間となり、父の会社や家を継ぐ努力してきたのに。
立派に育った私を見せて父を安心させたかったのに。
父は……私を自分の道具としてしか見ていなかったのだ。
女の私では陽徳院家を任せられない、そう思ったのだろう。私に向けていた愛情は偽りだった、そう思うと笑いさえ出た。
それ以降、私は父と一切話さなくなった。まぁ父と話すなんてあの悲惨な交通事故以降ほとんどなかったのであってないようなものだったが、私は父を極端に避けるようにした。
その反動なのか分からないが、私は人生で初めて人を殴ってしまった。
平手打ちじゃない、グーパンだ。しかも相手は女、確かどこかの新聞社の令嬢だった気がする。
いじめられっ子を助けるためだったとはいえ、暴力にでたのは流石に後悔した。それ以前に生徒会長が生徒を殴ってしまったのはやばい、人としてやばい。
と、思っていたのだが今回の件はなかった事にされてしまった。そもそも喧嘩などなかった、そういう事にされてしまったのだ。
誰が間に入ったのか大体想像は出来たが、そのまま終わるというわけにもいかなかったため、私は生徒会長を途中で辞退した。あの時のメンバーには本当に申し訳ないと思っている。だけど、あのままみんなの模範となる生徒会長を続けるなんて私には出来なかった。
とはいえ年間スケジュールもほとんど決まっていたため、私が抜けた所で大した事はなかったと思う。
そして高校……。私は本来行くつもりだった大富豪が多く集まる有名校には行かず、地域で一番学費が安く荒れている高校、つまりはヤンキー校に入学した。
入学した理由も喧嘩がしたい……とか単に制服が可愛かったから……とかそんな思考回路ゼロな理由ではなく、父の理想から極力離れた存在になりたかったからだ。
ささやかな抵抗とでも言えば分かりやすい。私の素行が悪ければ貰い手だっていなくなるわけで、一番困るのは父だろう。そう思っていた。
しかし反応は「好きにしろ」と冷ややかだった。喧嘩をしても、怪我をしても、帰りが遅くなっても、父は私を怒る事はなかった。
何でだろう。あなたの娘はこんなに悪い事をしているのに、何故怒らないの。何故見向きもしないの。
父にとって私とはその程度だったのだろうか。そう思うと悔しくて……悔しくてたまらなかったのだ。
「……私ってそんなにダメ? 女ってそんなにダメ……?」
瞼から流れ落ちる涙を拭いながら布団を強く握った時、部屋の前で誰かが止まったのが分かった。
喜多だろうか、と思ったがそうでもない。まだこの部屋を出てから一時間も経っていないし、戻って来るにはちょっと早すぎる。
スーッと戸が開き、丸まった布団の後ろで誰かが座る。しかもドシッと荒々しく。間違いなく喜多ではない事が分かる。
私は布団に巻き付きながらゆっくりと振り向いた。




