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初陣を掴めっ!⑤

「あっ……、私が……背後を……⁉」

「私の勝ち。 ……でいいんだよね?」


 脚に触れる喜多の髪の毛がくすぐったい。片足でバランスを取るのがそろそろキツくなってきた。

 などもあったのだが、それ以上にこの勝負の決着がついた事で私は脚を下ろす。


 負けた事が信じられない、と言い出しそうな表情を見せる喜多。持っていた訓練用の槍をその場にカランッと落とす。


「御見逸れ致しました。まさか武器を、小太刀を投げつけてくるとは……」

「…………」


「それに最後は変わり身の術ですか。フフ、背後を取られるなんて何日ぶりでしょうか」

「…………」


「……姫様?」

「喜多さん。感想を語るのは良いんだけど、後ろに転がっている私の服を先に取ってくれる? 私も勝利の余韻に浸りたいけど、この格好はそろそろ恥ずかしいかも」


 あっ! っと私の姿を再確認した喜多は小拾い上げた道着を私に渡すと、観客の男性陣を道場から追い出してしまった。


「全く……殿達もいつまで見ているんだか!」

「アハハ、男っていつになってもスケベだよねー」


 汗を拭きとってから道着に身体を通し終わると、喜多は外に出していた男性陣を呼び戻した。

 入って来たのは輝宗と小十郎だけだ。左月はいなくなっている。


「お殿様、勿論見てたよね?」

「ああ、透き通るような綺麗な肌じゃった。お義の若い頃を思い出したわい」


「……は?」

「ンン――。まぁそれは冗談として、まさか本当に勝ってしまうとはな。予想外の出来事にまだ夢の中ではと疑っておるよ」


 ところがどっこい夢ではない。勿論、勝てたのは行き詰っていた私にアドバイスをくれた小十郎のおかげだ。


「小十郎もありがとう。おかげでなんとか勝つ事が出来たわ」

「いえいえ、この勝利は姫様が自らもぎ取ったもの。拙者の教えた剣術など姉上の前では役に立たなかったようで」


「そんな事ないよ! 小太刀を扱えた事で私は最後にあの選択を出来たの。ホント感謝してる」

「ハハハ、姫様にそう言って頂けると教えたかいがありましたな」


「ん、ところで爺は? まさかこのタイミングでトイレってわけじゃないわよね?」


 私の質問に輝宗と小十郎は顔を合わせ困った表情を見せた。

 なんだか言いにくそうな、そんな感じの表情である。


「姫様、その事なんですが……」


 ――――――――――


 輝宗と小十郎からいなくなった理由を聞くと、私は急いで左月の後を追うため道場から飛び出す。

 どうやら私が喜多に勝ってしまった事が気にいらないようで、へそを曲げて自分の屋敷に帰ってしまったらしい。


 正直それだけならここまでする必要はないのだが、左月はとんでもない置き土産を残して去って行ったのだ。


「――いたっ! コラッ、爺止まれー!」


 左月を見つけた私は正面に回り込むと、両手を広げ急ぎ足の老人の進行を妨害する。


「……姫様」

「ハァハァ……アンタねぇ……、こっちは私闘の後で疲れてるんだからあんまり走らせないでよ……」


「それはそれは、姫様には申し訳ない事を致しましたな。……それで儂に何かご用ですかな?」

「しらばっくれる気⁉ 私が戦に出るなら鬼庭は兵を派遣しないってどういう事よ⁉」


 これが左月の残した置き土産。

 私を本当に戦場へ連れて行くのであれば鬼庭は政宗の初陣に兵を一兵たりとも派遣しない。それが輝宗の命に背く事であってもだ。


「約束が違うじゃない! 私が勝ったら戦に連れてってくれる、ってだけの約束だったでしょ⁉」

「殿は約束を反故にしてなどおりませんぞ。それとは関係なく儂から殿に条件を出しただけの事。姫様がいちいち騒ぐ事ではございませんぞ」


「ッざっけんな! 天秤にかけるような汚い真似して、アンタ恥ずかしくないの⁉ 大人なら一度決めた事は我儘言わずに最後まで――」

「――いい加減にしなされ‼」


 私の声をかき消すように左月の怒号が飛ぶ。

 今まで聞いた事のない、父親にも言われた事のない怒号が私を刺激する。


「今回の件、姫様にとっては許し難いとは思いまするが最初から決めていた事。流石に殿も鬼庭隊千と姫様ひとりとでは比べようがありませんからなぁ」

「くっ……ひ、卑怯者っ……」


「卑怯者で結構。それで姫様の命が守られるのであれば、この左月喜んで卑怯者となりましょう」

「な、何言ってんの、意味わかんない。何で私が守られないといけないのよ。自分の身ぐらい自分で守るよ」


 すると左月は目線を合わせるように中腰になると、両手で私の両肩を掴んだ。

 その手は力強く、ずっとやられていたら痕になりそうなくらい……痛かった。


「痛いですかな? 姫様がなんて言おうと、戦場に出れば多くの兵が姫様を守ろうとその命を燃やすでしょう。その時やられた兵の痛みはこんなものじゃないですぞ! 残された家族の痛みを、業を、姫様は背負う勇気がおありか⁉」

「そ、それは……」


「確かに姫様は強い。儂が言うのはなんじゃが、あの喜多に勝ったのですからな。それは認めましょう。じゃが、戦場ではあの程度ゴロゴロおるのです。それに一騎討ちの場面なんぞそうそう現れませんぞ。それでも敵陣に突っ込む勇気が、味方の兵を失う覚悟が姫様にはおありか⁉」

「…………」


「よいですかな、姫様。姫様には若様の世継ぎとなる元気な嫡子を拵えるという大事な仕事があるのですぞ。それだけはお忘れなきよう。それと――」


 あぁ……またこの話だ。正直聞き飽きた。

 この時代に来て分かった事なのだが、正妻……つまり今の私は政宗の子供を孕む事だけを望まれている。戦力としての愛姫は期待されていない。


 何かと口を開けば子供子供。

 芸道だって、武道だって完璧にやってるつもりなのに。結局この時代の人間も私を都合の良い道具としてしか見てくれない。


 この時代ならきっと私は皆から認めてもらえると思ったのに……。

 そう思うと何だかどうでもよくなった私は、肩を掴んでいる左月の手を振り払った。


「……もういい、部屋に帰る」

「姫様⁉ まだ話は――」


「うっさい、だからもういいって言ってんじゃん! もう我儘なんて言わないから、私に……話しかけないで……」


 この後の事は正直よく憶えていない。きっと私の事だ、不愉快にさせたお返しとばかりに左月を睨み付け、罵倒して帰って来たに違いない。

 いや、もうどうでもいいか。喜多に勝ったのは良いものの、結局は戦には連れてってもらえないわけだし。流石に私ひとりと兵一千じゃ勝負になりもしない。


「はぁ……」


 私はため息をつきながら自室の布団に潜り込んだ。

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