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偉大な父 後編⑦

 その言葉を言い残し、大殿は背中から地面に倒れ込んだ。


「大殿ッ――‼」


 無我夢中だった。

 拘束されていた縄は既にずんによって解かれていた。私は大殿に近寄ると両手で身体を軽く起こした。


「ク……クソ!」


 右肩に一発。左わき腹付近に一発。そして、胸に一発。

 大殿の身体から流血が止まらない。


「だ、誰か医者を! 大殿を助けられる人を呼んで!」


 私は事を遠くで見ている伊達の皆にそう叫んだ。

 だけど、ほとんどは視線を逸らすだけで動こうとはしてくれなかった。


「なんで……、何で誰も動こうとしないのよ! 大殿が……このままじゃ大殿が死んじゃう‼」

「ひ、姫……」


 頼みのずんも動かない。

 黒い布で口元は隠れているが、その表情からどこか私を憐れんでいるように見えた。


「……もう……よい……」


 震える大きい手が私の肩に触れる。


「愛姫……、お前には……鬼の名は似合わんな……」

「喋んな! 血が止まんないのよ!」


 自分の着ている装束の袖の一部を破り、大殿の患部に巻きつける。

 冷たい風が晒された肌を吹き抜けてゆく。それでも布地が足りなかったので、私はもう片方の袖も破り取った。


「ひとつ……こころ残りがあってな……」

「へへ、何よガラでもない……。しょうがないわねぇ、私が聞いてあげる」


 私もわかっていた。だけど、認めたくなかったんだ。

 だから、大殿には余裕のフリをして――。

 

 まだ助かるんだよって――。

 安心させたかったんだ。


「孫の顔を……まだ見ておらんで……。愛姫は頑固じゃで……のう……」

「アハハ、わかったわかった。しつこい大殿の頼みだから、ひとりでもふたりでも……好きなだけこしらえてやろうじゃない!」


「フフ……たのしみ……じゃ……のう……」


 患部の応急処置は終わった。

 後は血が止まってくれれば……。


「ねぇ大殿。私ね……ちょっとロマンチストなんだ」

「…………」


「最初は友達からで。それで気が合えば付き合って。あっ、でも私より弱い奴は勘弁かな。だって男が女より弱いとかダサすぎ」

「…………」


「普段は頼りないけど、いざって時は凄い。そんな漫画に出てきそうなヤツが良いの。まぁそんなヤツいるわけないんだけど」

「…………」


「私も腹くくらないと。大殿がここまで漢を見せたんだから、私も根性見せないと不公平だよね。政宗は生意気だけど、別に減るもんじゃないし。私もそろそろなのかなって思ってたし」


 お願い。

 お願いだから……返事をしてよ。


「ウウ……大殿ぉぉ……。ゴメン、私ぃ手当あんまり得意じゃなくって……。上手く出来たかなぁ……」

「…………」


「ほ……ほげん体育の授業で習ったんだげど……、もうこっちにぎで三年だし。私ぃ……もうあんま憶えてなぐで……」

「…………」


「ねぇ……何とか言っでよ……。私でも傷つくんだよぉ……」


 今、私そうとう酷い顔をしているのかな。

 ねぇ大殿、笑ってよ。


「大殿――‼ 返事してよぉぉ――――‼‼‼」

「…………」


「ワアアァァァ――――‼‼‼」


 認めたくなかった。

 最後まで信じてくれなかったけど、中身の変わった愛姫を邪険に扱うこともなく、ひとりの武士として認めてくれた最初の漢。私にとって数少ない本音を言える漢。


 そんな大切な人がこんな簡単に。

 線香花火が一瞬で終わるような。あっけないく散っていくのを、私は信じる事が出来ず、ただただ涙を流す事しか出来なかった。


「殿ぉぉ――‼」

「こ、これは⁉」


 勢いよく森から飛び出して来たのは左月達だった。

 おそらく先行する大殿を急いで追って来たのだろう。


「こ……この惨状はいったい……」


 河畔に散らばる死体の数々と血に染まった阿武隈川。

 まるで地獄にある三途の川をイメージさせるような地獄絵図に、左月達はこれが現実なのか理解出来ていない様子だった。


「我らが途中で殿を見失わなければこんな事に……」

「左月殿……、拙者は夢を見ているのでしょうか……」


 現実が受け入れられない様子だった。

 それもそのはずだ。阿武隈川を紅く染めるひとりに大殿の死体があったからだ。


「ク……ウ……」


 ふたりの涙には悲しさと……悔しさが入り混じっていた。

 ふたりはいつも大殿を支えていた近侍だ。それが目の届かない所で死んでしまった事にとてつもない不甲斐なさを感じているのだ。


「…………だ」

「……え?」


 私の中で悲しみは怒りに変わっていた。

 私は大殿近くに転がっていた短刀、畠山義継が持っていた脇差を拾い上げる。


「コイツが――‼ みんなコイツが悪いんだ‼‼‼」


 私は両手で握りしめ、無様に倒れている畠山義継の胸に。短刀を。突き刺した。


「お前が‼ お前が‼ お前が裏切らなかったらぁぁ――‼」


 ひと突き、ひと突き、憎しみを込めて。


「死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼」


 左月達の恨みも代弁して。

 飛び散る生暖かい血がいくら身体にかかろうと。


 私は畠山義継の身体がミンチになるまで。

 原型がわからなくなるまで。


 この場から消えて無くなるまでやめるつもりはなかった。


「やめい」


 短刀を握る両手を押さえられ、聞いた事のある声が私の邪魔をする。


「死者への冒涜(ぼうとく)は武士にあらず。ここまでにせよ」


 何が〝死者への冒涜は武士にあらず〟だ。

 何が〝ここまでにせよ〟だ。


「アンタが……、アンタが一番怒らないとダメなのに! こんなヤツ、神様だって許すわけない!」

「それでもじゃ。亡き父上もお前にそんな事は望んでいないはずじゃ」


「アンタがそんな事言える立場じゃない! 大殿を撃ち殺したのはお前だ! お前が殺したくせに!」


 立ち上がり、政宗に向かってそう叫んだ。

 だけど政宗は……。


「わかって……おるわ。わ……わしが殺した……。ぢぢうえは……わしが……」


 男泣き。

 と、表現するには少々困難。それだけ、政宗の涙には色々の感情が入り混じっているからだ。


 あの時。仮に政宗が発砲を命令しなくとも、大殿は畠山兵によって斬り殺されていただろう。

 そうすれば畠山義継は生き延び、大殿の無念だけが残った。結論、政宗の判断は正しかったのかもしれない。


 それなのに私はどうだ。

 何か他の選択肢はあったのではないか。などと悠長に考え、挙句の果てには政宗に当たり散らしている。


 恥ずかしい。何が「お前が殺したくせに!」だ。

 大殿を殺したのは……私のくせに。


「ウ……ウワアアァァ――‼」


 泣いた。

 身体中の水分が無くなるまで。身体の体力が無くなるまで。政宗の胸をドンドンと叩きながら泣いた。


 皆も泣いた。

 天に昇る大殿を大合唱で送り出すように。


 そして、私達は決意する。

 畠山家を滅ぼす事が大殿への弔い華となる事を。

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