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偉大な父 後編⑥

 怒りに満ちた声が畠山義継の名を呼んだ。

 私は……この声を知っている。


「政宗!」

「何で殺されそうになっていたのかはわからんが、とりあえずは間一髪か」


 私の名を呼ぶ声が他からも聞こえる。

 政宗はひとりで来たわけではないようだ。


「人がせっかく鷹狩りを楽しんでいたというに。これはこれは、随分と大きな獣が釣れたもんじゃ」

「ま、ま、ま、政宗⁉ キサマ、どうやってここに⁉」


「愛が捕まり、畠山領に連行されている事はこの忍びから聞いた。儂等の乱波(らっぱ)衆は優秀な者が多くてのう」


 ひとり高い声の主が私の名前を呼ぶ。

 政宗の言っている〝忍び〟とはこの子の事だ。


「姫‼ お怪我はありませんか⁉」

「ずん⁉ アンタ戻ってたの⁉」


「戻ったはついさっきッス! 宮森城に姫様がいるって聞いてたんスが、姫様がさらわれたと聞いて!」


 なるほど。それで政宗に援軍を求めたわけか。

 それにしても銃を持っているなんて凄くタイミングの良い漢だ。


 でも、おかげで助かった。


「それだけの人数で森を駆け抜ければ何かしら予兆はあったはず。何故じゃ……」

「それだけお前達には余裕がなかったという事じゃろう」


「余裕がなかった……はっ⁉」


 畠山義継はようやく気付いたようだ。

 もう遅いけどね。


「お、お前! だから、儂等の注意を集めるためにあんな挑発的な行為を⁉」

「おっそ。今頃気付いたの?」


 私がここに着いた時、遠くで鳥達が一斉に羽ばたく音が聞こえた。

 勿論、それが政宗達だという保証はどこにもなかった。ただ単に鳥達の気まぐれか、他の野生動物に鳥達が反応しただけの可能性もあった。


 私は賭けた。それが味方だとしたら気付かせるわけにはいかない。

 だから、私はコイツ等の気を自分へ集めるために挑発する手段を選んだ。


「クゥゥゥ――」


 悔しそうな声で唸りながら、畠山義継は私を乱暴に、盾にするように自身の身体に引き寄せる。


「アグッ」


 畠山義継の太い腕が私の首を絞め付ける。


「義継‼」

「動くんじゃねぇ政宗‼ コイツが……お前の大事な女房がどうなっても良いのか‼」


「キ、キサマァァ……‼」

「お前が来たからって状況は変わらねぇのよ。あともう少しだ、儂はここからトンズラさせてもらうぞ。あと、そこの忍びも余計な動きをすんじゃねーぞ。動けばコレが首にグサリッ……だ」


 畠山義継は私の首に短刀の先端を当てた。

 冷たく、少しチクッとした感覚が私の身体を凍り付かせる。


「ひ、卑怯者……」

「フン、忍びに言われとうないわ。ヨシお前達、儂が川を渡り終えるまでしっかりと盾になるのじゃぞ」


 畠山義継は水位の下がった川の渡河を始めようとする。

 私はそれを踏ん張る事で畠山義継の渡河の邪魔をした。


「踏ん張るんじゃない、お前も歩くんじゃ!」

「い、嫌だ! 私は行かない!」


「な、なんじゃと! この人質風情が!」


 畠山義継が強引に引っ張るが、私はそれを拒否した。

 せっかく政宗達が助けに来たのだ。こんな所でコイツの好きにさせてたまるか。


 私は目隠しで視界を奪われながらも、政宗とずんの声が聞こえた場所へ走った。


「逃がすかっ‼」


 当然、その行為は見透かされていた。

 畠山義継は私を再び手繰り寄せ、片腕で首を絞めるように拘束する。


「クッ!」

「往生際の悪い女め! このまま引きずってでも渡ってもらうぞ!」


 強引な姿勢でズルズルと川に向かって引きずられて行く。

 本当にこのままではコイツが川を渡り切ってしまう。そうなれば伊達はコイツの言う事を聞く事になるだろう。


「ダ……ダメ……。アンタは絶対に渡らせない……」


 コイツの思い通りになるくらいなら……。

 そう思った時、私の心の中である決心がついた。


「政宗ぇぇ‼ 私ごと……私ごとコイツを撃ち殺してぇぇ‼」


 ――――――――――


 ここまでが現状に至るまでの過程だ。

 死ぬ覚悟は出来ていると思っていたのに。私はまだまだ子供なのだと思い知らされた。


 裸のひとつやふたつ……と思いたいのだが、私にとって異性に裸を晒すというのはそれなりのシチュエーションでと思っている。

 これから死ぬかもしれない人間が何を言っているのかと馬鹿にされそうだ。


 だけど、私だって女なのだ。

 死んだ後なら好きにして結構。だけど、意識のあるうちのそれは恥ずかしくて、別の意味で死んでしまう。それだけは嫌だから、政宗にいっそのこと撃ち殺してもらいたかったのだ。


「ク……、愛……」


 政宗が歯を食いしばりながら耐えている。

 私がそんなプライドを捨てられていれば。一丁前な乙女心を捨てられれば。政宗もここまで堪えなくて良かったのに。


 私も所詮は〝ただの女〟だったんだ。

 普段は勝気も、肝心なところでいつも仕留めきれない。


 何が義だ。

 何が鬼姫だ。


 そんな大層な言葉、私にはまだまだ早かった。

 やっぱり私はどの時代でもお人形さんがお似合いだったのかもしれないね。


「うおおおおぉぉぉぉ‼」


 雄叫びに遅れて身体を押し出され、私は数歩歩いてつまづき転倒してしまう。


「イタタ……」


 私の目に光が戻った。

 今の転倒で視界を遮っていた布が緩んだのだ。でもどうして……。


 私は上手いこと身体を起こし、何が起きたのかを確認する。


「お前の好きにはさせんぞ、義継‼」

「キ、キサマッ⁉ な、何故ここに⁉」


 畠山義継が私を解放してしまった原因がそこにはいた。

 私は驚きを隠しきれなかった。


 勿論、私だけではない。

 ずんも小十郎も、そして政宗も。皆驚きを隠しきれなかった。


「父上ッ⁉」

「大殿ッ⁉」


 森の中から馬と共に飛び出したのは、大殿こと伊達輝宗だった。

 大殿は畠山義継の背後にまわると、逆に畠山義継を羽交い締めで拘束したのだ。


「バ、バカな⁉ こんなに早く到着出来るわけが⁉」

「ワハハ、随分と狭い獣道を強引に通ったのじゃのう! 折れた枝木や破れた衣服が目印となっておったぞ!」


「グヌヌ……!」


 私は自分の装束の袖の一部が切れている事に今気が付いた。

 おそらく大殿の言う破れた衣服とは、私が今着ている物のやつだと思う。


「お、お前等何をしている‼ 早くこの馬鹿野郎をなんとかしろ‼」


 なんとかって、と動揺する家臣達に畠山義継は思い切った命令を下した。


「斬るんだよ、馬鹿‼ 斬って斬って斬って、コイツを斬り離せ‼」

「ですが、それでは殿も……」


「儂まで斬ってどうすんだ、この馬鹿が‼ 輝宗だけを斬るんだよ‼」

「は、ははっ!」


 畠山の家臣達は刀を抜くと、両手の塞がっている大殿の背中に刀を振りかざした。


「グハァァッ‼」


 痛々しい声。

 足元には斬られた衝撃で紅い鮮血が飛び散る。


 しかし、それでも大殿は拘束する手を緩める事はなかった。


「撃てぇぇぇ‼」


 大殿の……伊達輝宗の声がそこにいる全員を震え上げさせる。


「儂ごと義継を撃ち抜くのじゃ‼ 政宗ッ‼」

「な、何ぃぃ――‼」


 大殿の捨て身の覚悟に、畠山義継は激しく動揺した。

 斬られても、斬られても、その腕は拘束する事をやめない。それどころか少しずつ絞める力が強くなっている。


「儂を撃てばキサマもただでは済まんのじゃぞ! それをわかっているのか⁉」

「わかっておるわ! 儂はな、落とし前をつけに来たのよ!」


「お、落とし前じゃと⁉」

「そうじゃ! 畠山義継という漢を長年生かしてしまった事は儂の甘さ! 今この時をもって奥羽の膿を断つ!」


「そんな屁理屈が通ると思っているのか‼」

「通すッ‼ 伊達家十七代目当主の手によってな‼」


 大殿はニヤリと、してやったりと思わせるような笑みを政宗に送る。


「短い隠居生活であったが、濃く心地良い時間であった」

「父上ぇぇ……」


「お義にはお前から『すまなかった』と伝えてくれ。お前の母は意外と寂しがり屋のところがあるからのう」


 大殿とは逆に、政宗の目からは大量の涙が流れていた。

 この時、私は政宗が何をしようとしているのかを察する事が出来た。


「……父上」

「ん?」


「お達者で」

「ああ」


 別れの言葉を残し、政宗の顔に覇気が戻る。

 彼の口から放たれる「構えッ‼」の一言が全てを物語っていた。


「ダメェェ――‼」


 敵を倒すためとはいえ父親ごと撃ち殺すなんて。

 こんな……こんなお別れはダメだ。戦国時代だからってこんなお別れはあんまりだ。


 まだだ。まだ何とかなる。今までだってそうしてきたじゃないか。

 お願いだから、その引き金だけは引かないで。


 ――バンッ!

 ――バンッバンッバンッバンッ‼


 と、私の願いとは裏腹に伊達鉄砲隊からの一斉射撃が畠山義継とその周りにいる家臣達を襲った。


「オ……オゲ……」


 銃弾の一発は畠山義継の脳天を貫き、他数発は身体を貫通した。

 踏みつぶされたカエルのような声を残して、ブクブクの身体が地面に叩き付けられ、それを追うように周りの畠山の家臣達も次々倒れていった。


「うおおぉぉぉ――‼」


 残党を狩るため、政宗の後ろから伊達兵が追い打ちを仕掛ける。

 主が亡くなった事で畠山兵は戦気を失い、無残にも次々と斬り殺されていった。


 そんな中ひとりの漢が血まみれになりながらも、とても幸せそうな顔で私達を見ていた。


「見事じゃ……伊達政宗……」

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