偉大な父 後編⑤
「あっ」
目の前が真っ暗になった。
私は両腕を後ろで縛られた後に、真っ黒い布で視界も奪われた。
何も見えない。両腕も使えない。
これではバランスが取れないため得意な体術を使うことが出来ない。
まぁそもそも何も見えないのだから体術もクソもないのだが。
「このまま真っすぐ歩け」
私を拘束した畠山兵が軽く背中を押した。
この野郎……、私がコケたらどうするんだ。何も見えないって結構怖いんだからね。
「止まれ」
数十歩歩いた所で停止を求められる。
「キャッ!」
何者かの強い力が私を引き寄せた。
「ギヒヒヒヒ、交換成立だな」
「…………」
私を手繰り寄せたのは畠山義継だ。
なんて強引な漢だ。下手すれば足をひねるところだった。
「どうじゃ人質になった気分は?」
「最悪。ついでにドブ臭いにおいで鼻が曲がりそうだわ」
人は五感のどれかを失うと、それ以外が敏感になると聞いた事がある。
今の状況で言えば、私は視界を失ったわけだ。そのため、嗅覚がいつもより上がった気がする。
畠山義継の傍にいるからわかる。
汗と体臭の混ざった典型的な嫌な臭いが鼻を刺激する。コイツまじクセェ……、ちゃんと風呂入ってんのかよ。
「んな事より約束守ってよ。大殿はもう用無しでしょ」
「チッ、拘束されているというにクソ生意気な女じゃ。……おい」
畠山義継が何か合図を送ったのだろう。
左月達が大殿の名前を呼ぶ声が聞こえる。無事に解放されたようだ。
良かった……。
コイツの事だから約束を破る可能性もあったわけだが。流石に武士だけあってそこまで卑怯ではないようだ。
「愛姫!」
大殿が私の名前を呼ぶ。
これは「私は解放されたぞ」という大殿なりの合図だろう。私が見えないもんだから気を使ったようだ。
「義継、キサマ愛姫を使ってどうするつもりじゃ!」
「どうするも何も交渉で使うに決まっておろうが。政宗に伝えておけ。追って使いを送る故、小浜で指をくわえて待っておれ……とな」
「そんな事に政宗が乗ると思っているのか!」
「乗るな。政宗がこの女を特別重宝している事は前々から調べはついておったわ。――盛継、この女はお前の馬に乗せよ」
大殿との会話途中で、私は空中に投げ飛ばされた。
「おっと」
さっきの会話から、私は畠山義継の家臣である新城盛継の元に投げられたようだ。
人の扱いが雑過ぎる。アイツにとって私は本当に交渉の道具でしかないようだ。
「義継、姫様は女性であられるのじゃぞ! 怪我でもしたらどうするつもりじゃ!」
「うるせぇな。別に怪我しとらんのじゃ、ギャアギャア騒ぐな」
「姫様――! 姫様は必ずこの左月がお助け致します故、もう少しだけ我慢なされ!」
嬉しい。左月がそう言ってくれると不安だった気持ちが少し軽くなる。
私は声には出さず、今作れる出来る限りの笑顔で首を縦に振る。
「ヨシ、全員馬に乗ったな! 目指すは阿武隈川のほとりじゃ、遅れるでないぞ!」
畠山義継の号令で馬が走りだす。
私も新城盛継の馬に同乗され、人質として阿武隈川に同行する事となった。
――――――――――
「怖いんだろうけど、しっかり摑まっててくれよ。川まではもうちょっとかかるからな」
私を乗せながら馬を走らせている新城盛継が気を使った言葉を吐いた。
「……別に怖くなんかないし」
「ホントかぁ? 身体がめちゃくちゃ震えてるぞ」
「…………」
正直に言えば、めっちゃ怖い。
それは人質として、これからどう扱われるかとか、そういう事に怯えているわけではない。
私は今馬に乗っている。それも目隠しをされ、両腕は拘束された状態でだ。
そんなわけで後ろに乗るわけにもいかず、私は新城盛継の手綱を持つ両手に囲まれる形で、彼の身体に自信の身体を預けている状態、非常に危ない姿勢で連れ去られていた。
これを恐怖を抱かずにいるなんて無理な話。
ジェットコースターを補助無しで、更には後ろを向いて着席すると考えればその恐怖が十分に伝わってくると思う。
そこに今回は視界を遮るという恐怖オプションがもれなく付いてきた。
通販番組でもここまでの出血大サービスは中々しないだろう。
出血大サービスだけに、馬から落ちて大出血ってか。
ハハハ、そんな事が起きたらマジでシャレにならないね。
「どうした? 怖すぎて笑いがこみ上げてきたか?」
「それもあるけど、パッと浮かんだギャグがちょっと面白くてね」
「……?」
そうも考えていないと、この状況は結構怖いという事だ。
「……悪かったな。本当ならこんなつもりではなかった」
唐突に新城盛継が謝った。
何について謝っているのだろうか。
「また最初から……、いちからやり直そうって言ってたんだ」
「……領土の事?」
「ああ。俺達畠山は状況に応じて大内と共に臣従先を変えてきた。そうして小国ながら生き長らえてきた」
「アンタが決めた事じゃないでしょ」
「武神様の怒りを買っちまったのさ。だから領土を失った、それだけの事だった。昔の栄光にいつまでもしがみ付いていた罰だ、そう話して決まった事だったんだ」
「じゃあアンタは今回の事……」
「知らされていない。他の供回りも知らなそうな感じだった。殿は誰にも今回の事を言わなかった」
言えば反対されたからか。
新城盛継の話を聞く限り、家臣達は領土を失っても伊達に服従する道を進言していたようだし。事前に話さない事で土壇場での裏切りを避けたかったんだ。
それはこれまでの畠山義継の言動からよくわかる。
「だけど、安心してくれよ。事が済んだらアンタは必ず伊達に返す。俺が約束するよ」
「アンタに言われてもねぇ。約束だって守ってくれるのやら」
「……、殿のやり方を見ただろ。あの方はあのような人間なのさ」
人に媚びて、裏切って、また違う人に媚びを売る。
時流を読んで動く事は間違った選択ではないが、一度崩れた信用は取り戻すのに時間が掛かる。
崩すのは一瞬。構築するは難儀。
とは、よく言ったもんだ。
もしかしたら、畠山義継は味方の信用も失っている事に気付いていないのかもしれない。
「着いたぜ」
徐々に馬の速度が減速していく。
遠くで鳥の羽ばたく音、近くで水の流れる音が敏感となっている耳に入ってくる。
私は畠山領と伊達領の間を通る阿武隈川に到着したのだ。
「よし盛継、お前は連れて来た新城隊全員を率いて川の堰を破壊してこい。いいか、儂等が渡った事を確認してから壊すんじゃぞ。そうすれば、奴らは水位が増した川を渡る事が出来んからのう」
到着し、馬から降ろされると、畠山義継は新城盛継にそう命令した。
堰を破壊するという事は川を渡るのに水位が深すぎるのだろう。
「それでは殿の警護が手薄になってしまいますが……」
「いいから早く行け! 大人数で行けば壊れるのも早いじゃろうが!」
「ですが、もし追い付かれたら……」
「さっき通った道は我等しか知らぬ抜け道、早々追い付かれたりはせんわ! ホラその女は邪魔じゃろ、こっちに置いて行け!」
「……ははっ」
新城盛継は私を畠山義継に預けると、自分の部隊を引き連れて堰を壊しに下流へと向かった。
「あと少し。あと少しで畠山領じゃ。そうすれば儂は助かるんじゃ」
畠山義継の焦りの心が声となって口から漏れている。
それもそうか。コイツはもう二度と伊達に服従する道には戻れない。
ここで畠山領に戻れない、それはイコール〝死〟を意味する。
コイツもコイツで有利な立場のように見えるが、実際はお家が無くなるほどの危険な道を歩いているわけだ。
なら、私がしないといけない事はひとつだ。
「アハハッ、何を言うかと思ったら……とんだチキン野郎ね」
「何ぃ⁉」
精神的不安定な畠山義継に、私はあえて挑発的な言葉を投げつける。
「自分が助かりたい事ばっか。そんなんじゃ仮に生き残っても大して長生き出来ないわね」
「もう一度言ってみろ、クソ女が……」
「ええ、何度でも言ってあげる。アンタは死ぬ。ソッコー死ぬ。だって自分の事しか考えられないくらい余裕ないんだもん。そんなヤツがこの時代で生き残れると思ってんの?」
「この……人質風情で‼」
私の挑発で頭に血の上った畠山義継が胸ぐらを掴む。
もっと。もっとだ。もっと注意を引きつけないと。
それでも私は危険だと解っていながらも挑発を続ける。
「決めた事も守れない。そんなガキみたいな奴に誰が従うっての。アンタは自領に戻っても糾弾されて、隠居か切腹を迫られるのが目に見えるわ」
「……盛継だな。余計な事を……」
「手下の顔でもよく見てみたら? 目隠しをされても私には見える。皆アンタに嫌々従ってそうな顔してるよ」
「何ぃ⁉」
嘘だと簡単にわかりそうだが、今の畠山義継にその余裕はない。
注意は家臣達に向き、ひとりひとり確認しながら強い言葉で釘を指し始めた。
まるで立場が逆転してしまったようだ。
私はそんな情けない畠山義継を見て、ついつい笑みが漏れてしまう。
「何笑ってやがる‼」
畠山義継の逆平手が私の頬を叩いた。
「アグッ!」
衝撃でその場に倒れる。
口の中に鉄の味が広がる。どうやら口を切ってしまったようだ。
「オラァ立ちやがれ!」
「い、痛ッ!」
髪を引っぱり、強制的に立ち上がらせられた。
歪みに歪み切ったアホ面が目に浮かぶ。そう思うと、こんな状況なのにも関わらず口元が緩んでしまう。
「何がそんなに面白ぇんだ?」
「面白いでしょ。女ひとりに遊ばれてる一国の当主、こんなガラクタそうそうないっての」
「わ、儂がガラクタ……⁉」
ガラクタ呼びがかなり効いたようだ。私の髪を持つ手が震えている。
「お、お前……そんなにここで死にたいか……」
「巻き込むな。テメーが死ね」
トドメに口の中に溜まっていた血の塊を吐き出す。
ビチョリ、という音が目の前で聞こえた。ざまーみろ。
「こ、殺す‼」
刃物を抜いた音が聞こえる。
あっヤバ。これはちょっとやりすぎたかも。
「――――⁉」
そんな時、轟音が近くで鳴った。
私も、畠山義継も、その家臣達も皆その轟音を追った。
「義継、三途の川を渡る準備は出来ておるか?」




