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偉大な父 後編④

 私は自ら人質になる事を畠山義継に願い出た。


「……今何て言った?」

「私が代わりの人質になる。だから、大殿は解放して」


 私でも何でこんな事を言ったのかわからなかった。

 ただ、これ以上畠山義継の好きにはさせない。そんな気持ちが私の背中を押した気がした。


「女のお前が輝宗の代わりだぁ?」

「そんなに悪い話じゃないはずよ。政宗はああ見えて、私にゾッコンだからね。価値としたらそこの大殿と大して変わんない。人質にされていたら無闇に攻撃はしないはずよ」


 ゾッコン……かどうかはひとまず置いておいて。

 今の私にブラフをかまして、時間を稼ぐしか方法が思い浮かばない。


 最悪人質に取られても結構だ。

 私には隙を突いてコイツから逃げ出す自信はある。


「お前がいなくなっても代わりはいるだろう」

「確かに、私がいなくなっても女としての代わりはいるかもね。だけど、政宗は私の事は伊達家の大きな戦力として見てくれている。それに小浜城にはパ……じゃなかった、田村清顕もまだいるって話だし、私が人質になっていると知ったら政宗に泣いてでも無茶はさせないでしょうね」


「…………」


 悩んでいる。あとひと押し……もうひと押し欲しいかな。


「姫様、何をおっしゃられるか! そんな危険な真似、絶対にさせませんぞ!」

「基信殿の申す通りじゃ! それだけは絶対に爺は認めませんぞ!」


 ふたりが壁を作り、私を説得しようと必死になっている。その気持ちはとても嬉しい。

 だけど、もう時間がない。あとひと押し、もうひと押しなんだ。ここで引き下がってはせっかくの好機を失ってしまう。


 私はふたりをかき分けると、悩んでいる畠山義継にもう一度人質の交換を要求する事にした。


「私がいなくなればここにいる愛姫隊は機能しなくなる。それだけアンタは川を安全に渡る確率が高くなる。悪い条件じゃないと思うんだけど」

「……確かにそうだな。愛姫隊は伊達家の中でも厄介と聞く。それが抵抗しないと考えれば悪くはなさそうだな」


 少しだけ悩み、畠山義継は何かを閃いたのかニヤリと不気味な笑みを見せた。


「良いだろう。輝宗とお前の人質交換、仕方ないから飲んでやるわ」

「義継、その必要はない! 儂をこのまま人質として使えば良いだろう! わざわざ愛姫と交換する必要などないはずじゃ!」


「儂もそう思っておった。……じゃが気が変わった」

「な、何じゃと⁉」


「お前等、随分とその姫を庇っているじゃねぇか。そんなに大事な女なら奪いたくなってみたのよ」

「義継……お前という奴は……」


 畠山義継は大殿の首に短刀を再び突き付けると、私の近くにいる左月と遠藤基信を離され、私に数歩近づくよう指示をだした。


「ここでいいの?」

「ああ、そこで良い。そのまま動くなよ、グヒヒ」


 再び、畠山義継は気持ち悪い笑みを見せた。

 コイツ、いったい何を考えているんだろう。


「じゃあ早く交換しましょ。ご覧の通り武器は持ってないから。手首を縛るなり腕を縛るなりしてちょうだい」

「おい、そもそもその態度はなんだ。さっきから聞いてれば気に入らねぇんだよ」


「はぁ? 急に何よ……」

「その上から目線の態度が気に入らねぇって言ってんだ。お前はお願いする立場だろう。だったら、それ相応の頼み方ってもんがあるだろうが」


 なんだ、そういう事か。結構繊細なんだな、この漢。

 その程度なら別に大した事ではない。


「……お願いします。私と大殿を交換してください」

「口だけだったら誰でも出来るわ。誠意も見せろ、誠意も」


 ッチ、めんどくさいな。

 私は姿勢を正し、上半身を約六十度に曲げて見せる。


「お願いします。私を人質にして、大殿はどうか解放してください」


 これで良いだろう。全く、形にこだわるなんて面倒な漢だ。

 だが、畠山義継からの反応がなかった。私は疑問に思いながらもゆっくりと顔を上げた。


「駄目だ駄目だ、お前からはぜんっぜん誠意が伝わってこんわ。そんなんじゃ人質交換は出来んのう」

「じゃあどうすればいいのよ……。私、この時代の誠意のこもった頼み方なんてわかんないわ。教えてくれない?」


「よくそんなんで一国の姫が勤まったもんじゃ。仕方ねぇ、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ」


 畠山義継が『待ってました』と再び不気味に笑う。

 なんだろう、もの凄く嫌な予感がする。


 こんなにも凄い悪寒は生まれて初めてだ。ヤツは私に何をさせるつもりだろう。


「そこで座って、両手をつき、でこを地面に擦り合わせろ。そして『義継様、これまで無礼をお許しください。どうか出来の悪いこのクソ女に人質という無様な役をお与えください』って言え」


 座って。

 両手をついて。


 おでこを地面に擦り合わせるって。

 それって……。


「私に土下座をしろって事⁉」

「何じゃ、知っとるではないか。わかってるならさっさと始めろ。儂は待つのが苦手じゃ、ギヒヒ」


「嫌に決まってんでしょ! 何でたかが人質交換程度でそこまでしないといけないのよ!」

「嫌なら良いんじゃ、嫌なら。おい、ここに馬を持ってこい。さっさとしないと政宗と鉢合わせてしまうわ」


 私が土下座をためらう間に、どんどんと逃げる準備が進んで行く。

 やるんだ、私! たかが土下座だ、あのドブネズミ野郎に形上の誠意を見せれば良いだけなのだ。


「ク……」


 屈辱で拒否する身体を抑えるため、奥歯を限界まで噛みしめる。

 ひとつひとつの動作がスローモーションのようで。それだけ、これからする私の行為は一生に一度あるかないか。脳裏に刻む忘れない出来事なのだろう。


「やめいぃぃ、愛姫‼」


 地面に両膝を付けた私に大殿が叫んだ。


「己が信念を曲げるな! お前の生意気なところ、我儘なところ、話を聞かないところ、それ以上に仲間想いの優しいところ! それが伊達家自慢の愛姫なのじゃ!」

「…………」


「その魂を汚すな! 儂ごときのためにお前の自尊心を地べたにつける事などあってはならん!」


 大殿の言葉は勿論届いた。

 私だって本当ならこんな事やりたくない。


 だけど。

 ここで大殿が連れ去られていくのを指をくわえて見てろだなんて、私には出来ない。


「姫様、義継の言う通りにしてはなりません! 奴は遊んでおるのです、土下座ならこの左月が致しますのでどうかお立ちください!」


 大事な人が、みんなにとって大切な人が私の前で奪われそうになっているのだ。

 それを見て見ぬふりなんて出来ない。


 私はそこまで都合良く出来てはいないのだ。


「……さい」


 両手を地面に付け、八の字を作る。


「んー、何じゃって?」


 おでこは地面に擦り付ける。草が生えていない地面だったため、硬さが直に伝わってきた。


「……ください」


 声が震える。

 まるで、私の身体じゃないみたいだ。


「聞こえねーよ! もっとデケェ声で媚びやがれ!」


 現実から逃げようとしている目を無理矢理にでも開眼させた。

 目で見て、肌で感じて、この屈辱を一生忘れないために。


「義継様、これまで無礼をお許しください。どうか出来の悪いこの私に人質という無様な役をどうかお与えください。お願いします」


 言い切った。

 土下座初心者の私がどんな無様で、情けなく土下座をしているかわからないが、この言葉だけはハッキリと。


 こんな事で大殿が解放されるなら。

 そう思えば、腹の底からこのような言葉を出す事なんて造作も……ない。


「ギーヒャヒャヒャ! この女、本当に言いやがった!」


 造作もない事なのに、何で私は涙が止まらないのだろうか。

 コイツ(義継)が望む姿勢で、コイツが要望した言葉を吐いただけなのに。何で私はこんなにも敗北感を味わっているのだろうか。


「見て見ろ、コイツの情けない恰好を! 何が伊達の鬼姫じゃ、そこらへんにいるただの遊女じゃねーか! ギーヒャヒャヒャ!」


 野太く薄汚い声を追うように、複数の男達の笑い声が頭にズキズキと響く。

 みんなが私の姿を見て笑っている。情けなく、漢に媚びる私を見てみんなが面白おかしく笑っている。


「ギヒヒヒヒ」


 土下座をしているためみんなの姿が見えないが、多分伊達のみんなも笑っているよね。

 成実も。政景も。それに左月達も。


「ギヒ、面ぁ見せろ」

「ウ……」


 髪を掴まれ、強制的に顔を上げさせられた。

 そこにはグシャグシャになった、なんとも酷いドブネズミの顔が映し出された。


 左腕に輝宗の姿はない。

 私へ近づく前に、他の奴に拘束役は任せてきたようだ。


「ギーヒャヒャヒャ! 何泣いてんだよ、もっと喜べよ!」

「ウ……ヒグ……グスッ……」


 酷い顔は私か。

 畠山義継の顔がグシャグシャなのも、私が泣いてしまっているからだ。


「なんだ、泣きっ面も結構似合ってるじゃねーか。女はそうじゃなくっちゃなぁ」

「…………」


 殺す。

 と、一言そう言ってやりたかった。


 だけど、力が出ない。全くと言っていい程、身体に力が入らない。

 ここでコイツをぶん殴れば大殿の命が危ないから、と言い訳を出来ればどれだけ楽か。


 そんな言い訳を考えるほど、今の私には全く力が入らなかった。

 身体の力をすべて吸い取られたような。敗北とはこういう事と教えられたような。


「おのれ義継――‼」


 左月が怒り、刀を抜く。

 複数の青スジが立ち、鬼の形相で畠山義継に殺意を向ける。


「抑えろ、良直殿! 感情に任せて動いては奴の思う壺ぞ!」

「放せ、基信殿‼」


 が、左月が畠山義継を襲う事はなかった。

 遠藤基信と他ふたりが怒る左月の動きを封じたのだ。


「殺す‼ 姫様の涙を侮辱しよって‼ 奴だけは儂が殺す‼」

「駄目です‼ ここで良直殿が刀を振るえばこれまでの姫様の覚悟が無駄になってしまうのですぞ‼」


「それがどうした‼ 姫様は今泣いておられるのじゃ、ここで儂が動かんで誰が姫様を助けるんじゃ‼」

「姫様は今助けを望んではおりません‼」


 左月から徐々に殺意が消えてゆく。

 左月は自分の感情のまま逆上していた事に気付いてくれたのだ。


 怒ってくれたのは嬉しかった。

 しかし、ここで左月が動いてしまってはこれまでの行為が全て無駄になってしまう。あと少しなのだ。


 だから、私は左月に「今は堪えて欲しい」とメッセージを送った。

 それに左月は気付いてくれたようだ。


「グヌヌ……」


 ガシャッと左月の刀が地面に落ちた。

 自分への脅威が無くなった事を確認した畠山義継は、兵士達に私を拘束するように指示を出した。

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