偉大な父 後編③
「政宗も政宗なら、その女もその女じゃのう!」
「え?」
「ふたり揃って儂を騙して、殺そうとしているのが見え見えじゃ! 儂がそんな言葉に踊らされるわけがなかろうが!」
「騙してなんか……、私はアンタに思いとどまってほしいと思って……」
「種を蒔けだぁ? 儂は太陽だぁ? ――ふざけんじゃねぇ、もう遅いわ‼ 儂はもう後には退けんのよ‼」
畠山義継の握る短刀が、再び強く握られる。
「賽は投げられたのじゃ! 既にこの状況を伝えに政宗の元には使いが走っておるのはわかっている、もう遅いんじゃバカタレが!」
「まだよ、まだ間に合う! 私が政宗を何とかするから! だから、大殿を解放して!」
「お前に何が出来る! 儂はキサマ等によって領土を奪われ、力も削がれ、国としての尊厳も失ったんじゃ!」
「だからこれから……」
「だったら儂も奪っても良いよなぁ? 奪われたら奪い返す。キサマ等がそうやって強くなったように。儂等も奪って、奪って、奪ってぇぇ、イヒヒヒヒ」
私の言葉はもう畠山義継には届いていない。
やられたらやり返す。どんなやり方を使ってでも。
その言葉を具現化するように、畠山義継は既に狂気に支配されていた。
「姫様のお優しい言葉を無下にしよって。つくづく救えぬ漢よ」
数歩前に前進し、左月が畠山義継にそう言い放った。
「畠山は滅するべき。儂がまだ評定衆なれば真っ先に進言していたであろうな」
「……鬼庭」
「主としての器にかけ、自分の都合に任せて君主を変えるような当主なんぞ必要ないからのう」
「ググ……」
大殿が人質に取られているのにも関わらず、左月の言葉は冷静で、それでいて厳しいものだった。
だが、狂気に飲み込まれている畠山義継の意識を再びコチラ側に呼び寄せた。
「いやぁ残念じゃ。儂がまだ現役じゃったら、真っ先に畠山討伐の先鋒を願い出たものの」
「やかましいわ老いぼれ! お前……今がどういう状況なのかわかってんのか!」
「わかっておる。殿を二本松城まで連れ去り、奪い取られた領土の返還と兵を伊達領まで撤退させる事の条件に用いる。大方そんなところじゃろうて」
「ウ……」
左月の読みは当たっていた。
凄い……。こんな状況で人一倍冷静を保っている。むしろ、冷静過ぎてちょっと怖いまである。
「どうじゃ。そこでその老いぼれから提案なのじゃが」
左月は淡々と言葉を並べる。
「人質にしておる輝宗様と儂を交換せんか?」
「……え?」
あっさり過ぎて、逆にその程度の声しか私には出せなかった。
左月は自ら人質となる事を畠山義継に提案したのだ。
「ああ? キサマと?」
「そうじゃ」
「鬼庭……、歳を取り過ぎて脳がイカレちまったか? キサマと輝宗とでは人質としての価値が違い過ぎるわ」
「確かに儂と輝宗様とでは釣り合わん。そこでじゃ、ひとつ条件を付け加えるのはどうじゃ?」
「条件……じゃと?」
「儂を人質に取ったら、仮に交渉が終わったとしても畠山領に留まろう。何人の家臣達が付いてくるかわからんが、死ぬまで畠山の人質として働こうぞ」
死ぬまで……って。
左月が伊達から出て行っちゃうって事?
「その間、伊達は畠山領を脅かす事は出来んであろう。思う存分自国の防衛力を上げるなり好きにすれば良い」
「…………」
「それに儂は伊達の内情をよう知ってもおる。その中には其方の興味を示す情報もあるかもしれんぞ」
揺すって、揺すって、自分の商品価値を極限にまで高める。
そこまでしてでも大殿を助ける気なんだ。
喜多と似てる。
いや、同じだ。自己犠牲してでも絶対に君主を守るという鬼の血が左月にも流れているのだ。
「フム……、中々面白い提案じゃ」
畠山義継は一定の興味を示す。
「駄目だ、良直殿!」
左月の前に立ち、両肩を掴み制止する漢。
やり取りを見守っていた、同じく大殿の側近である遠藤基信だ。
「良直殿、死ぬ気か!」
「死ぬ? はて……儂はそんな事を言ったかのう?」
「とぼけても無駄だ! 其方、大殿と人質交換が済んだら自害する気だろ!」
「自害……じゃと。何の事かのう?」
「共に輝宗様を支えてきた拙者の目は誤魔化せませんぞ! 良直殿のその眼……、死を決意した漢の眼をしています!」
「…………」
左月はそれ以上何も反論しなかった。
図星だった。口では人質になったら畠山のために働くや伊達の内情を喋ると言っていたが、大殿を解放したら死ぬつもりだったのだ。
このまま畠山義継を逃がさないために。
自分が死ぬことで躊躇しなくなる事を見越して。
「大馬鹿者が。老いぼれひとりの命で大殿が助かる予定だったものを。余計な事をベラベラと喋りおって……」
遠藤基信の機転は左月の命を救ったが、同時に畠山義継を討つ好機を手放した。
それは振り出しに戻った事を意味する。
「キサマは最後の一手を踏みにじったのじゃぞ。輝宗様をお救いする最後の一手を」
「何が最後の一手ですか! そんな事して伊達はどうするのです!」
「鬼庭家は既に家督を綱元に譲っておる。儂が死んでも伊達に迷惑をかける事はあるまい」
私は無意識に左月の背中の服を掴んでいた。
自分でやっておきながらこの感覚はとても久しぶりだ。
私が小さかった頃、先を行く兄をよくこんな事をして引き止めていた気がする。
……だけど、私は何でこんな事を思い出しているのだろうか。
「ヤダ。爺……行かないで」
そうだ。あの時も……私の兄や、私の母は、私の傍からいなくなった。
私は左月の後ろ姿に、その残像を見てしまったのだ。
「爺は私の……愛姫隊の片翼でしょ。私の許可なく抜けるなんて絶対に許さない……」
「姫様……」
違う。
左月に伝えたいのはこんな気持ちではない。
大切な人が消えていくのが嫌なだけなのに。それを正直に話せば良いだけなのに。
こんな時に限って素直になれないのは私のダメなところだ。
「ですが、それでは輝宗様が……」
私達に止められ困惑する左月。
そこに遠藤基信がひとつの提案を出す。
「拙者が輝宗様の代わりとなりましょう」
その提案とは、遠藤基信が大殿の代わりに人質となる事だった。
「馬鹿を申すな! 基信殿が人質となってどうする!」
「拙者も良直殿と同じく倅に家督は譲っております。それに同じく輝宗様の側近という立場でしたし問題はなかろうかと」
「問題大アリじゃ! 其方は儂と違ってまだまだ若い、やはりここは儂が……」
「若いと言っても、それは良直殿から見たらの話。拙者ももう五十を過ぎた老将、いつでも骨をうずめる覚悟は出来ておりますぞ」
遠藤基信もまた覚悟を決めた顔をしている。
それは左月と同じ……、死を覚悟した漢の顔だった。
「駄目よ! 家督を譲ったって言ってたけど、それってここ最近の話でしょ、息子が二十歳ぐらいになるまで後見役を続けたいって言ってたじゃん!」
「……憶えておられましたか」
当たり前だ。その話をしたのは、私が米沢城に帰ってからすぐだったから。
大殿が隠居するなら自分もって。政宗に家老職も引き継ぐ事を許されたって。あんなに嬉しそうに話していたのを忘れるわけがない。
「ですが、輝宗様が危機的状況とあれば話は別にござる。ここは拙者にお任せくだされ」
「だから、それがダメだって言ってんじゃん! 死ぬのはダメ! 死んだら何も残らないの!」
「姫様、それ以上は言葉にしてはなりません。貴女は伊達家の姫君、伊達家を政宗様と共に支える御方がそんな甘い事を口にしてはなりません」
「だからって代わりに死んで良い事なんてないよ!」
ふたりは大殿の代わりに死んでも良いと思っている。そんなふたりに「ヨシ、行ってこい!」なんて誰が言えるだろうか。
そんな事を言うヤツがいたら私が真っ先にそいつをぶん殴ってやる。
……じゃあどうしたら良い? このまま大殿を人質にされたまま逃がすか?
いや、それはダメだ。私達は何も出来なかった、しなかった事になる。それじゃあ政宗達に会わせる顔がない。
……やはりふたりのどっちかと人質交換をするか?
それもダメだ。ふたりは交換が済んだら自ら死ぬつもりだ。人質として使われるくらいなら死も怖くないと覚悟を持っている人間だから。
あれもダメ、これもダメ。
私も考えがまとまらない。
そんな中、ついに決断しなければならない時間が来てしまった。
「義継様、馬の準備が出来ました!」
「よーし! このまま阿武隈川まで走るぞ!」
逃げる準備が整ってしまったのだ。
畠山義継は囲む伊達兵を脅し道を開けさせると、ゆっくりと門の外に向かう。
「待て義継! 儂と殿を交換せよ!」
「あー最初はそれも悪くないと思ったが、……やっぱり駄目じゃな。鬼庭、お前じゃ役不足よ」
「な、何じゃと⁉」
「お前に限った事じゃない、そこの遠藤も同じよ。お前等程度の老将では政宗を止める事は出来んからなぁ」
畠山義継は人質交換を拒否した。
この緊急事態はもう政宗の耳に入っている頃だろう。おそらく、畠山義継を逃がさないために阿武隈川を包囲するはず。川の先は畠山領だからだ。
川を安全に渡り切るには政宗率いる部隊の攻撃を防ぐことが絶対条件。
それを左月や遠藤基信もわかっている。なので、自ら人質になる事を志願した。
政宗なら躊躇なく畠山義継を殺してくれると思っているからだ。非情な考えだが、それだけ今の政宗はふたりから信用されている。
だけど、逆に考えれば大殿が人質だと政宗は攻撃を躊躇ってしまうとも確信しているのだ。
それを畠山義継はおそらく理解している。だから、ふたりの人質交換案を拒否したのだ。
「待てぃ義継! もう少し……、もう少しだけ交渉の余地をくれ!」
「馬鹿が、時間稼ぎをしようとしているのがバレバレじゃ! 政宗が阿武隈川を囲む前に儂等は渡河をさせてもらうでの!」
このままでは本当に逃げられてしまう。
私のせいで伊達の天下へ昇る道が閉ざされてしまう。
そう思い、私は自らを犠牲にする道を選んだ。
「待って!」
「ああ?」
「わ、私が人質になる!」




