偉大な父 後編②
「ギーハッハッハ! やったぁ、やってやったぞぉぉ‼」
畠山義継の狂った笑い声は皆の酔いを醒ますのに十分だった。
敵味方問わず。皆が畠山義継の狂気じみた行動に身を構えた。
……私もそのひとりだ。
「あ、アンタ……正気なの⁉」
「正気も承知もヘチマもあるか馬鹿が! 儂はずっとこの瞬間を待っていたのよ! お前達が酒に酔い、気が緩む瞬間をなぁ!」
「ッチ。酒をあんまり飲んでいなかったのはそのためだったのね」
「お前達、何をボサッとしておる! さっさと儂を守らんか!」
守るも何も武器が無いのではどうしようも出来ない。
そもそもこれが現実なのかもわからない。そんな畠山の家臣達も多かったはずだ。
だが夢であったとしても、畠山義継の命令である。
彼らは反射的に自分達の主を囲み、生きる盾となって私達の前に立ちはだかった。
「殿、これはいったい……」
「見ればわかるであろう。伊達輝宗を人質に取ったのよ」
「え……あ……それはわかりますが……」
「お前も儂を全力で守れ! まずは宮森城を抜ける、それまで敵を近づけさせるな!」
「い、いや、でも……え……?」
「いつまで酔っぱらておるんじゃバカモン‼ お前を何のために連れて来たと思っておる、いいから働けお調子者‼」
「は、はい‼」
畠山義継の怒鳴り声で新城盛継は我に返ると、畠山義継を逃がすために先頭切って道を開け始めた。
「そんな事させると思ってんの‼」
目の前で構える畠山兵を蹴り飛ばす。
武器を持っているならまだしも、丸腰では私の敵ではない。
が、私はすぐに動きを封じられる事になる。
「う……」
畠山義継の短刀が大殿の喉に触れる。
僅かだが、紅い鮮血がタラリと短刀を伝っていくのがわかる。
「余計な事してんじゃね! この漢の命がどうなっても良いのか!」
「ひ、卑怯者……」
「フン、知るか! オイ、そこを通せ。儂は外に出たいんじゃ!」
コイツ大殿を人質にしたまま逃げる気だ。
そうはさせるか。簡単に逃げられると思ったら大間違いだ。
「姫様ッ!」
逃げる畠山義継を止めようとした瞬間、ひとりの漢が私の動きを無理矢理制止させる。
「待ってください! 大殿が人質に取られているのですぞ!」
「そんな事はわかってるって! でも、止めなきゃ――」
「拙者の兄上なのです!」
私を必死の覚悟で止めたのは留守政景だった。
「あ……兄? お兄さん?」
「そうです。姫様には申しておりませんでしたが、拙者は先々代 伊達晴宗の三男。いろいろ事情があって留守家を継ぐ事になったのですが、伊達輝宗は拙者の兄なのです。ですので、どうかここは……」
狂気で動いている今の畠山義継を更に刺激したら本当に大殿の命はない。
と思い、政景は必死に私を止めたのだ。
それにしても政景の兄が大殿だったなんて。
もう少しで私は取り返しのつかない事をしてしまうところだったのかも。
私も畠山義継の急な行動に頭が冷静ではなかった。
まだ逃げるには時間がある。ここは何とか畠山義継を鎮めないと。
「バカタレ政景が! 儂の命なんぞどうでもよい! こやつの好きにさせるな!」
「駄目じゃ……。ここで兄上は絶対に死なせん、絶対に……絶対にだ……」
「この大馬鹿者が……」
大殿と政景をやり取りの間に、畠山義継は徐々に冷静を取り戻しつつあった。
部屋の出口を塞ぐ伊達家臣達を離れさせると、大殿を拘束したまま城の外に出て行ってしまう。
私達は畠山義継を見失わないように後を追う事しか出来なかった。
――――――――――
宮森城門前で再び私達は対峙する形となった。
没収されていた武具を回収、そして身に纏う。
逆に、私達は畠山義継の指示で武器を持つ事が許されず、ただただ敵の逃走準備が出来るのを眺めるしか出来なかった。
「おのれ……卑怯者めが……!」
事情を知った左月と遠藤基信も合流した。
きっと大殿の側近だったふたりが傍にいたのならこんな事にはならなかったと思う。
「ゴメン……私のせいだ。私がもっと警戒していればこんな事には……」
「何をおっしゃられるか。奴が武器を城内に持ち込んだのは儂の落ち度。姫様が責任を感じる事はありません」
左月は畠山義継が身体の中に武器を隠し持っていた事を聞かされていないのだろう。
あれは金属探知機でもない限り無理だ。左月が落ち込む事はない、誰でも無理なのだ。
だが、畠山義継にはその予兆があった。
顔色の悪さ、妙な脂汗。本人は緊張からと言っていたのを、私が経験の浅さからそうなのだろうと勝手に判断してしまった。
最初から誰かに相談してたら……。
そう思うだけで、ちょっと前の酒を飲んでいた自分をぶん殴ってやりたい。
「義継……もうやめよ。こんな事をして何になる」
「ああ?」
「今儂を解放しこの場で詫びれば、これまでの事はなかった事とする。儂は約束を守る。じゃから、こんな馬鹿げた事はもうよすんじゃ」
大殿の必死の説得。
怒ると思ったが、逆に畠山義継は大殿の首元に突き付けた短刀を降ろすと、その場で涙目となった。
「て……輝宗様、ほ……本当に儂等を許していただけるのですか?」
「ああ、勿論じゃ! 全てなかった事にしてやるで、さぁ儂を解放するんじゃ!」
私も私なら、大殿も大殿だ。
こんな用意周到な漢がそんな提案に乗るわけがないのに。
「ククク……、ギーハッハッハッハ!」
勿論、嘘泣きだった。
いや、嘘泣きではない。あまりの馬鹿げた提案に笑い泣きをしてしまったのだ。
「何かと思えば……笑わせてくれるわ……」
畠山義継の顔に血が上っていくのがわかる。
そして、その血の流れはピークに達し、畠山義継を再び狂気に駆り立てた。
「お前の頭の中はお楽しみ箱か‼ なかった事にするだぁ? ふざけんじゃねーぞ‼」
火に油を注ぐと言うが、これはもう〝火に油をぶちまけた〟と言っていいだろう。
それだけ畠山義継の表情は凄い事になっている。一度下げた短刀も、再び大殿の首元に突き付けた。
「お前の馬鹿息子が儂に何をしたのかわかってんのか‼」
「な、何?」
「ほとんどの領土の没収じゃぞ‼ こんなんで家臣共を養えると本当に思ってんのか、ああ⁉」
「それについてはしばらく税を免除すると申して――」
「オメーの脳ミソは鉄で出来んのか! そんなに堅いなら溶鉱炉にぶち込んで、脳ミソコネコネしてから儂の兜にしてやろうか!」
言葉が支離滅裂になりそうながらも、何とか短刀を握る手を抑える畠山義継。
「畠山家は奥州管領の名家じゃぞ! 儂は畠山家の当主ぞ! そんな儂が、何故にこんな仕置きを受けねばならん!」
「義継……、お前はまだそんな名だけの権威に……」
「キサマ等にわかるか……。蘆名に、大内に、そしてお前達伊達に。いつ侵略されるかわからず、毎晩ビクビクと怯えながら過ごす日々を……。勢いだけの国の当主にペコペコと頭を下げなければならない屈辱の毎日を……」
「義継……」
「何故畠山家だけこんな仕打ちを受けねばならんのじゃ……。何故儂だけこんな貧乏くじを引かねばならんのじゃ……」
あれが畠山義継の本音。畠山義継の真の姿。
過去の威光にしがみついて。力が無いとわかっていながらも離れられなくて。どこか他人任せで子供のような漢。
そんな漢がここまで落ちぶれてしまった理由。
それはとても明白で。揺らぐことのないこの世の理で。
「……弱いから」
私は自然とそう口に出した。
誰かにどうこう言っているわけではない。私……陽徳院 愛華、いや……愛姫の答えだ。
自分が虐げられるのは、自分が弱いから。
自分が認められないのは、自分に力がないから。
「おいクソアマ、お前もう一度言ってみろ」
だから、私は力を求めた。
練習して。勉強して。皆が青春を謳歌してる間、歯を食いしばって。
どうしても振り向いて欲しい人がいたから。
「弱いから」
私も弱かった。
どんなに頑張っても。どんなに結果を残しても。私は認められなかった。
強そうなフリをしていた。
だから、最後はあんな終わり方をしたのだ。あんな無様な結果だったのだ。
「ザコザコザコザコ。虫ケラ、自意識過剰、肥溜め以下」
「こここ、肥溜め⁉」
これは畠山義継だけに向けている言葉ではない。
私もそうだ。それはこの時代に来てよくわかった。
力がなければ支配される。
力を示さなければ認められない。
それは時代が変わっても、カタチは変わっても根本的には変わらない。
弱肉強食。それだけは絶対に変えられない世の理だから。
「アンタは負けたの。だから支配される。当然であり必然でしょ」
「よく言えたもんじゃな! キサマも! 田村家も! 儂と変わらんであろうが!」
「そう……田村家も弱かった。だから伊達に屈した。だから愛姫は伊達にいるの」
「他人事のように言いおって。強者に支配されてそんなに嬉しいか!」
それは違う。
それこそ愛姫とコイツで根本的に違うところ。
「アンタは枯れた華に過去の輝きを見ている。幻想を見ている。枯れた華は決して昔の輝きには戻れないのに」
「華と一緒にするな、華と! 儂はどんな手を使ってでも威厳を、地位を、力を取り戻す! 枯れたのであれば再び力を吸い上げるまでよ!」
「枯れた華はいくら水をあげても戻らない。畠山は一度枯れたの。枯れた威光はそんな簡単には戻せないのよ」
「では、水を与えるな。と、貴様は申すか! 畠山は滅びろ。と、笑い踏み潰すか!」
それもひとつの選択肢だろう。
だけど、田村家は違った。それは三春城へ行った時に全てわかった。
伊達に屈服している国なのに、皆生き生きとしていた。活力があった。
伊達の政治力の影響もあったと思うが、それ以上に田村家の当主が、愛姫が領民のために頑張った証だと思った。
だから……。
「もう一度……種を蒔きましょう」
「……種だぁ?」
「そう、種。枯れたなら種から育てたらいいじゃない。アンタの周りにはまだまだ沢山の種があるはずよ。それを育てるの」
家臣や兵士、そして領民。更には、それに関係するモノ達。
その全てが種だ。
「アンタの側近達が水なら、アンタは太陽。植物は水だけじゃ育たないからアンタが照らしてあげなさい。そうすればアンタが照らしている間は、皆アンタに花を開いてくれるはずよ」
「わ……儂が太陽……」
「そっ、アンタが太陽。太陽であって大将なんだから一番頑張らないと。だからこんな馬鹿げた事をやってる場合じゃないのよ。皆アンタが照らすのを待っているんだから」
ひとりだけ、ではダメなんだ。
自分だけ、では保てないのだ。
植物が光と水を必要とするように、人も自分だけでは成長出来ないのだ。
仲間がどれだけ大事か理解してほしい。それをこの漢は自覚しなければならない。
私は過去に置いてきちゃったけど、畠山はまだ間に合うのだ。
「ククク……、クキキキ……」
いつでも、何度でも立ち上がれるのだ。
この漢は……。




