第二十三話 偉大な父 後編①
「動くな‼ 儂等全員が川を渡り終えるまで一歩でも動いてみろ、この女の命はねーぞ‼」
「グ……」
状況を説明しよう。
場所は元大内領と畠山領の間を通っている阿武隈川の河畔。
そこで私は視界を奪われたまま畠山義継に拘束され、鋭利な短刀を喉元に突き付けられているのだ。
「私の事は良いから‼ 政宗、その銃で私ごとコイツを撃ち殺して‼」
私は数十歩奥で歯を食いしばっている政宗にそう叫んだ。
「……馬鹿を言うな。愛ごと撃ち抜けなんぞ儂には……」
「私が良いって言ってんの‼ 早く‼ 早くしないとコイツ等に逃げられちゃう‼ そんなの絶対ダメ‼」
今出せる大声で政宗を説得、決意させるように鼓舞してみるが、政宗は中々動かない。
いや、動けないだ。引き連れて来た鉄砲隊を構えさせているのだが、私というお荷物を盾にされているため、政宗は鉄砲隊に発射の指示が出せないのだ。
「グウッ」
お腹に激痛が走った。
私の声が耳障りと言わんばかりに、畠山義継は短刀を握った手で私の腹を殴りつけた。
「儂の耳元でさっきからうるせーんだよ、このアマ‼ テメー人質だって事がわかってねーのか‼」
「義継、暴力はやめよ‼ めごに……愛をそれ以上は……」
鉄球を腹に投げつけられたような痛み、衝撃だった。
過去に島津の次男 義弘の鉄球を受けた事があったが、それに似たような衝撃だった。
あの時と違い、今の私の服装は戦仕様の装束ではない。
いかに左月がプレゼントしてくれた白銀の装束が特殊なのか肌で感じ取る事が出来る。
「ギヒヒヒ、良い顔じゃ伊達政宗! 儂はお前の……お前のその顔が何よりも見たかったんじゃー‼」
女ひとりを盾にされて何も出来ない漢を嘲笑う。
これだけ言っても動かない政宗も政宗だが、コイツは正真正銘のクズ野郎だ。
「おっと」
「ガ――」
次に喉を締め付ける二の腕に力が入った。
畠山義継の二の腕は私から酸素すらも簡単に奪い取ってしまう。
「余計な事すんじゃねえよ。お前が体術の達人だって事はわかってんだからよ」
「ハァ……ハァ……」
「次に余計な事をしたら……」
畠山義継は私の今着ている装束の胸元をガッチリと掴んだ。
そして、力任せに剥ぎ取ろうとする仕草をみせた。
「や、やめ……」
「ん? 何だって?」
「……やめてよ。それ以上したらマジで許さないんだから……」
「あー? 人にモノを頼む時はさっき教えてやったよな!」
畠山義継の装束を剝ぎ取ろうとする力が更に強くなる。
これ以上はマズイ。
そう思ってしまい、私は屈辱的な言葉を吐いてしまった。
「……がいします」
「ああ? 聞こえねーよ! 何だって⁉」
「もう抵抗しません……。だから、これ以上はやめてください……。お願いします……」
畠山義継の下品な笑いが響き渡る。
それだけ私が諦めた事に気分が良いのだろう。
クソクソクソ‼ 屈辱的だ‼
私は零れそうな涙を抑えながら、心の中でそう叫んだ。
だが、背に腹は代えられなかった。
私の目の前にいるのは政宗だけではない。ずんや小十郎、沢山の仲間が目の前にいる。
そんな中で、こんな大衆の前で肌をさらけ出す事がどれだけ屈辱的だろうか。
私にとってそれは死ぬことより恥ずかしくて、恐ろしくて、そしてもっとも惨めなのだ。
それだけは絶対にイヤだ。
私は唇を噛みしめながら、少し前の自分の記憶を呼び起こした。
――――――――――
時間は少し戻って宮森城。
宴の席では酔いもピークを迎えており、伊達成実によるモノマネ大会が開かれていた。
「阿呆が、これはお漏らしではない。この黄金のシミは天の竜が儂に与えた宝の地図ぞ。この中心に大量の黄金が眠っておるんじゃ」
「ガハハハ! 政宗め、お漏らしの言い訳が凝り過ぎて逆に怪しくなっておるわ!」
成実のモノマネは幼少期時代の政宗。
朝寝ている政宗を起こしに行ったら盛大にお漏らしをしていて、これはその時の政宗をマネしたものだ。
あまりのモノマネの完成度に、大殿は笑いが止まらない。
一応、自分の息子が馬鹿にされてるんだけどね。
「あの時は大変だったなぁ。若殿が必死に布団を隠そうとしたら和尚がやってきて」
「そうそう! でっけぇ棒で若のケツをバチーンって叩いてな!」
成実と政景も、政宗と一緒に資福寺で教養を学んだ仲。
彼らは政宗のモノマネからその時の事を思い出し、語りだした。
「えー、じゃあアイツ十歳過ぎてもお漏らししてたの⁉」
「資福寺には和尚がどこで集めたのかわからない大量のお茶葉があってよ、それを若はこっそり夜飲んでたんだ。俺達は『やめとけ』って言ったのによ」
「お茶には利尿作用があるからねぇ」
お漏らしは一旦置いておいて、政宗のお茶好きはこの辺りから始まったのだろうか。
正直ああ見えて、政宗の教養レベルはかなり高い。多分この時代を基準にするならば私よりも詳しい方だと思う。
茶道に香道。
和歌に能楽。
最近では厨房に立つ日もある。
教養を磨く事は大切な事ではあるが、アイツはいったい何を目指しているのだろうか。と、たまに思う時がある。
部屋には高そうな茶器が何個もあったし。
アイツは千利休にでもなりたいのだろうか。
「そういえば、お供え物の茶菓子も勝手に食って和尚に怒られておったのう」
「そうそう。それで和尚が下剤を混ぜた菓子を仕込んでいたんだよな。そしたら次の日の夜に……」
「『下痢が止まらん!』って半日森の中に籠って、帰って来たと思ったら漬物みたいな顔になっておった! あれは傑作じゃったな!」
皆の笑い声が部屋中にこだまする中、ひとりだけその流れに乗れない漢がいた。
畠山義継だ。
コイツはこの部屋に入って来た時から何かが変だった。
熱くもないのに額に汗を掻き、それとなく落ち着かない様子で周囲を気にするような気配を見せていた。
そういえば……酒も大殿と私から注がれたやつ以外は飲んでいるところを見ていない。
あえて酔わないようにしているのだろうか。……何のために?
「まさかコイツ……」
いや、それは考えにくいかな。
だって畠山義継は今丸腰だ。成実も武器は全て預かっているとも言っていたし。
仮に、ここで大殿達を襲おうにも私がいる。
武器が無いなら、ココじゃあ私にいの一番で軍配が上がるからね。
「やっぱ考えすぎか……」
そう思っていた時、大殿が徳利片手に顔色の悪い畠山義継へ近づいた。
「どうした義継殿、儂の持ってきた酒は口に合わんかったか?」
「ヒヒ、ちょっと今朝から気分が優れないものでして……」
「そうなのか? 体調が悪いのであれば今日は延期でも良かったものを」
「いえいえ、政宗がいない今日じゃなければならなかったのよ」
その瞬間、畠山義継の顔が変わった。
自分の口に手を突っ込むと、中から唾液まみれの棒のようなモノを取り出したのだ。
「義継⁉ 何を⁉」
間に合わなかった。
畠山義継は素早く大殿の後ろに回り込むと、左腕で大殿を拘束し、その首元にさっき取り出した棒状の何を突き付けた。
「あ、あれはっ⁉」
棒状のソレの半身はキラリと鋭い輝きを放つ。
畠山義継が自分の身体から吐き出したソレは脇差より短い、しかし殺傷能力は十分過ぎるほどの短刀だった。




