偉大な父 前編⑤
畠山義継が宮森城に到着したと報告を受けてから数分後、畠山義継とその供回り数名が部屋にやって来た。
案内役は伊達成実と留守政景。彼等は小浜城が落城した後、大殿のお供衆として宮森城に入っていた。
「ゲッ!」
大殿がいる部屋に入り、いの一番に気まずそうな声を出す畠山義継。
何が「ゲッ!」だ。私の方こそお前の顔なんて見たくなかった。
「何故お前がここに……」
「そりゃあこっちのセリフよ、デブネズミ。アンタが今日来るってわかってたら意地でも来なかった」
「グググ……」
何か言いたそうな顔をしているが我慢しているのがわかる。
そりゃそうだ。こんな所で喧嘩を売ったらどうなるかわからないヤツでもあるまい。
「どうも」
「ん? あれ、アンタって……」
畠山義継の後ろからウインクで挨拶をしてきた漢、確か小出森城での戦いで喜多に負けた奴だ。
名前は確か……。
「期待 星さんだっけ?」
「アンタわざとだろ……。新城盛継だ……」
「あーそんなんだったっけ。ゴメン、私が相手した訳じゃないから憶えてなかったわ」
グググ……、と新城盛継も畠山義継同様の表情をした。
「大殿、念のため武器は門前ですべて預かっております」
「ご苦労。しかし、脇差まで預からなくても良かったのではないか?」
「一応念のために。こやつは信用出来ませんから」
畠山義継のこれまでの行いは、成実達もよくわかっている。
そのため身体検査は徹底的に行い、殺傷能力のある物は全て没収していた。
「輝宗様、この度は拙者の願いを政宗様に伝えていただき誠感謝申し上げに参った次第に御座います」
「うむ」
ふたり共私に用があったわけではない。
気持ちを切り替え、畠山義継は大殿の前で深々と頭を下げた。
元々薄い頭からじんわりと汗のようなものが流れている。
緊張でもしているのかな。
「じゃが、スマンかったのう。儂の力では領土をあれ以上残す事は出来んかった。許せ義継殿」
「い、いえ……、二年間も税を免除頂けるのです。これも輝宗様のお力によるもの……。畠山義継、感謝の念でいっぱいに御座います……」
「そうかそうか、それなら良かった! 其方の息子 国王丸は米沢でしっかり育ててやるで安心せい!」
「は、ははっ……」
畠山義継が失ったものは領土だけではない。
伊達の傘下へ入る代わりに、畠山義継の嫡男 国王丸を人質として伊達に預ける事となっているのだ。
人質と言っても殺されるわけではない。畠山が裏切らなければ国王丸には安心した生活が約束されている。
その点を踏まえれば、今回の件で畠山家の領土も残ったのは奇跡なのだ。
それなのに……。
頭を下げている畠山義継の声からは何か違和感を感じる。
「さて、領土の話はこれで終わりじゃ。義継殿、大した物は出せんが今日は泊まっていくといい。今後の畠山家繁栄を願って語り合おうぞ」
「は、はい……」
大殿の号令で部屋に酒といくつかの料理が運び込まれた。
といっても料理は本当に大したものではない。そこらへんの野菜を和えた物に魚の燻製、あとは漬物だった。
ヘルシー過ぎるが贅沢は言えない。おそらく料理人がまだいないのと食料が完全に運び込まれていないのだろう。
なんたってこの城は落としたばかりだから。
「どれ儂が振舞ってやろう。米沢の名酒ぞ」
畠山義継は大殿に注がれた酒を一気に飲み干した。
大殿に限ってそんな小細工はしないと思うが、毒が入っているかもとか警戒しないものなのだろうか。そんなに一気で飲んだら毒が入ってた時に吐き出せないと思うけど。
大殿はというと、そんな畠山義継の飲みっぷりに喜んでいる。
まぁ確かに警戒されながら飲まれては気分も悪いか。畠山義継も伊達に骨を埋める覚悟が出来たのだろう。
そう思いながら、私は壁に寄りかかりながら漬物のきゅうりを手で口に運んだ。
「愛姫はしたないぞ……」
「いいじゃん別に。ここは城じゃないんだから私の好きにさせてよ」
「いや、ここも一応城なんじゃが……。まぁいい、お前は儂の代わりに義継殿のお付きの方々へ酒を振舞ってやれ」
「はぁ⁉ 何で私が⁉」
「お前達馬鹿者夫婦の間に入ってやったのじゃ、それぐらいしてもらわんとのう。それに、儂は政宗を殴りつけた事を許したわけじゃないんじゃぞ?」
「嫌よ、何で私がそんなホステスみたいな事を……」
「ほす……てす……? 嫌なら良いんじゃ。その代わり政宗にはなんて報告しようかのう。駄目だったと聞けば、政宗は今後お前を米沢に閉じ込めておくかもしれんぞ」
「グググ……」
言い返せない。
今日の話は政宗経由だと思っていたが、まさかそれと天秤にかけてくるとはね。
しょうがない。酒を注ぐ程度だ、お腹も空いてるけど我慢してやるか。
――――――――――
宴が始まってニ時間ぐらいが経った。
大殿と畠山義継は酒を交わしながら楽しそうに語っている。
お付きの奴等も最初は警戒していたが、今となっては大人しい。
皆酒が好きなようで、早くも酔い潰れそうな勢いだった。
「ホラ、イッキイッキ」
それもそのはずで。
私は次から次に出てくる酒を片っ端から全員に注いでやった。
多少遠慮する奴には「私の注いだ酒が飲めないの?」と脅してやる。
さっさと酔い潰れさせる作戦だ。
「アンタノイイトコミテミターイ」
「も……もう無理……です」
またひとり墜ちた。ホステスってこんな感じなのだろうか。
私は高校で仲間がジュース片手にコールの真似事をやっていたのを思い出し、それをこの場で実践しているのだ。
「次はアンタよ」
私は喜多に負けた新城盛継の前に座る。
「フッ、周りの連中は堕とせても俺の身体は簡単には堕ちないぜ!」
「は? キモイ事言ってないでさっさと飲めよ」
滝のように落とす酒を、新城盛継は大きめの盃で受け取った。
「ったくだらしねーな。殿がまだ楽しんでるってのに、コイツ等先に潰れやがって……」
「アンタも潰れていいのよ。そうすれば私も楽なんだけど」
「俺には殿をお守りする期待の星だぜ! 簡単に潰れるわけにはいかねぇよ」
「ハイハイ凄い凄い。ホラ、次いくわよー」
空いた盃に再び酒を並々継ぐ。
それでも新城盛継は余裕そうに酒を喉に運んだ。
「プハー旨ぇ! やっぱ可愛いねーちゃんに注がれた酒は一段と旨ぇな!」
「……そんなおだててもないも出ないから。ホラ、次」
「オイオイ、そんなに急かすなよ。旨いもんも旨くなくなっちまう。ホレ、アンタも」
すると新城盛継は私に普通サイズの盃を渡してきた。
確かに何時間も酒を注いでると流石に疲れてくる。
ちょっとくらい休憩しようかな。
「じゃあ一杯だけ……」
「一杯と言わずいっぱい飲めよ……てか! ワハハ!」
うーん、最近急に冷えてきたな。そろそろ雪が降りそうだ。
「ン……ン……ハー美味しい。疲れた身体に染みるー」
「ワハハ、オッサンみたいな事言うじゃねーか! よーし次々!」
反射的に二杯目も注がれてしまった。
まぁ大殿も見てないし……。一杯も二杯も変わらない。四捨五入すればどっちもゼロだしノーカウントという事で。
「いやぁーでも義継様が和睦を選んでくれてホント良かったぜ」
新城盛継は酒をひと口で飲み干すとそう言葉を小声で漏らした。
やはり、畠山義継は今回の領土没収の件について納得していなかったようだ。
「ここだけの話……、輝宗殿の返事が来てからは城で大暴れよ。今日連れて来るのだってホント大変だったんだぜ」
「気持ちはわからなくはないけど、自業自得でしょ。領土が残っただけ良かったと思わなきゃ」
「姫殿、そりゃ考えが浅いぜ。失ったのが領土だけだったなら暴れたりはしねーのよ」
領土を失う。それは、それに関わる全てを失うという意味でもある。
税収、土地、兵士。それと肝心な商業ルート。今までは同盟国である蘆名と大内に挟まれていたため、比較的安い関税で物を仕入れる事が出来た。
しかし、今回からそのルールが変わった。
畠山領に入るには伊達領を通過する必要があるのだが、その際に通る関所での通行賃が今までの数倍に膨れ上がったのだ。
唯一の山手道も前回の戦から伊達家臣 後藤信康が桧原城で目を光らせている。これでは蘆名から直接物を仕入れる事が出来ない。
最後の一手として開拓されていない獣道を通るという選択肢もあるが、誰も危険な真似をしてまで畠山領に物を届けようとはしないだろう。それこそ運賃が割り増しなり意味がない。
なら、国にとって必要な物は何処から仕入れるのか。
当然、伊達家から直接仕入れるのだが、これが今までより高い金額での取引となっている。特に、鉄などといった戦で使うような物に関しては制限も掛けられている。
これは畠山が再度反旗を掲げられないようにするため。
政宗は畠山家を滅ぼさない代わりに、裏では徹底的に力を削ぐ策略を用いていたのだ。
「ほとんど奴等は伊達へ行っちまった。今の殿の元ではやっていけない、ってよ」
伊達家の家臣になるのならこれまでの誓約は一切ない。
むしろ縁戚関係から喜んで伊達家に服属する家臣達も多かったらしい。
ただし、畠山家は別だ。
服属すれば必ず伊達の息の掛かった者が畠山に入り、その男……またはその嫡子が畠山家を継ぐ事になる。
そうなれば畠山家は残るが、これまでの名門・奥州探題 畠山家は実質滅亡と言える。
それだけは嫌だったため、畠山義継は服属ではなく従属の道を選んだ。
それがこの結果である。
「可哀そうだけど、『自業自得』を絵にしたようなヤツね」
「厳しいねぇ。でも、しょうがねぇな。殿が決めた事だし」
「アンタは抜けようとは思わないの?」
「思わないね。新城家は畠山一門だ。それに俺は国王丸様の近侍でもあるからな。国王丸様のためだったら俺はいつでも死ねるぜ」
これがこの漢にとっての〝義〟なのだろう。
権力に固執する現当主には言いたい事がありそうだが、それ以上に畠山一門である事を誇りを持っている。
いずれ当主になるかもしれない国王丸のために命を掛ける。
カッコイイじゃないか。
それが間違った選択だったとしても、私はこの漢の〝義〟はとても好きだ。
「っと姫殿、ご指名が入ったぜ。行って来いよ」
後ろを振り向くと大殿が手招きしているのが見えた。
私は仕方なく腰を上げる。
ちぇ、もう少しサボれるかと思ったのに。




