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偉大な父 前編④

 天正十三年(一五八五年) 十月八日。

 米沢にいた私は、政宗の父 輝宗から元大内領にある宮森城へ呼び出された。


 そのすぐ北には焼き焦げた小出森城がある。

 幼い子供達や戦闘に参加出来ない人達を容赦なく皆殺しにした……あの小出森城だ。正直、その焼け落ちた城を見るたびにあの時の記憶がフラッシュバックする。


 こうなるのをわかっていたため最初は行く事を拒んだのだが、大殿の命令である事、喜多や左月の説得で今に至っている。


「政宗の事で話したい事がある……ねぇ」


 そんな事を呟きながら、私は宮森城の客間から外を眺めた。

 客間には私しかいない。喜多達は席を外している。


 どうやら、これは輝宗からの指示らしい。それだけ重い話なのだろう。

 そりゃそうか……。なんたって私は家臣達がいる前で伊達の当主様を馬乗りになって殴ってしまったのだから。


 この国の当主とは、西洋風に言い換えれば王様である。

 そんな人に暴行を加えた人間は普通処刑される。仮に、それが王様の奥さんであってもだ。


「ハァ……、どうしたもんかしら……」


 今日呼ばれたのは間違いなくその件だろう。

 引きずりの刑か。切腹か。それとも島流しか。


 どちらにせよ大殿が動いたのであればそれなりの刑は覚悟しなければならない。

 とはいっても、私も素直に受け入れるつもりもない。


 だって、私は間違った事をしたつもりはないのだから。


「おっ、ちゃんといるのう」


 私がそんな事を考えていると、大殿……政宗の父 伊達輝宗が部屋に入って来た。

 私はすぐに動けるよう軽い中腰の姿勢を取る。


「……? 何を警戒しておるんじゃ?」

「ハハハ……何ででしょうね……」


 一発で見破られた。

 流石は元大将。引退したとはいえ、その鋭さを健在のようだ。


「……お前、まさか儂が罰を与えると考えていまいな?」

「……違うの?」


 はぁ――。

 と、大殿は大きなため息を付いた。


「違うわ」

「そ……そうなんだ……」


「仮に、お前に政宗の件で罰を与えるならこんな所に呼んだりはせん。自由に動けているのがその証拠よ」

「アハッ……。なーんだ、気張って損しちゃった」


 まぁ政宗に暴力を振るったのは今回が初めてじゃないしね。

 それに罰を受けると知っていたら、喜多や左月が私をあそこまで説得する事もないか。


「良い眺めじゃのう」


 大殿は部屋の中から外の風景を楽しんでいる。

 ……良い眺めねぇ。焼けた小出森城が見える風景は私にとって最悪なんだけど。


「活躍は斥候(せっこう)衆から聞いた。此度も大活躍だったようじゃの」


 大活躍とは何の事だろうか。

 畠山軍の敵将を追い返した事?


 大内の家臣 菊池顕綱を倒した事?

 それとも……。


「私は今回何も出来なかった」

「出来なかったというのは……撫で斬りに参加出来なかった事か?」


 違う。そんな物騒な事を言っているのではない。

 私が出来なかった事。それは……。


「政宗を止められなかった事か」


 大体はあっている。

 そう、私はあの残虐行為を止められなかった事を悔いている。


 これまでの伊達家の流れを冷静に考えれば前もって予想出来る事だった。

 奥羽は縁戚外交でこれまで秩序が保たれていた事。


 それは時に天下統一の大きな障害となっていた事。

 政宗が口癖のように言っていた事。


 これらの事から、政宗はいずれ縁戚関係という障壁を破り、領土を広めるために動きだす。

 そうなるとわかっていたのだ。


 それなのに私は目の前の戦いにだけ目がいって、その結末を軽く見ていたのだ。


「そうか。やはり政宗のやった事に納得はいっておらんようじゃな」

「……出来るわけないじゃん。無抵抗な人達にまで斬り殺すなんて……とても人の血が通ってるとは思えないわよ」


 ボソリ、と政宗に対しての愚痴がこぼれる。

 仮に小出森城の兵達を逃がしたとしても、遅かれ早かれ再び戦うのはわかっていた。


 それに、あそこで逃がしてしまったら再び大内の援軍が入る可能性もあった。

 今となって冷静に考えれば、あの時の政宗の決断はあながち間違っていなかったのかもしれない。


「でも……、せめて一言相談して欲しかった……」


 こっちが本音だ。

 もし私があの時政宗にこの事を伝えられていたのなら、多分真っ先に反対していただろう。


 雑魚をシバく趣味はない、とかそういう事ではなくて。

 単純に人として……だ。


 だけど、私はあの作戦の内容を知らされなかった。

 多分、話したら反対されるとわかっていたからだろう。邪魔になるから私の隊だけを城門に向かわせたのだろう。


 それはそれでムカつくが、それ以上にムカつくのが……。


「まるで私だけ蚊帳の外じゃん。私だけ無関係みたいな……」


 ハブかれた気分だった。

 中三の後半そんな感じの時があったが、あの時のクソ忌々しい気分を思い出す。


「それは政宗が悪いのう。お前も伊達軍のひとりなのじゃ、せめて説明のひとつやふたつあっても良かったものの」

「話がわかるじゃん。言っとくけど私わね――」


 その後、大殿は私の愚痴に付き合ってくれた。

 何時間話したのかわからない。いつの間にかお昼は過ぎ、もう少しで夕方に差し掛かる時間となっていた。


 私がキレたら聞き手にまわり、悩んでいれば自論を話してくれた。

 今まで大殿とここまで話した事はなかったが、とても話しやすい漢だった。


 話し過ぎたのか、おかげで私の方がガス欠である。


「フフ、お前を政宗の正妻にして正解じゃった」


 大殿はそんな事言い、私に笑顔を送った。


「はあ?」

「政宗を支えられるのは愛姫しかおらん。そう言ったのよ」


「なにそれ……、馬鹿にしてんの? 貶してんの?」

「何故そうなる……。褒めておるのよ」


 これまでの話の中でどこに褒められる部分があったのだろうか。

 私は大殿に政宗の愚痴しか言っていない。父親からしたら自分の息子の悪口をずっと言われているため気分が悪くなりそうなものだが。


「政宗の至らないところ。足りないところ。お前にはよう見えておる。それは政宗の事をよく見てくれている証拠じゃ」

「私はただ気に入らないところを言っただけ。こんなの誰だって気付くって」


「誰でも……は無理じゃ。近い存在であれば猫御前もおるが、あやつの場合わかっていても口にはせんであろうな。あれはそういう女じゃ」

「小十郎だっているじゃん」


「確かに小十郎は政宗の一番の理解者じゃ。じゃが、それ以前に小十郎も男じゃからのう」

「……はぁ? 男だから……何?」


 男とか、女とか、そんなの関係あるのだろうか。

 私にはこの漢の言っている意味がわからない。


「男には男にしか言えん事もあれば、女にしか言えん事もあるという事じゃ。儂も若い頃、辛い時があれば夜な夜なお義に甘えとったぞ」


 と、少し恥ずかしそうに鼻を擦りながらそう語る。

 あの女に夜な夜な? 義姫には畜生なイメージしかないのだが。


「例えば?」

「んーまぁ政宗の正妻であるお前の前だから言うが、儂は定期的に頭を撫でて貰いたいのよ。フワッフワの膝枕での」


「キメェ……」


 心の声がついつい漏れた。

 基本強面の大殿に頭を撫でられたいとか、膝枕とか言われても想像が出来ない。


 と、いうよりも想像したくない。イメージが崩れる。


「気持ち悪いとは失礼な。たまにじゃたまに。毎回ではない。辛くなったら甘えるぐらい儂だって良いじゃろ」

「大殿のイメージが崩れるわねぇ……」


「……? まぁこんな事お願い出来るのは妻か侍女ぐらいじゃ。男には出来んからのう。儂にも威厳っていうものがある」


 威厳ねぇ。

 まぁ確かに甘えたいって点では同姓には中々出来ないか。私にはちょっとわからないけど。


 つーか大殿、今侍女って言ったよね。コイツ侍女にもヨシヨシしてもらってたのか。

 あれ……、確か大殿の元侍女って……。


「じゃから政宗が辛そうにしていたら、お前がアイツに優しくしてやってくれ。傍にいてアイツの言葉を受け入れてほしい」

「あ、アイツはそんなキャラじゃないでしょ!」


「わからんぞー、なんたって政宗は儂の息子じゃでの! とにかく頼んだからのう!」


 勝手に頼まれてしまった。

 だけど、私にしか出来ないのであれば頼まれたのに悪い気はしない。膝枕はちょっと考えさせてほしい。私も恥ずかしい。


「愛姫にも譲れん事はあるだろう。同様に政宗も同じじゃ。似た者同士話して……話して……、そこでふたりの答えを探せ。それが夫婦ってもんじゃ」


 最後にトントンッ、と肩を叩かれた。


 どちらかに偏るわけでもない。

 大殿らしい答えに、私の気持ちも楽になった。


 そうだ、もっと話さないと。

 スタートとゴールは一緒でも、私達は道が違う。


 それをいかに近づけて。出来るだけお互いが納得出来るやり方で。

 そのためには私から近づかないと。いつまでも女子高生気分ではいられないから。


「輝宗様」


 私と大殿との話に区切りが付いた頃、ひとりの家臣が部屋に入って来た。


「どうした?」

「二本松城城主 畠山義継殿がお着きになりました」


 何で畠山の大将がここに⁉

 私は大殿に畠山義継がここに来た理由を聞いた。


 どうやら畠山義継は政宗の領土没収に不満があったようで、そのため長年付き合いのある輝宗に何とか領土を残してもらえるように相談したそうだ。

 小出森城に大内の援軍として参加していたくせによく言うわ。そんなの政宗が許すわけないのに。


 ……私の想像した通りだった。

 政宗は奪った領土の割譲は認めなかった。


 しかし、輝宗が相談に来た事もあり、仕方なく二年間は納税不要という特別措置を畠山義継に与えたそうだ。

 それを畠山義継に伝えると、今日そのお礼をしたくて宮森城に来たそうだ。


「そんな忙しい日に私来ちゃったんだ。悪かったわね」

「いや、良い。むしろお前を待たせなかったで丁度良かった」


「丁度……良かった?」

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