偉大な父 前編③
「ほう。ヤツは二本松城周辺の五ヵ村だけでは満足出来ぬと?」
二本松城城主 畠山義継は小出森城での交戦、そして大内定綱の敗走により大内家に先は無いと考え、伊達家に再び服属をする事を決めた。
その報せを受けた政宗は、畠山義継に二本松城とその周辺五ヵ村以外の領土は全て没収する事を条件に服属を許可すると返事を返していた。
「ああ。とてもじゃないが生活出来んとな」
「ハハハ、そりゃ贅沢は出来ませんわな!」
領土が周辺五ヵ村のみでは戦国大名として生きていけないのは政宗もわかっている。
これまで畠山家は次々と従属先を変えてきた。伊達の味方であった時もあれば、今回のように敵である時もある。
そんな奴から服属を申し出てこられても信用なんて出来るわけがない。
突出した何かが畠山家にあるのなら生かしておくのも悪くないのだが、これといって何か強みがあるわけでもない。
強いて言えば、その昔奥州管領の名家だった。それだけである。
そのため滅ぼそうと思ったが、完全に滅ぼしてしまえば領民や周辺豪族の怒りを買ってしまう恐れがあるため、精々生き残れる程度に領地は残してあげたのだが。
「生活の質を下げ、いち侍程度で我慢出来るのであれば生きてはいけよう」
「はぁ……左様ですな。領地を残していただけるだけ有難いと思わねばならぬというもの。畠山義継……どこまでも貪欲なネズミじゃ。それ故政宗様ではなく、父であられる輝宗様の所へ直接直談判しに参ったわけですな」
「貪欲なネズミ……、良い例えじゃな。ヤツは生き残るため旨い者の後ろを常に歩く野ネズミよ」
畠山義継の図々しさに、田村清顕もため息が漏れる。
政宗は戦中である。そんな中、敵だった畠山義継が直接不満を言いに行ったら領土どころの話ではなくなるだろう。最悪、首が飛ぶ。
そこで畠山義継は宮森城に政宗の父 輝宗が入っている事を聞きつけ、急いで輝宗と会ったのだ。
「それで父上はなんと答えたので?」
「『儂はもう隠居した身、当主 政宗の答えが全てである』と答えたまでじゃ」
それを聞いて政宗は安堵した。
伊達輝宗は偉大な父である。よく笑い、野原のような広い心を持ち、家臣達からも信頼されている。それでいて強く、厳しく。
しかし、それ以上に優しい漢。ドン底だった時、いつも傍にいてくれた優しい漢。小十郎以上に信用している唯一の漢である。
「それでのう、政宗……」
輝宗は改まって口を開いた。
「畠山義継にもう少しだけ領土を与えてやっても良いのではないか?」
政宗は奥歯を噛みしめた。
何度でも言う。伊達輝宗は偉大な父である。
政宗はその父の後ろに、紅い眼を光らせた薄汚い巨大なネズミの姿を見たのだ。
「……今何と?」
「村が五ヵ村だけでは家臣達も食わせられんじゃろ。そうじゃな……せめて二本松城から南の本宮城も残すのはどうじゃ?」
「何故に本宮城なので?」
「玉井城と高倉城では蘆名領と接している。それにこれらの城は奥州街道から三つに分かれるの街道の監視にうってつけの城。畠山家を監視する意味でも、儂は本宮城が一番良いのではないか思う」
確かに、輝宗の考えは正しい。
街道を制する意味でも特に高倉城だけは与えてはいけない。それは輝宗もしっかり線引きが出来ている。
……が、それはあくまで畠山に領地を与えるのなら。の話である。
心の底では管理が難しい畠山家は滅ぼしてやりたいぐらいなのだ。
だが、政宗はあえてそれを選ばなかった。
いや、選べなかったが正しい。
元管領職の名家を力で滅ぼせば名は轟くが、事態は奥羽だけの問題ではない。
下手をしたら越後の上杉、下野の佐竹などを刺激してしまう可能性がある。
特に、佐竹は蘆名との繋がりを強化している強国。蘆名と繋がっているという事は畠山とも繋がっている可能性は高い。
そのために、あえて力を持たせないように五ヵ村だけに絞ったのだが。
「……チッ、薄汚いドブネズミめ。悪臭がこびりついておるわ」
「……ん?」
輝宗から漂う悪臭。
それは明らかに畠山義継が寄り付いた臭いであり、戦略的な臭さが伺えた。
偉大な父である伊達輝宗が何故奥羽を束ねる事が出来なかったのか。
その原因は……この甘さである。
伊達輝宗は大きく、強く、そしてそれ以上に優しすぎる。その優しさは伊達家を危うく二分するところでもあった。
畠山義継はその【人の甘さ】という極上な蜜に噛みついたのである。
「どうじゃ政宗。畠山義継には二本松城とその南に位置する本宮城を与えるわけにはいかんかのう?」
畠山義継にはつくづく反吐が出る。
輝宗に直接会ったのも、伊達輝宗という漢が優しすぎると知っているからだ。
本宮城を与えたところで伊達領が囲んでいるためさほど障害はないが、領土があるということは力をそれだけ蓄えられるという事。
そして、いつかは再び裏切る。政宗は父 輝宗から漂う悪臭にそこまでの計略を見た。
「ダメです」
政宗は一言、輝宗の要望を断った。
「儂の頼みでもか?」
「ええ、ダメです。そうやって父上は甘い考えだったから奥羽を制圧出来なかった。じゃが、儂は違う。大内、そして畠山を制圧した今、次は蘆名。奥羽統一。奥州制覇。そして、天下統一。儂はこんな雑魚なんぞで足踏みをしている場合ではないのです!」
輝宗は政宗の左目から圧倒的な〝何か〟を感じ取った。
まだ小さいが、全てを呑みこむような圧倒的なオーラ。
輝宗は過去、似たようなオーラを放つ漢達に会っていた。
「ま、政宗様! 大殿に対してそんな言い方は――」
「舅殿は黙っていてもらおう。父上、もう一度言います。畠山の要望は認めません。領土へ対し苦言を申すのであれば、『次は畠山家を滅ぼす』とヤツに会った時お伝えくだされ」
今の政宗に迷いはない。
裏切った者には徹底的に。自分に敵対する者は誰であろうと滅ぼさんとする強い意志を感じさせる。
もう自分ではどうしようも出来ない。
時代は次に移り変わったのだ。
そう思うと、輝宗の顔には自然と笑みがこぼれた。
「生意気言いおって」
子供の頃病に侵され、片目を奪われて塞ぎこんでいた泣き虫が、今では伊達家を背負って立派な大将をやっている。
それも夢は天下統一ときた。大層な夢だ、輝宗の頃は織田信長がいたためそんな気すら起きなかった。
織田信長が亡くなり、時代は変わった。
なら次は本当に政宗が天下人になってしまうのではないか、と思うと自然に笑みがこぼれるのも無理はなかった。
「良いだろう! 畠山義継には儂からそう伝えようぞ!」
「一応懇願状の返事も書きますので、少しお待ちください」
政宗は筆を執ると、その場で畠山義継に対しての返事を書いた。
「これを」
輝宗は政宗からその書状を受け取り内容を確認する。
そこには想定外の事が書かれていた。
「ん、政宗……良いのか?」
「ええ、その程度なら。父上がわざわざいらしたに土産がないのも顔が立たないでしょ?」
輝宗はニコリと笑い、書状を懐に仕舞った。
その書状には政宗なりの〝配慮〟が記されていた。
「ドケチ。顔を立てるならもうちょっと盛ってくれても良かろうに」
「これでも最大限配慮しておるのですぞ」
「ガハハ、わかっておるわ!」
輝宗の用事は終わった。
立ち上がりその場を去ろうとすると、政宗が引き留めた。
「もうお帰りになるのですか⁉ 一晩ぐらい泊まっていってもよろしいのでは……」
「制圧したとはいえ残党が残っておるかもしれん、宮森城も今は留守に出来んじゃろ。それに……儂にはもうひとつ仕事が残っておるからな」
政宗はそれに気付いた。
愛姫の事だ。輝宗はそれもあり早く帰ろうとしている。
「よ、よろしくお願い致します」
「ガハハ、任せておけ! 女子の扱いはお義で慣れておるからのう!」
と、鬼姫……もとい鬼嫁でもある義姫を持ち上げて、輝宗は小浜城を出発した。
しかし、この政宗の返事がとんでもない事件を引き起こす事になるのを、この時はまだ誰も知る余地がなかった




