偉大な父 前編②
「て、て、て、輝宗様⁉」
落としたばかりの小浜城にやって来たのは、政宗の父 伊達輝宗だ。
輝宗は政宗達が小出森城、その近くにある宮森城を陥落させた事を聞くと、周辺豪族に睨みを利かせるため一足先に宮森城へ入っていたのだった。
「なに辛気臭い顔をしておるんじゃ。ここも無傷で手に入ったのじゃ、もそっと嬉しい顔をすれば良いものを」
「そんな事より、何故父上がここに⁉」
「何じゃ、来ちゃまずかったか?」
「いえ、そういう訳では……。てっきり宮森城にいるものかと思っていたので」
確かに輝宗は宮森城に入った。
しかし、政宗達があっという間に小浜城までも落としたため、嬉しさの余り数名のお供を連れ飛んで来たのである。
「飛んで来たって……。まだここには残党がおるやもしれませんし」
「ガハハ、そう堅い事を申すな。家督を継いだばかりの息子があっという間に大内領を平らげたのじゃ。こんな嬉しい事はそうそうないぞ!」
「ははっ。しかし、肝心の大内定綱は取り逃がしました。黒脛巾組の報せで蘆名領へ逃げたのはわかっておるのですが」
「蘆名領に逃げたのであれば深追いはせん方が良いだろうな。しかし、今は小浜城を手に入れた事を祝おうではないか!」
輝宗が混じっての三人によるちょっとした宴が始まった。
輝宗は城へ入った時に見たふたりの顔を思い出し、何故あのような顔をしていたのかを訪ねた。
それについては田村清顕から輝宗に説明が入る。
「なるほどな。通りで静かなわけじゃ」
愛姫がいれば何かと騒がしい。
そう思っていたので、ここに愛姫がいない事に輝宗は納得した。
「愛姫は帰ったか?」
「はい。これ以上戦う事は出来ないだろう、と左月殿の判断で一度米沢へ」
「良い判断じゃ。やはり左月を傍に置いて正解じゃったわ」
喜多でも同じ判断はしただろう。
ただ、喜多はあくまで愛姫の侍女である。そこまでの判断、責任を負わせるのは酷である。
「撫で斬りの件は聞いた。さぞ辛かったであろう」
「いえ……。辛かったのは儂の指示に従った皆です。俺はただ指示したまでに」
「……ふん、言うようになったのう」
グイッ、と注がれた酒を輝宗は一気に飲み干す。
「これほどの事がありながら、それだけ周りを見れていれば安心じゃ。そこまで落ち込む事もない」
「ですが、今となって悩んでおるのです。あれが本当に正しい判断だったのか……と」
政宗から再び曇り顔が。
その顔を見てため息を付きつつも、輝宗はニヤリと笑った。
「お前のそんな顔を見るのは久しぶりじゃな」
「え?」
「小次郎が生まれ、お義(義姫)に構ってもらえない時の顔をしておる」
この時の政宗は病気により右目を失明している。
それもあってか、この時より政宗は義姫から避けられるようになっていた。
輝宗は今の政宗の顔がその時の顔に似ていると話した。
「し、失礼な! 俺はもうあの頃の弱虫ではありませぬ!」
「ガーハハッ、そうかそうか! もうあの頃の小便垂れではないか!」
政宗にとって苦い過去だが、それを笑い飛ばすように輝宗はイジった。
それが出来るのも政宗がここまで成長した証。それを理解してか、政宗の表情にも明るさが戻る。
「要は、自分がどう見られたいのか。それに悩んでおるのだろう?」
輝宗は政宗の確信を突いた。
実際、その通りだった。政宗は自分の起こした行動に自信を失いかけていた。
当初は感情が勝った事。小十郎と一緒に決めた事で自信を保てていたが、愛姫の予想以上な反発が自身を迷わせていた。
これが一般的な家臣からの反発なら何とでも出来た。
ただ、それが近しい人物。正妻でもあり、頼りにしている愛姫だったからこそ余計に効いていたのだ。
「どう見られたいか?」
「そうであろう。お前は結果により自分がどう見られるのか、とただただ怯えているだけじゃ」
結果とは〝撫で斬り〟の事だ。
「今のお前は平気で殺戮を指示する暴君として見られておろう。【最凶最悪の独眼竜】とあだ名を付けられてもおかしくはない」
「そ、それは言い過ぎでは……。あと、その微妙にダサい二つ名はどこかで聞いた事があるような……」
「まぁそんなあだ名はどうでも良いのじゃ。それより重要なのは、その後の統治よ」
輝宗は宮森城へ入った時に感じた事。
ここ小浜城にやって来た時に感じた事をふたりに話した。
「民が疲弊していたと⁉」
大内領の領民たちは疲弊していた。
田村家を抜けた事での砦の新設や城の拡張のため、税や人婦の徴収を数回に渡って大内家に取られていたようだ。
大内定綱が人格者であった事に間違いはない。
だが、民が一番望むのは平和と富であり、土地を守るのは領主の務めである。
「やせ細っておったよ。それでも大内定綱を信じ、我慢してきたそうな」
残念ながら、その領主は蘆名領へ逃げてしまった。
税も取られ、人婦も取られ、兵としても取られ。一時的な事だったとはいえ、領民も限界寸前だったようだ。
「確かに今回の撫で斬りは大内領だけではなく、他の国にもお前の悪評として伝わるじゃろ。じゃが、お前が今後この地を大内定綱が納めていた時以上に豊かしてやればどうなると思う?」
「――!」
「さっきも申したが、民の一番望んでいるのは平和と富。最終的に誰が当主であろうが関係ない。自分達に平和と富をもたらす君主こそ領民が一番望んでいる事なのじゃ」
考えてみれば簡単な事だった。
政宗は撫で斬りの罪悪感から一番大事な事を見失っていた。
「大内領からは暫く税収は免除せよ。それと田畑の開墾、街道の整備、川を渡るための橋も急ぐのじゃ。国が豊かになればお前の悪評も薄れてくる。その時にお前の悪評を完全に消せば良い」
やり方はいくらでもある。
自分を神にみたてても良いだろうし、大内定綱を悪者に仕立て上げても良いだろう。どんなに当主が周りから悪人と呼ばれようとも、領民は豊かであればそれで良いのである。
それこそが統治である。
政宗の顔にみるみるとやる気と覇気が戻ってきた。
「フッ、良い顔じゃ。もう自分が何をすれば良いかわかっているようじゃな」
「はいっ父上! 儂はもう迷わん! 己の覇道で伊達を必ず日ノ本一の国にしてみせるで、しかと見ておいてくだされ!」
「ガッハッハ、その意気じゃ! 悩んだらまた儂がお前のケツを叩いてやるで!」
「はっ! しかとお頼み申す!」
政宗の様子は完全に戻った。これには舅の田村清顕も一安心。
だが、問題がひとつだけ残されたいた。
「後はアイツをどうするかじゃな」
「……アイツ?」
愛姫の事だ。
正直、殴られた事はどうでも良かった。それぐらの事を自分はやったのだ、と政宗は自覚している。
ただ、愛姫をどう説得するか。
あの性格だ。話したくても今のままじゃ喧嘩になるだろう。
それだけが政宗にとって悩みの種だった。
「フム……。よし、その件は儂に任せよ」
「父上が⁉」
「うむ。ちょうど愛姫にお願いしたい事があったのじゃ。そのついでに儂が何とかしておこう」
「ですが……」
「心配するな! 儂の嫁もある意味似たようなもんじゃ、ガハハ!」
「そこまで申すのでしたら……お願い致します」
「うむ。任せておけ! ああ、そういえばこれを忘れておったわ。ホレ」
輝宗は政宗に一枚の書状を手渡した。
そもそも輝宗が小浜城にやって来た理由がこれを政宗に渡すためだった。
「これは誰からに?」
「開いてみよ」
政宗は手渡された書状を開いた。
差出人は二本松城城主 畠山義継と書かれている。
「これは……畠山義継による伊達へ従属を願い出る懇願状。ヤツは儂の要求を飲んだのですか?」
「大筋……はな」
約二週間前、政宗達伊達軍が小浜城を包囲している頃、畠山義継は数名の供回りを連れ輝宗のいる宮森城にやって来たのだ。
その時の話を輝宗はふたりに話した。




