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第二十二話 偉大な父 前編①

 天正十三年(一五八五年) 九月下旬。


 その後も、伊達軍は動きを止めなかった。

 八百人以上を撫で斬りにした勢いそのままに、政宗達は逃げた大内定綱を追い西に侵攻。政宗の狂気とも言える行動に大内領の四本松城、住吉山城、宮森城を守る大内家臣達は次々と降伏した。


 当然、小出森城の撫で斬り行為は小浜城にいる逃げた大内定綱にも伝わった。

 ここにいても殺されるだけ。そう判断した大内定綱は大内再建を信じ、信用出来る家臣達を連れ、同盟先である蘆名領に逃げて行くのだった。


 主を失った小浜城は戦う事なく開城。

 政宗は悠々と小浜城入りを果たすが、そこに予想もしていなかった人物が現れる。


「政宗様、此度の侵攻お見事に御座いまする!」


 侵攻を終えたばかりの政宗へ最初の謁見(えっけん)を求めたのは、伊達軍の先鋒を務めていた田村清顕(きよあき)だ。


「うむ。(しゅうと)殿こそ見事な働きであった。大内領の各城が容易く落ちたは舅殿の働きあってぞ」

「いやいやいや、そんな事はない! どの城も『皆殺しにされるぐらいなら』と自ら降伏してきたのじゃ、小出森城の撫で斬りが効いておられるのよ!」


「そ、そうか」


 政宗の心情は複雑である。

 奥羽制圧のためとはいえ、禁忌を犯した撫で斬りは決して褒められる事ではないからだ。


「そういえば、片倉殿の御姿が見えませんな」

「小十郎なら笛を持って先程出て行ったわ」


「笛?」

「弔いの笛を奏でたいと。せめてもの償いなのじゃろ」


 小十郎は軍才だけではなく笛の才にも恵まれていた。

 弔いの笛。それで報われるとは思っていないが、せめて安らかに成仏してもらえれば。と、小十郎は天に向かって死者の魂を弔った。


「片倉殿の笛の音は絶品とお聞きします。是非、一度は聞いてみたいものですなぁ」

「ハハハ、好きなだけ聞いてゆくが良いですぞ! 伊達家の酒の席では小十郎の笛と愛の舞は欠かせぬでな!」


 愛姫。

 政宗がその名を出した途端、田村清顕は顔色を変え、その場で頭を下げた。


「ど、どうした舅殿?」

「此度は娘が大変失礼な事を致した! どうか……どうかお許しを!」


 田村清顕が真っ先に謁見を求めた理由。

 それは愛姫が政宗に盾突き、押し倒した挙句暴力を振るった事を聞いたからだ。


 田村清顕がこれを知ったのは、大内定綱を追って小浜城を追撃している最中。

 当然、途中引き返すわけにはいかず、働きによって何とか許してもらおうと病体に鞭を打って奮闘した。


「流石に耳に入っておったか。……安心せい、儂はもう怒っておらん」

「ほ、本当に?」


「ああ。愛に殴られた所はまだ痛むが、あれはただの喧嘩。夫婦(めおと)の関係ならいつもの事であろう」


 許された。

 政宗の寛大な心に、田村清顕はその場で大きなため息をついた。


 娘が許された事に加え、自身の首が飛ばなかった事で田村家も許された。

 これが戦での最大級の恩賞かもしれないと思うと、何だかやるせない気持ちにもなる。


「……心の声が漏れておるぞ。こんな事が論功行賞(ろんこうこうしょう)のわけなかろう」

「き、聞こえていましたか……」


「田村家には大内領の一部を知行として与えたいと考えておる。期待しておってくだされ」

「ははっ! 有難い限りに!」


「そうじゃ。ついでにはなるが舅殿に相談したい事が……」

「?」


 政宗の相談事。

 それは愛姫についてだった。


「……なるほど。娘の根底にある(こころ)を知りたいと」

「うむ。儂は伊達家の次に愛の事を最大限気にかけているつもりなのじゃが、どうも最近は空回りしているようなのじゃ」


「空回り?」


 側妻を持った事に怒った事。

 夜中に部屋へ行くと殴ってくる事。


 下着を触っただけで蹴られた事。

 そして、今回の撫で斬りの事。


 政宗は舅である田村清顕にすべてを話した。


「…………」

「どうじゃ? これをどう思う?」


「……いや、娘が意外と乙女だった事に安堵しております」

「なんじゃそりゃ」


 コホンッ。

 と、田村清顕は一息おく。


「最初の方は兎も角、政宗様の知りたいのは最後の事ですな?」

「いや、最初も重要じゃぞ」


「それは拙者じゃなくても答えられます。それこそ侍女であられる片倉喜多殿に聞かれるがよろしいかと」

「アイツは一応儂の乳母じゃで、結構言いたい事は容赦なくズバッて言うからのう……。まぁ良い、最後のには心当たりがあるのか?」


 田村清顕は愛姫と政宗が本陣で喧嘩になった経緯を詳しく聞いた。


「お互いの〝義〟が相反した。まぁそんなところでしょうな」

「儂等の〝義〟。それは伊達を天下一に導く事じゃろ」


「それは違います」


 田村清顕は政宗の語る〝義〟をキッパリと否定した。


「何故じゃ。これは儂と愛との交わした約束ぞ」

「それは約束であって、目標であって、夢であって、〝義〟ではありません。それを多少踏みつけられた事で娘は怒らんでしょう……多分」


「では、何が問題だったのじゃ。撫で斬りは儂も苦しい選択だった。あえて伝えなかった事、じゃがそれも理解してくれると思っていた。それが……何故じゃ?」

「人情にございましょう」


 田村清顕はハッキリと、そう答えた。


「人情……」

「ええ。娘は昔から人情にあふれる子でしてな。最初は大変でしたぞ、どこに行ったのかと思ったら町で子供達と一緒に遊んでいたと。それからは時折城を抜け出し、領民の不満や領主への願い事などを拾っては儂の所に来て直談判するようになりました」


「勝手に城を抜け出すところは今も変わらんのう」

「ハハハ、そうですな。領主の娘などという肩書きなんぞ不要なくらい民に慕われ、頼られ、そして愛されておった。ですので、伊達家に嫁ぐ時は大変だったのです。領民からはいくら国のためとはいえ娘を差し出すのはいかがなものか、と。あの時程、娘が女だった事を後悔した日はないというもの」


 その後も、愛姫の昔話は続いた。

 楽しそうに話す田村清顕。それだけ娘の事を尊敬して、愛している事が政宗にも伝わった。


 横にはいつの間にか酒が置かれている。

 政宗は酒の入ったとっくりを手に取ると、いまだ楽しそうに語る田村清顕に酒を注いだ。


「愛の人情には儂も驚いておる。そこらへんの囚人を手なずける女武将なんぞ聞いた事がないわ。途中から入隊した豚丸という漢も九州からわざわざ追って来たのじゃ。普通に考えれば何か弱みを握られているようにしか思えんからな」

「儂も娘にあそこまでの力があったとは思いませんでしたからなぁ」


「なぁ舅殿、儂はどうしたらいい? どうすれば愛にわかってもらえると思う?」

「……中々難しい質問ですな」


 田村清顕は盃に浮かぶ自分へ同じく問いかけるかのように覗き込んだ。

 愛姫に撫で斬りの正当性を理解させる。それは馬を猪と理解させるぐらい難しい。


 強引に抑え込む事は可能だ。

 だが、それでは愛姫という人格事態を折り曲げる事にも繋がる。


 何故、ここまで人情が突出してしまったのか。

 戦国の世に生まれた愛姫であればそれ位はわかっている。それは伊達家へ嫁ぐ時も本人が理解していた事。

 

 自分の娘であって、どこか自分の娘ではない。

 昔、お打が言っていた。


 姫様は変わられた。と。

 確かに再会した時、田村清顕もそう思った。


 髪型や服装もガラリと変わったが、その心の優しさは変わっていなかったため、そこまで気にならなかったのも事実。

 人は環境が変われば、成り方も変わる。そう思っていたため、気にしないようにしていた。


 しかし、やはり何かが違う。

 愛姫の優しさの裏にある闇。それが彼女の人情をより突出させているような気がしたからだ。


「ん? 何じゃ?」


 城の外がやたら騒がしい。

 しばらくしたのち、政宗と田村清顕のいる部屋にひとりの漢が入って来た。

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