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初陣を掴めっ!③

 えー‼ 、と私以外の三人が同時に叫んだ。


「な、何を言っておるんじゃ……。お前を戦場に連れて行けるわけなかろう!」

「そうですぞ姫様、何を馬鹿げた事を! 戦場とは観光地ではない、ましてや姫様が行くような所では御座いませんぞ!」


 そんな事は分かっている。下手したら命を落としてしまう危険な場所である事は重々承知だ。

 それでも、私にはこの時代でやりたい事があるのだ。それは――。


「私はこの時代で天下を取る、そう決めたの。信長を倒し、秀吉を倒し、そして家康も倒す。私の描いた愛姫無双のストーリーは既に始まってんのよ!」

「め、愛姫無双?」


「そう。このまま何もしなかったら伊達は今のまま誰かの下に付いている属国で終わるわ。だ・か・ら、私が直接戦場に行って戦況を変えてやろうってわけよ! 二ヒヒ」

「何を馬鹿な……」


「えー、でも私が勝ったら連れてってくれるんでしょ?」


 誰に勝ったら戦へ連れて行くのか。

 その問いに私は喜多を指差した。


「そう言ってたよ、喜多さんが」


 喜多は天……ではなく、天井を仰いだ。

 顔は真っ青になり、決して目を合わせないよう両目を手で隠した。


 が、時すでに遅し。


「喜多ぁぁ――‼」

「は、はいー!」


 顔を真っ赤にした左月の怒号に、喜多も思わず声を上げる。

 隣にいる輝宗は左月が声を荒らげる事が予知出来ていたのか、両手の人差し指で両耳の穴を塞いでいた。


「この大馬鹿者がぁぁ‼ 侍女の分際で勝手な事を言いおって!」

「も、申し訳ございません父上! 私も姫様がまさか本気にするとは思っておらず、ついつい口を……」


 必死に頭を下げる喜多に、輝宗が口を開く。


「なんじゃ、では愛姫が言っている事は真なのか?」

「大分盛られてはおりますが、正確には殿に進言してみます……と言ってしまいました」


「ふむ……」


 輝宗はしばらく考えたのち、ひとつ提案を持ち掛けた。

 

「良き茶を頂いた礼だ、いいだろう。そんなに行きたければ、政宗の甲冑贈呈の儀までに喜多を負かす事が出来れば、当主特権で特別に戦場に連れて行くのを許可しようぞ」

「なっ⁉」


「左月、儂もお主と同じ考えよ。政宗の正妻をそんな危険な所に連れて行くなど認めぬ。じゃが、今の愛姫は隠しておくに惜しい力よ。それは左月もその目で見たであろう」

「ぐっ、しかしですなぁ……」


「よく考えてみよ。他の奴ならまだしも、相手は喜多じゃ。その強さお主が一番わかっておろう」

「…………」


 渋々ではあるが納得し腰を下ろす左月。

 私にしてみれば条件にほとんど変更がない為、当主である輝宗の許可が下りた事を含めればむしろありがたい。


 とはいえ政宗の甲冑贈呈の儀までの期限が付いてしまったのでのんびりもしてられない。

 私はどうやったら喜多に勝てるのか、上機嫌で茶を再び点てながら考えるのだった。


 ――――――――――


 天正八年(一五八〇年) 一二月。

 出羽国(でわのくに)(現在の山形県と秋田県)も本格的に寒い季節となって来た。ただでさえ暇なお城生活だというのに、雪のせいで外出もろくに出来ないと思うと地獄の季節とも言える。


 そんな中刻々と迫る期限の刻。私は城内にある道場でひとり黙々と汗を流した。

 正確には残り二か月。私はこの少ない期間で喜多に勝たなければならない。


 喜多の動きを想像しながら繰り出す上段蹴りは見事に空を切り、反撃を想定した動きにステップで対応する。

 イメージトレーニングってやつだ。流石に巨大なカマキリのような化け物をイメージする事は出来なかったが、何回も戦っている喜多であれば何となくイメージ出来る。


 ただし、イメージが出来るだけ。勝てるビジョンは一切湧かない。

 超一流選手はそういうビジョンの見える時があるらしいが、残念ながら凡人である私には何も見えないようだ。


 それでも私はがむしゃらに、目の前に映る喜多の残像を振り払うように脚で空を切る。野球選手のバッターが素振りをするように、ピッチャーが鏡の前でシャドーピッチングをするように。相手をどう打ち崩すか、どう打ち取るかをイメージしながら。

 

 だがさっきも言ったが、私にはそのビジョンが見えない。苦労を知らないお金持ちだったから、お嬢様だったからとかそういう事ではなく。もっと一般的な話。

 単純に超えようとしている壁の高さに絶句している。一般の女子高生がプロ野球選手、いやバリバリのメジャーリーガーの剛速球を打てと言われている感じだ。


 この話が一般的かと尋ねられるとズレている感は否めないが、その前に野球の話をしているからその流れに乗っかって、てやつだ。特に深い意味は無い。

 

 まぁ話を戻せば、今まで高校級のヤンキーしか相手にしていなかった私にとってこの時代の喜多という女は化物級の人間だということだ。

 プロフェッショナル、熟練者、生きる達人。そんな相手に私は勝たないといけないのだ。


 私の蹴り技だって決して負けてはいない。だけど、踏んで来た場数が違うのだろう。

 なんだかんだ命までは取られない私のいた日本と、負ければ死が待っている今の日本では土俵が違う。


 喜多の女性でありながら化物じみた身体能力はそこから出来たものなのかもしれない。

 そんな雑念を抱きながら汗を流していると、パチパチパチと道場の入り口から拍手が聞こえた。


「精が出ますな」


 小十郎だ。左手には木刀が、そして右手には短い木刀が握られている。


「姉上から一本取る算段はつきましたか?」

「…………」


 私は視線を下に逸らす。

 絶賛それが見つからなくて悩んでいるため、その問いに答える事は出来ない。


 なら「いいえ」と答えるべきなんだろうけど、それでは私が万策尽きているように捉えられそうだったため敢えて強がりを言うのだった。


「現在熟考中」

「ハハハ、なるほど。まだ諦めないで姉上(喜多)に勝つ方法を探っているとは、流石は愛姫様ですな。拙者は直ぐに諦めてしまいました故」


「え? 小十郎が?」


 あの政宗を手玉に取っていた小十郎がそんな事を言うとは意外だ。

 私は汗だくの身体を拭きながら、休憩がてら小十郎の昔話を聞くのだった。


「小十郎にもそんな時代があったのね」

「ええ。なので拙者が姉上に勝てたのは刻が解決したも同然なのですよ。自然と姉上より体格が、力が強くなってしまっただけの事。本人は納得いかないでしょうが……」


「確かに性別の違いがあるかもしれないけど、小十郎の剣捌きは見事だったわ。あれなら喜多さんに勝てるのも納得いく」

「――姫様に褒められるとはこの小十郎、恐悦至極に存じまする!」


 深々と頭を下げる小十郎。この時代の礼儀とはいえ、私が伊達家の姫とはいえ、この作法に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうである。

 ジャパニーズ土下座とは時代や場所や人がするだけで全くもって意味合いが違う。私の場合は負かした相手に強制させる、いわば屈服の姿勢だからだ。


「……ところで、私に何か用だったんじゃないの?」

「はい。姫様のお力になれればと、この小十郎も一肌脱ごうと思い参った次第でして」


 そう言うと小十郎は私の前に一本の木刀を差し出した。先程右手に持っていた短い木刀だ。


「何だか短い木刀ね」

「これは小太刀という刀に合わせた訓練用の木刀になります」


「小太刀?」

「はい。姫様は女性ですので本当なら脇差が良いのではと思ったのですが、どうしても小太刀にせよと……」


「……?」

「あっいえ、何でもありませぬ。兎に角、姫様の足技は素晴らしいの一言に尽きるのですが、それだけでは空いてる手が勿体ないと思いまして。この機会に是非小太刀の使い方を学んでみるのはどうかと」


 私は小十郎から渡された小太刀サイズの木刀を握ってみた。

 ……重い。ズッシリと重量感のある変わった木刀だ。


 重さだけなら軽い鉄パイプと大差ないが、短い分その重さが私の右腕には十分に伝わってくる。


「これ中に鉄か何か仕込んでるの?」

「はい。中には本物の小太刀より少し重くなるように鉄の棒が入っておるのです。こっちに慣れておけば本物を持った時に軽く感じますからな」


「これを使いこなせれば喜多さんに勝てるかな?」

「どうでしょうな。姉上の槍は左月殿から直接学んだ鬼の槍術、そもそも間合いに入る事すら難しいでしょう。ですが間合いに入れる隙すら作れればあるいは……」


 正しいのかは分からない。刀の刀身を後ろに向けた、どこかで見たような握り方でブンブンと小太刀を八の字に振ってみる。

 残り二か月で使えるようになるのだろうか、と一抹な不安は残るが、私には悩んでいる暇などなかった。


 こんなところで躓いていてはこの世界線の歴史に名を遺す事など到底出来ない。味方に邪魔されていては天下統一など夢のまた夢。

 私はここで、伊達の姫として天下を取りに行くと決めたのだから。


「ウフフ、やってやろうじゃない。よーし小十郎、私が小太刀の使い方をマスターするまでみっちり指導なさい! 言い出しっぺなんだから途中放棄は許さないわよ」

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