伊達政宗2⑦
次の日の朝。
総攻めの準備が整った伊達本陣に伝令兵から報せが入る。
「そうか。やはり愛をもってしても止められんかったか……」
愛姫を先に小出森城へ向かわせた理由。
ひとつに撫で斬りを行う城内から離す事。もうひとつに愛姫と対峙する事で考えが変わる事を密かに願っていた。
だが、結果交戦となってしまったようだ。
こうなってしまった以上予定通りに事を運ぶまで。
政宗は軍配を握りしめると、各隊に総攻めの指示を出した。
「突撃じゃ! 伊達を舐め腐った大内共に我らの恐ろしさを刻み込んでやれ!」
政宗の最初の合図が出された。
それにより大槌隊による門破壊が開始される。
「情は捨てよ! 我らはこれより禁忌によって縛られてきた悪しき誓約を打ち破る!」
門が破壊された。
前日の釣瓶撃ちによってボロボロだった城門はあっさり破壊され、そこから伊達兵が次々となだれ込んで行く。
「火を放て! 雄叫びをあげろ! 城内におる奴等は誰であろうと皆大内兵じゃ! 女子供、馬、家畜、生あるモノは全て大内兵と心せよ!」
政宗の号令は更に伊達軍の士気を上げる。
城には次々と火矢が放たれ、城内では甲高い悲鳴が後を絶たない。
「…………」
燃えて、燃えて、燃え上がる小出森城。
政宗の号令から一時間あまりが経過した後、燃える小出森城から声が消えた。
本来であれば、城を制圧した暁として勝鬨の声を上げるが通例である。
しかし、今回に至っては誰もがそのような声を上げる様子もなかった。
「ク……」
政宗は歯を食いしばる。
誰かが勝鬨の声を上げてくれれば少しでも楽になるのでは。そんな甘い妄想を抱いているは政宗だけではなく、城攻めを行った皆も感じていた事だろう。
はなから見ても大虐殺。
誰が見ても大虐殺。
後悔していないかと問われれば嘘である。
それでも政宗は己の心に刻み込むよう、事が終わるまで軍配を決して下げなかった。
「殿」
「……小十郎か」
長時間、軍配を下げない政宗の肩に小十郎が触れる。
「戦はもう終わりました故」
「……そうか」
政宗はゆっくりと軍配を下げる。
小十郎の言葉に許された。そんな気がしたのだ。
「よく耐えられましたな」
小十郎はわかっていた。政宗がどれだけ苦しい選択をしたのかわかっていた。
これまで奥州を縛り付けていた縁戚という見えない鎖。
それを砕くという行為がどれだけ恐ろしい選択だったか。
政宗はまだ十九歳。小十郎にとって政宗はまだまだ若輩者同然なのだ。
そんな主に撫で斬りという選択をさせてしまった事に、心の底では非常に後悔をしてしまっていた。
「ひとりでは行かせませぬ。小十郎は殿の右眼。拙者が常にお供致しますれば」
「阿呆、当然じゃ。お前は〝共犯者〟じゃ。逃がすわけがなかろうて」
「ハハハ、共犯者とは。これは一本取られましたな」
笑い事ではないが、小十郎は笑うしかない。
政宗の右眼を名乗っている以上、政宗の決定は小十郎の決定でもある。その逆もしたり。
苦しい決断をしたばかりなのに……と。
小十郎の笑顔は政宗の強さと成長を確認し、自然に生まれたものだったのだ。
「とりあえず終わりましたな。お疲れにございます」
「……いや、まだじゃ」
「……え?」
戦はまだ終わっていない。
いや、小出森城の戦いは終わったのだが。
政宗だけは自身へ向けられた敵意に気付いていた。
「お前――‼」
味方の兵の制止を振り切り、ひとりの女性が政宗に飛びついた。
ふたりはそのまま倒れ、政宗に馬乗りになった女性はボロボロと涙を流している。
「その感じは終わったようじゃな」
「ええ、終わったわよ! アンタのせいでね‼」
そう涙ながらに訴えるのは愛姫である。
彼女は撫で斬りの内容を知らずに菊池顕綱と戦い、その後に城内の惨憺たる様を目撃した。
戦いの中で散る命は仕方がない。
だが、無抵抗な人間までも斬り捨てる行為は、義を重んじる愛姫にとって許されない事だった。
「何で何で何で‼」
「うるさい女じゃ。お前は撫で斬りなんぞ出来んであろう。儂の配慮に感謝せねばならん立場ぞ」
「違う、そうじゃない! 何で無抵抗な人達まで斬ったのよ‼」
胸元を掴み、歯を食いしばりながら必死に問いかける愛姫。
しかし、政宗はその問いに答えない。
わかっておるだろ、そんな事。
と、言わんばかりの眼を愛姫へ向ける。
「またその眼……。その眼が気に入らねーんだよ‼」
一発。
二発。
三発……。
馬乗り状態の愛姫の拳は政宗の頬を確実に捉える。
その衝撃で兜の緒が切れ、政宗のトレードマークともなっている三日月の兜が後方に弾き飛ばされる。
「ハァハァ……」
十発を超えたところで愛姫の手が止まった。今なら反撃も出来よう。
しかし、政宗は動かなかった。
愛姫の気分がこれで晴れるのであれば好きなだけ殴らせよう。
政宗は心の中でそう思っていた。
「何で……何で……」
再び、涙を流す愛姫。
これ故、愛姫の優しさを知っていたからこそ政宗は抵抗しなかった。
愛姫が怒る理由はわかるし、自分が何を指示したのかもわかっている。その道が修羅の道である事もわかっている。
だからこそ、政宗は前に進むため、愛姫の全てを受け入れた。
「……くか?」
「ハァハァ、……何て⁉」
「満足か、と聞いておる。満足したならとっと降りろ。馬乗りは布団の上だけで十分じゃ」
あっ。
と、政宗は思った。
自分の悪い癖。
プライドが邪魔をして、ついつい強気な言葉が先に出てしまったのだ。
これには小十郎も天を仰いだ。
「じょ……上等じゃない。 だったら、その首がへし折れるまで殴ってやんよ!」
これ以上はマズい、と右眼が警告する。
政宗は愛姫が振りかぶった一瞬の隙を突くと、片手で胸ぐらを掴み、馬乗り状態から引き剥がした。
「やったわね!」
愛姫の眼にメラメラと闘志が燃え上がっている。本気のようだ。
政宗も本気で愛姫と戦った事はない。
しかし、生半可な状態で止められる相手ではない事もわかっている。
致し方無い。
政宗も刀に手を掛ける……が。
「姫様、そこまでにしなされ!」
小十郎が後ろから愛姫を羽交い締めにする。
「小十郎⁉」
「姫様が怒られるのはごもっとも! ですが、今一度落ち着いてくだされ! これには理由が……」
「落ち着けるわけないでしょ! 関係のない人達まで皆殺しにして……これがアンタ達のやりたかった事なの⁉」
「姫様……」
「見損なったわ! こんな強引なやり方、許されると思ってんの! アンタの目指す天下ってのはこんな汚いやり方で手に入れるものだったの!」
本陣にいる誰もが口を閉ざした。
愛姫の言っている事は間違いではない。いや、むしろ正しいまである。
しかし、人は正しい道ばかりを進める賢い生き物ではない。
正しい道も進めば、間違った道も進む。
ただ、その間違った道がいずれ正しい道になるのであれば。
今は非難されようとも、いずれ伊達を強くする道であれば。
だからこそ、皆は口を閉ざした。
政宗を信じているからこそ口を閉ざしたのだ。
「ああ、その通りじゃ。それに何の文句がある?」
沈黙を破ったのは政宗だ。
開き直った態度に、愛姫の怒りは頂点に達しそうである。
「テ、テメー……もう一回言ってみなさいよ……」
「何度でも言ってやる。小出森城に籠った者共を『全員撫で斬りにせよ』と命じたのは儂じゃ。それに何の文句がある?」
口だけは自由になっている愛姫は城の惨憺たる様、見たままを感情的に語った。
赤ん坊。女子供。それにもう戦う事の出来ない年寄り。全て殺された、と話す。
しかし、その後の政宗の態度は呆気なかった。
「全員撫で斬りにせよ、と命じたんじゃ。当たり前じゃ」
その言葉に、愛姫は心底失望した。
自分はこんな漢に付いて来たかと思うと情けなく、伊達家の当主と思うと悲しく、その正室だと思うと虫唾が走った。
「だったら、強引にでも――」
愛姫の脚に蒼雷が集まりだす。
これは愛姫が最近習得した【纏雷ノ構】。超スピードに加え、得意な蹴力まで強化される恐ろしい技だ。
それを察したのか、小十郎は愛姫の動きを封じるため首の付け根あたりを強打した。
「ウッ――⁉」
愛姫から戦意が失われてゆく。
なんとか意識を保とうと粘るが、力尽きその場で気を失ってしまった。
「殿‼」
小十郎の一喝が本陣に響いた。
「いくらなんでも言い過ぎですぞ! 伊達家の当主であられるならもそっと言葉は選びなされ!」
「フン、こやつが悪いのじゃ。女のくせいちいち儂に盾突きおって。少し灸をすえてやらんといかんのじゃ」
「いえ、此度は明らかに殿の説明不足が招いた結果。姫様が怒るのも無理な話かと」
「チッ」
納得していない政宗はそっぽを向いた。
ひと通り説教を終えた小十郎は気絶している愛姫を抱き抱えた。
「どこへ行く?」
「姫様の陣に。ここで眠られても風邪を引いてしまいます。それに拙者でないと喧嘩になりますからな」
喧嘩なる相手とは喜多の事だ。
喜多は政宗の乳母でもある。そのため、小十郎同様に政宗にはそれなりの態度を取る事に躊躇のない女性であった。
愛姫がどんな理由で伊達本陣に行ったかはわかっているはず。
それを気絶した愛姫が帰還したら間違いなく怒るは必至。ましてや今の政宗が連れて行けば更に大事となりそうだ。
小十郎が行こうと大して結果は変わらないが、どうしてこうなったかは説明が出来る。今の政宗よりは。
そのため、小十郎自ら厄介事を引き受けたのだ。
「……頼む」
政宗が小声で、小十郎に聞こえる声量でそう呟いた。
少し頭が冷えた。小十郎が代わりに厄介事を買ってくれたことに、政宗は心から感謝した。
それは小十郎にも届いた。
小十郎はニコリと笑うと、半分だけ振り向いてみせる。
「お任せくださいませ。拙者は殿と一心同体、どんな地獄にでもお供致します故」
そう言い残すと、小十郎は愛姫を抱き抱えたまま本陣を去って行った。
その後、小十郎の顔という顔が赤く腫れあがった状態で本陣に帰って来たのは言うまでもない。




