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伊達政宗2⑥

「青木修理……、前に!」

「は……ははっ」


 怒り心頭の政宗によって家臣達の前で尋問が行われた。

 政宗が怒るのも無理はなかった。家臣達を失わなかったとはいえ、蘆名と畠山の伏兵隊のせいでそれなりに消耗してしまったからである。


 ただでさえ、今年は連戦続きなのだ。

 長引く戦は兵や民の士気低下や不満を煽りやすい。出来るだけ被害を少なくしたかった政宗にとって、今回の奇襲はそれなりに痛手となっていた。


 その後、愛姫や小十郎の進言で青木修理が裏切っていない事はわかった。

 が、その会話の中で愛姫が新城盛継を見逃した事に政宗は気付いた。


 政宗は今回、愛姫への不満に対しても切り込んでおきたかった。

 それは愛姫の戦場での意識の低さ。


 手を抜いている、手加減しているなど、そういう事ではない。

 愛姫が真面目に戦って、目の前の事に全力を注ぐ人物である事はよく分かっている。


 ただ……。

 政宗はその中に埋もれている愛姫の優しさを誰よりも危惧していた。


 しかし、政宗は言葉を飲み込んだ。我慢した。

 何故なら、愛姫は誰よりも己の信念に忠実だからである。


 誰よりも。

 それ故、それが甘い考えだとしても、それを犯すモノに関しては拒絶反応を見せる傾向にあった。


 過去に何かあったのか。調べもコッソリ入れており、何なら今回戦に参加した愛姫の父 田村清顕にも聞いたほどだ。

 だが、詳細は不明。過去にそんないざこざなど起きた事はなかった。


 むしろ、父である田村清顕も驚いていたぐらいだった。


「おしとやかな娘であったが、急に別人となった事に驚くどころか、むしろ関心しております。人はこんなにも変われるものか……と」


 あの初代征夷大将軍 |坂上田村麻呂《さかのうえ の たむらまろ》の子孫だけに大将軍様の魂が乗り移ったのではないか、と大袈裟にも話してくれた。


「坂上田村麻呂のう……」


 政宗にしてみれば、まだそっちのほうが分かりやすかった。

 この時、政宗は愛姫の性格がガラリと変わった時の事を思い出す。


 今では言わなくなったが、未来の日本から来たのだと。

 その世界で死んで、気づいたらこんな容姿になっていたと。


 とてもではないが信じられないし、そして設定が妙に凝っているところがまた胡散臭い。

 そのため、今まで特別害がないため考えるのをやめていたのだが……。


「もうそんな事も言ってられんのかもしれんな」


 愛姫は戦国の世に介入しすぎた。

 戦事。伊達家の内情。他国との同盟。


 とても一国の姫としての裁量を遠に超えている。

 今まではその才に頼り、あまり触れないようにしてきたが、ある程度その考えは改めないといけない。


 と、政宗は思った。


「……まぁいい、それより儂等は明日に向けての軍議じゃ。小十郎、頼むぞ」

「ははっ。では皆様、こちらの絵図を」


 作戦を練り直した策が小十郎により各将へ伝えられる。

 その策とは守りを固める小出森城をハチの巣状態にする、慈悲すら感じさせない鉄砲隊による一斉射撃だった。


 鉄砲に大量の兵を割いて伏兵の蘆名・畠山軍に対応出来るのか、との指摘はあったが、これに関しては黒脛巾組の知らせで既に解決している。


「もう撤退したのね」

「はい。姫様達の奮闘や黒脛巾組の妨害工作で畠山に甚大な被害を与えた結果にございます。この小十郎、姫様のおかげで策が非常に立てやすく頭が上がりませぬ」


「もーそんな褒めなくても良いって! 私は楽しめればそれで良いんだから!」


 楽しめれば良い。その言葉に政宗は顔をしかめた。

 愛姫の悪い癖というか、意識の薄さというか。悪気はないのだろうが配慮と心構えが欠けている。


 楽観的な考えはいずれ裏切られ、足元をすくわれる。

 と、幼少期の頃から宗乙和尚や小十郎から教えられ、母親から常に敵意を向けられて育ってきた政宗にとって、愛姫の自由過ぎる言動は目に余るものだった。


 ……。

 だが、今回も政宗はその怒りを抑えた。これで何度目になるかわからない。


 仮にこの場で強く言っては喧嘩になるのは愛姫の性格上分かりきっている。

 それに良い結果は残しているのだから、この場でそれを咎めるのはハッキリ言って逆効果にしかならない。


 帰ったら二人っきりでゆっくりと話そう。

 そう思い、政宗は喉に出かけた愛姫へ向けた言葉を再び静かに飲み込んだ。


 ――――――――――


 小十郎の作戦通り、小出森城へ鉄砲隊による釣瓶撃ちが始まった。

 所持している鉄砲を一本も残す事無くすべて使い撃ち続ける。


 轟音は壁に穴をあけ、竹束や櫓や屋根を破壊する。敵兵も身体の一部も出せないと、城内部に隠れてしまう。

 外から見たら無抵抗の子供が複数人にイジメられているようにも見える。それほど小十郎の考えた策は圧倒的であり、慈悲すら感じさせない策でもあった。


 しかし……、小出森城は耐え抜いた。

 これを耐え抜いたと表現するのはいささか間違っていると思うが、数十時間……朝から日が落ちるまで続いた攻撃に小出森城は崩れなかったのだ。


 そして、その日の夜。

 政宗は決着を付けるべく、再び各将を本陣に呼び寄せた。


「明日、総攻めを行う」


 この言葉に一部の伊達家臣達は肝を冷やした。

 小出森城からの降伏の使者はまだ現れない。それを確認しないで攻めるというのは無駄な犠牲を払う可能性があるからだ。


 これに一番反対したのは伊達成実だった。

 もう一度降伏を促す使者を送るべきだ、と政宗に訴えたが拒否された。


 その後、政宗と成実の言い合いが始まった。

 その喧嘩っぷりは殴り合いに発展しそうな勢いだったが、空気を読まない遠くから聞こえる薪の割れる音がそれらを妨害しているようにも聞こえた。


「えーい、うるさい! おいお前。宗時に薪割りは止めさっさと本陣に来い、と伝えて参れ!」

「は、ははっ」


 ちなみに、薪割りは政宗が宗時に与えた蘆名領失態の罰である。

 それを知ってて、今度はうるさいから戻って来いと言われた宗時。腑に落ちないようで、ブツブツと文句を言いながら本陣に入って来た。


「宗時、いつまで薪なんて割っておるんじゃ! 本陣に来いと申しつけてあったであろうが!」

「いや……、だって罰として夜は薪割ってろって殿が……」


「ああ⁉」

「いえ、何でもありませぬ……」


 政宗がここまで苛立っている理由は他にもあった。

 蘆名と畠山の援軍を蹴散らした事。伊達鉄砲隊で釣瓶撃ちを味合わせた事。補給路も潰し、籠城策も出来なくした事。


 小出森城は誰が見ても限界であった。

 それなのにも関わらず……。


 それでも降伏しない大内定綱に、政宗は呆れるどころか自分がまだ舐められていると思い頭にきていた。


「どいつもこいつも儂を舐めおって……」


 確かに大内定綱も、その援軍にまわった畠山義継も政宗の力を見誤っていたのは事実である。

 だが、大胆に裏切った手前降伏も中々出来ないも事実。


 大内は蘆名と同盟を組んでいる都合上、畠山は大内と婚姻関係を結んでいる国同士のため大内の出方次第の所がある。


「お二方、いい加減になされ!」


 政宗と成実の言い争いに小十郎が間に入った。

 成実は小十郎が間に入った事が気に入らなかったのか、その手を跳ねのけ、小便と言い本陣から出て行ってしまった。


「殿、皆の前なのです! ここは共に学問を学んだ資福寺(しふくじ)ではないのですぞ!」

「んな事わかっておるわ!」


 今度は政宗と小十郎の喧嘩か、と思い苦笑いの愛姫と宗時。

 そんな中、小便に行ってはずの成実がとある漢と一緒に本陣へ入って来た。


 その漢の名は菊池顕綱(あきつな)。小出森城 城主であり、大内定綱の甥にあたる人物である。

 そんな漢が伊達本陣に何をしに来たのか。答えはひとつしかなかった。


 降伏である。

 これには本陣にいた多くの家臣達が肩を撫でおろした。


 しかし……。


「に、逃げた……じゃと……」


 菊池顕綱の言葉に本陣が再び凍り付いた。

 なんと大内定綱は供回りの家臣達だけを連れて、自分の居城 小浜城へ既に逃げたと言うのだ。


 これには周りもざわつき、軍配をとる小十郎も怒りを隠しきれない。

 城に籠る城兵や民を捨てて、己は安全な場所に逃げる。そんな情けない行為に、忠誠心の塊のような漢である小十郎には耐え難いものがあった。


 そして、菊池顕綱が降伏条件として提示したのが……。


「キサマ……、それを本当に申しておるのか?」


 菊池顕綱は首を縦に振った。

 彼の提示した降伏条件。それは小出森城を渡す代わりに、城兵と城に籠る領民を小浜城へ向かう事を許してほしいとの事だった。


 何とも信じられないような条件。

 大内定綱とはそんなに信頼されていたのか、と疑いたくなる一方、城の無血開城は伊達にとっては嬉しい。


 誰もが政宗がその条件を飲むであろう。

 そう思っていた。


「駄目じゃ」


 政宗は菊池顕綱の要求を断った。

 そもそも大内が要求出来る立場ではない事。城は次の総攻めで落とせる事。これが主に菊池顕綱の要求を断った理由である。


「小出森城の開城および城内の大内兵と領民すべての降伏。それで命だけは助けてやろう」


 これまでの事をひっくるめて政宗の最大限の譲歩だった。

 これに異を唱える愛姫だったが。


「お前は黙っておれ‼」


 一喝で愛姫を黙らせる。

 最初は驚いていたものの、愛姫は納得していない表情を政宗に向ける。


「この降伏条件を飲めぬのであれば、儂は【禁忌】を犯してでも城を制圧する」


 禁忌とは〝撫で斬り〟、皆殺しの事である。

 奥州は昔から縁戚の家系が多く、撫で斬りという残虐行為は長い間暗黙の了解でご法度となっていたのである。


 勿論、政宗もやりたくて禁忌を犯したいわけではない。

 それはこれ以上戦を長引かせないため。逃げた大内定綱に知らしめるため。


 そしてなにより、伊達政宗という漢を世に知らしめるためでもあった。


 この覚悟に、菊池顕綱は伊達政宗に竜の気迫を見た。

 世は織田信長の時代から羽柴秀吉の時代に変わろうとしている。血が流れ、それでも世の中は回っているのだ。


 なのに奥州はどうだ。

 細かい領土を争い、暗黙の了解などというルールに縛られた小競り合い。


 血は流れても、時代が変わらない。

 そんな違和感を持ち合わせていた菊池顕綱にとって、伊達政宗は時代をひっくり返す異端児に見えたのだ。


 そう思うと、菊池顕綱に笑顔がこぼれた。

 これから死にゆく運命だというのに、心の中では伊達政宗という漢に期待してしまっているのだ。


「それでは戦場で」

「ああ」


 そう言い残し、菊池顕綱は伊達本陣を去った。

 しかし、まだだ。まだ伊達政宗という漢を世に知らしめるのにはひとつだけ足りない仕事がある。


「愛。部隊を引き連れ、すぐ小出森城に向かえ。それと松明の火は出来るだけ多く灯すのじゃ」


 愛姫と菊池顕綱を戦わせる。

 誰もが理解出来る命令だった。


 夜ということもあり不満を言ったが、命令なので仕方がない。

 愛姫は渋々本陣を出て行った。


「殿……これは……」

「今のあやつではただの足手まといじゃ」


「しかし……事を知ったらあの義に厚い姫様です。何をしでかすかわかりませんぞ……」

「わかっておる。全ての責任は儂が受ける。じゃからお前達の力を儂に貸してくれ」


 政宗の決意。

 最終的に本陣にいる誰もが異議を言わなくなった。


 禁忌の意味を知らない愛姫。

 禁忌を犯してでも前に進もうとする政宗。


 ふたりの関係がここで大きく崩れる事に、この時誰もが予想していなかった。

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