伊達政宗2④
「お……お前が伊達政宗……。こんな若造に我が居城 岩山城は一瞬で落とされたのか……」
穴沢俊光は拘束されたまま本陣で政宗と対面するが、その若さに驚きを隠しきれない。
岩山城はこれまで幾度も伊達の侵攻に耐え抜いてきた堅牢な山城。それ故、地形を生かした鉄壁の守りには自信があった。
しかし、その自信こそが過信になっている事に気付かなかった。
鉄壁な城も守る者が少なくなれば落とすのは簡単。穴沢俊光は松本輔弘の裏切りばかりに気を取られ、政宗本隊の檜原入りに気付けなかったのだ。
「随分派手にやられたようじゃのう、穴沢俊光。顔も酷いが、甲冑なんてボロボロ過ぎてどこぞの落武者かと思ったわ」
「ク……、これも愛姫とかいう女に付きまとわれたせいだ!」
関柴から塩原を通り岩山へ。
その道中、愛姫隊からの追討ちは凄まじく、岩山城に戻っても装備を付け替える暇もなかったのだ。
甲冑は傷と泥などで痛んでおり、背中に至っては愛姫の攻撃で粉々にされている。
初見の者が見ればどこぞの落武者と勘違いしてもおかしくない風貌である。
「クソッ、早く要件を申せ! 拙者をここに連れて来たという事は何かあるのであろう!」
「お前をここによこしたのは愛じゃが……まぁそれは良いか。穴沢俊光……伊達の軍門に下ると申すのであれば、お前を含む城兵は許してやろう。勿論、居城も領土もそのままにしてやる」
「……やはり伊達への鞍替えの話であったか」
政宗も優秀な将は出来るだけ引き入れたいと考えていた。
今回岩山城は簡単に落ちたが、それ以前に本来の岩山城はこれまで伊達軍が攻めても落ちなかった堅牢な城なのである。それを守る穴沢家を丸々伊達の配下に出来れば蘆名攻めが今後優位になるのはもちろんの事、畠山や大内への商路を潰せる事にもなる。
勿論、穴沢家を諦めて違う将に穴沢領を任せるという選択も可能だ。
ただし、これは領民との信頼関係を最初から作る必要もあるために時間と労力とお金がかかる。
そのため、後先の事を考えれば鞍替えが一番利口なのだ。
ただ、再び裏切られる可能性を除けば……だが。
「本当に城と領土は安堵なのか⁉」
「ああ、さっきからそう言っておるじゃろ」
「……やむを得んか。……わかった、伊達に下る」
穴沢俊光は伊達の配下になる決断をした。
関柴での敗退はあったものの、伊達は更に領土を拡大する事に成功する。
「ハハハ、良い決断じゃ。しかしすまんのう、戸山城は邪魔じゃった故燃やしてしもうた。よって其方の父である穴沢俊恒はしばらくそっちで預かってくれ。代わりの館はすぐに作らせるでな」
「ははっ、ご配慮感謝致します……と申し上げたいのですが、そのような館はもう必要なくなったので結構にございます」
「何? どういう事じゃ?」
穴沢俊光は父 穴沢俊恒が城で亡くなった事を説明した。
「そうか……。其方の父は愛の前に敗れ散ったか……」
「え、ええ。ま、まぁそうなんですが……」
どうも歯切れが悪い。
政宗は穴沢俊光を連れて来た兵士にその時の戦況を聞いた。
それを聞いた瞬間、政宗の表情は雷雲如く急激に曇り始める。
「おいお前、もう一度申せ」
「……はっ。愛姫様は穴沢俊光の降伏認めたのですが、その油断を穴沢俊光に突かれそうになりました。結果、姫様の忍びによって誅殺となりましたが」
「忍びとはお打か……痛ッ!」
政宗は顔を歪めながら、布で隠している右目を押さえた。
政宗は幼少期の頃、右目を病に侵され失明している。それにより政宗は一度塞ぎこんでしまったが、小十郎が右目をくり抜いた事で今に至っている。
「――ッ⁉」
右目からなのか、布の隙間からゆっくりと紅い血が流れる。
これには同席していた小十郎も驚きを隠せない。
「殿⁉ まさか古傷が……」
「いや小十郎、これは〝そんなもの〟ではない……」
政宗はこの血の意味を理解しているようだ。
血を手の甲で拭き取ると、政宗は兵士に穴沢俊光の拘束を解くように指示を出した。
そして、脇差を手に取ると、穴沢俊光の目の前に放り投げた。
「?」
「気が変わった。儂のを貸してやる、ここで武士らしく果てるがよい」
伊達に寝返れと言ったのは、そもそも政宗である。
それを掌を返したかのように、今度は穴沢俊光に切腹を言い渡した。
これには穴沢俊光も困惑する。
「な、何故だ! 我々は伊達に降伏すると申したであろう! いくら冗談でも時と場をわきまえていただきたい!」
「冗談ではない。気が変わった、と申したであろう。小十郎、お前が介錯を務めてやれ」
政宗の豹変っぷりに少し困惑が残りつつも、小十郎はひとつ返事で穴沢俊光の後ろにまわった。
「か、片倉小十郎! 貴様までもこんな戯言に従うか!」
「戯言とは失礼な。殿の命は伊達の命に同じ。穴沢殿、諦めてここで腹を切られるがよい」
「グ……、最初からそのつもりだったのだな……」
穴沢俊光は脇差を手に取ると、刃を自分の腹に向けた。
それを見て、小十郎も刀を抜く。
「クソ……、クソクソクソ‼ こんな屈辱を抱いたまま死ねるか‼」
穴沢俊光は脇差の刃を政宗の方に向けた。
それに気づいた小十郎は素早く刀を振り下ろした。
「グオオオォォ――‼」
小十郎の刀は見事穴沢俊光の背中を捉えた。
だが、屈辱を力に変えた穴沢俊光は背中を斬られた程度では止まらなかった。
「お前を……お前も道連れにしてくれるわ――‼」
怒りを力に変えた捨て身の攻撃。
政宗はそれに応えるように刀を抜いた。
「ゴ……ゲ……」
一撃……だった。
政宗は捨て身で突っ込んで来る穴沢俊光の喉元……首の付け根部分に刀を突き刺した。
もはや悲鳴すら上がらない。
穴沢俊光は苦しみの声を漏らしながら政宗をジッと見つめている。
「阿呆が」
ひと言そう吐き捨てると、政宗は刀を引き抜いた。
穴沢俊光の首からは鮮血が噴き出す。
何かを訴えようと口を動かすが声はもう出ない。
そして力尽きたのか、穴沢俊光はその場でドスッっと倒れ込んだ。
「おいお前、こやつの首とその父 穴沢俊恒の首を並べて門前に晒しておけ」
「え……」
「己の保身のため民を捨て逃げようとした愚か者は自刃してもらった、との御触も忘れるでないぞ」
「は、ははっ!」
指示を受けた伊達兵は、穴沢俊光の死体を担ぎ、本陣から退出した。
「良きご判断かと。これで少なくとも領民の心は蘆名から離れましょう」
「死人に口なし、とはよく言ったものじゃ。嘘であれ、真であれ、精々利用させてもらおう」
付いた血を払い、政宗が刀を鞘に戻すと、小十郎も同じく刀を鞘に仕舞った。
「……殿」
「何じゃ」
「〝反逆の意〟がお見えになったので?」
小十郎の言葉で、政宗は再度自身の右目に触れる。
既に流血は止まっている。しかし、政宗は何かを確認するよう布越しに右目を擦った。
「まだ痛みまするか? それとあまり擦っては……」
「フフ、心配するな。あまりに久しぶりすぎてのう」
「【竜ノ眼】。穴沢俊光の奥底に眠る〝闇〟を覗き込んだのですね」
「覗き込んだ。は、ちと言い方に悪意があるぞ。見破ったのじゃ」
「……ですな」
【竜ノ眼】とは政宗の右目の事を指している。
失った右目に竜の力が宿った……というわけではないが、政宗は小十郎に右目を抉られて以降、自分に向けられた敵意をより敏感に察知出来るようになった。
正確には閉じた右目が痛みだすと、相手の心の奥底が右目に映し出される。
これを政宗と小十郎は天より授かった【竜ノ眼】と呼んでいた。
そこに政宗は穴沢俊光の心の闇を見た。
伊達には一時的に従い、蘆名の準備が整い次第再び裏切るつもりだったのだ。
「あくまで現状では。殿のご配慮によっては心から従う道も残されていたのでは?」
「女を騙し討ちするような父親の子ぞ。そんなヤツを飼いならすより、新たな領主をこの地に置いた方が利口ぞ」
政宗の右目はあくまで現状、自分へ向けられている心の闇を見定める事しか出来ない。
それは政宗の行動や配慮よって塗り替える事もまた事実。悪意が忠誠に変われば右目も疼く事はない。
「それでは岩山城には誰を?」
「岩山城は砦として活用し、桧原の地に城を築く。そこにはそうじゃのう……、此度の功績を称え後藤信康を入れるとするか」
「城主となったばかりの鶴頭城から出ていただけるでしょうや?」
「単純に知行が増えるのじゃ、文句はなかろう。それでも不満そうなら愛に頼んで褒美を与えさせよう。奴は愛の作る着物を気に入っておったでのう。与えてやれば『家宝にします!』とでも言いそうじゃ」
「姫様がそんな面倒事受けるでしょうか……」
「嫌なら結構。今回の軍規違反を理由に今後はずっと城にいてもらう」
小十郎もこれには納得せざる得ない。あの愛姫が城でジッとしているなんて無理な話だからだ。
「かしこまりました。では、そのように諸々手配しておきます」
「うむ。頼む」
これにより、関柴合戦は終了となった。
原田宗時の敗走や元蘆名家臣 松本輔弘を討ち取るなど伊達敗北のイメージが世に拡散される事になるが、裏では穴沢父子を討ち取る勝利も納めていた。
この事実を大内家当主 大内定綱が知るのはもう少し先の事となる。




