伊達政宗2③
時は流れ、天正十三年(一五八五年)五月中旬。
蘆名家家臣 松本輔弘を調略した事で先に蘆名領を奪おうと考えた政宗だったが、送り込んだ伊達家家臣 原田宗時の采配ミスで逆に追い詰められる結果となり、作戦の変更を余儀なくされる事となる。
檜原の地に入った政宗は原田宗時を救うため、急遽家臣達を檜原の本陣へ呼びつけた。
「殿が動くなと申しておったのに勝手に動いて身動きがとれなくなるとは……。宗時に当主の器は早すぎましたかな」
そう愚痴をこぼすのは伊達家家臣の後藤信康という漢だ。
元は湯目家の次男坊だったが、跡取りがいない後藤家の養嗣子となり、今では後藤家当主として伊達家に忠誠を誓っている。
「ハハハ、ついこの間が初陣だった漢とは思えぬ発言よのう!」
その愚痴を笑い飛ばしたのは白石宗実という漢だ。
伊達家家臣 白石家当主であり、今回の戦にも後藤信康同等の兵力を持って参戦していた。
「し、白石殿……それを言われると拙者の立場が……」
「ハハハ、すまんすまん! しかし初陣が遅かったとはいえ、そなたはよう後藤家をまとめておられる。信家(後藤信家)殿も鼻が高いのではないか!」
「いえ、拙者はまだまだ義父に遠く及びませぬ」
「謙遜するでない。その若さで家臣達をまとめられるのはそなたの才能じゃ、自信を持ってよいぞ!」
「白石殿にそう言われると悪い気はしないですね。しかと心にとどめておきます」
後藤信康の年齢は現在二十九。初陣は天正十年の相馬家との戦、そう……政宗の初陣と同じ時期だったのだ。
その時の後藤信康の年齢は二十六。これは戦国史の中でも遅い部類である。
そんな後藤信康だったが、初陣では敵将を数名討ち取る活躍を見せた。
これにより後藤家に仕える家臣達の信頼を勝ち取り、お家は後藤信康を中心にさらに盤石となりつつあった。
だからこそ、後藤信康は原田宗時に苦言を呈した。
「同じ他家から養子となりお家を継いだ身。それ故、拙者は宗時を早々に当主にするのは反対だったのです」
宗時も後藤信康同様、山嶺家から原田家に養子として入り、原田家を継いでいる。
ただ、後藤信康と違うのは当主になるまでの期間である。
後藤信康の場合、養嗣子となってから義父である後藤信家に事のイロハを叩き込まれている。
しかし、宗時は違う。天正十年に起きた相馬家との戦で亡くなった叔父の原田宗政には跡取りがいなかったため、輝宗の命令で急遽原田家を継いでいる。
本来手本となる父の背中を見ずに跡取りとなったのが宗時だ。
宗時は自信満々の性格と根性で原田家をなんとか立て直した。
だが、それを自負するが故に己の力を過信しすぎてしまったのだ。
「何の話?」
後藤信康と白石宗実は声の方へ振り向いた。
そこには白銀の装束を纏った少女が立っていた。
「ごめーん、ちょっと遅れちゃった」
「姫様!」
本陣に遅れて入って来たのは愛姫だ。
その後ろからもうひとり、漢が入って来た。
「新田殿⁉」
「宗時が逃がしてくれたんだって」
「そ、そうでしたか……」
愛姫の後ろにいる新田義綱は原田隊と共にの蘆名攻めに加わっていたが、小松山城で籠城となる前に伊達領へ逃がされたという。
「原田殿は伊達領へ逃げろとしか申しておらんかったが、殿が檜原に入ったと聞き急ぎ援軍を願いに参った次第」
「そこでたまたま私の陣を見つけて飛び込んできたってわけ」
新田隊も関柴での戦でかなりの兵を失っており、愛姫の陣に飛び込んできた時には百を切っていた。
現在、愛姫の陣で負傷している兵達は治療中である。そこでこれから軍議があると伝えると、「儂も行く」と言ったので愛姫は新田義綱を同行させたのだ。
「よし、全員揃っておるのう」
奥の陣幕が開くと、最後に政宗が本陣に入って来た。
「と、殿! なにとぞ関柴の地にて籠城をしている原田殿に援軍を!」
「わかっておる。じゃが、今は落ち着け。それをこれから話し合うのじゃ」
「は、ははっ」
新田義綱の焦る気持ちは分かる。一刻も早く宗時を助けに行きたいのだろう。
だが、ここで焦った決断をしたところで宗時が助かるわけではない。
それは政宗も重々理解していた。
「まず先に問う。功を焦った宗時は小松山城で籠城していると聞いたが、それは真か?」
「はい。その通りにございます」
「何故止められなかった? そもそも正面から戦えるほどの戦力はなかったはず。それを知ってて何故宗時の馬鹿を止められなかったのだ?」
「そ、それは……」
新田義綱は松本輔弘の裏切りが蘆名家にバレていた事を政宗に話した。
「当主不在で家内は混乱していると思っていたが……」
「館もあっという間に囲まれてしまいました。おそらく随分前から松本殿は怪しまれていたのではないかと」
「じゃな。まぁそこまでは儂も想定外じゃった。じゃが……問題はその先よ」
政宗の眉が限界まで寄る。
新田義綱も何故政宗が怒っているのか、勿論重々承知していた。
「儂は岩山城を落とすまで動くな、と宗時に釘を指したつもりだったが?」
「さ、左様にござれば……」
「それならどうして動いた⁉ 後、この文は何じゃ!」
政宗は一枚の文を新田義綱の前に投げつけた。
それを見た新田義綱は顔を青くする。
「『殿、援軍はよ』それだけじゃ! こんなふざけた文は初めて見たわ!」
政宗は軍議用の長机を怒りに任せて殴りつける。
新田義綱もこれには同情せざる得ない。せめて手紙の内容を確認しておけば……、と後悔もする。
「落ち着いてください、殿。ここで新田殿を叱っても何も解決しないかと。それより誰を援軍に向かわせるかでは?」
「信康……。まぁそうじゃな」
間に後藤信康が入った事で本来の軍議の目的に入る。
「岩山城を落とす前に、先に穴沢俊恒のいる戸山城を速攻で攻略する必要がある。それにはかなりの兵数が必要じゃ」
「力攻めと⁉」
「ああ。よって後藤隊と白石隊は動かせない」
「そ、それでは殿本隊しか残っておられませんが……。まさか……殿自ら⁉」
「阿呆、大将の儂が動けるか」
「では、どなたが⁉」
「そこにおるではないか」
政宗が視線を送る場所にいたのは愛姫だった。
宗時の籠城する城に援軍として向かうのは愛姫隊である。これには本陣にいた誰もが驚いた。
「姫様を援軍に……と⁉」
「ああ、そうじゃ。異論なかろう」
これに異を唱える漢がいた。
後藤信康である。
「殿、それは危のうございます! 援軍であれば拙者の隊を向かわせてくだされ!」
「何故じゃ?」
「姫様をそんな危険な所には向かわすことなど出来ませぬ! 拙者を関柴の地に、殿の命を破った宗時には言いたい事がありますれば!」
後藤信康は愛姫の身を案じて異を唱えた。その心は政宗にも十分に伝わった。
とはいえ、政宗も考え無しに愛姫を選んだわけではない。それなりの理由があったのだ。
「信康、愛を案じてのお前の心意気嬉しく思うぞ。じゃが、愛をそこらの女子扱いするのはやめよ。それに儂は最適解を選んだつもりでもある」
「姫様が援軍に向かうが一番の最適解であると?」
「そうじゃ。この中で数は一番少ないものの、勢いが今一番あるのは愛の隊じゃ。中途半端に分けた隊よりもずっと戦力となる。敵もまさか儂がもう檜原に入ってるとは思ってなかろう。戸山城を攻めると同時に愛姫隊で城を囲んでいる蘆名隊の側面を突く」
「それが姫様を向かわせる理由なのですな」
「そうじゃ。これは死を恐れない愛姫隊にしか出来ん。やってくれるな?」
政宗もかつては後藤信康と同じだった。
だが、それを良い意味で裏切るのが愛姫である。それが続く中で、政宗は愛姫をお飾りではなく、ひとりの武将として見るように決めた。
勿論、正妻として極力危険な所には出したくない気持ちもある。
ただ、それ以上に愛姫という戦力は伊達家の中でも突出している。それだけに、中々懐にしまっておけないのも難しい悩みでもあった。
「仕方ないわねー、そこまで私に期待されてるんじゃ断れないじゃん! いいわ、私が行ってやろうじゃない!」
これも政宗の作戦である。
愛姫はどうも頼られるのが好きらしい。それも誰もが出来るような事ではなく、その願いの難易度が高ければ高い程彼女は燃える傾向にある。
単純かつ危なっかしい性格。とても女性とは思えない程に。
とはいえ、それが愛姫であり、それが愛姫の義でもあるのだ。
「これを持っていけ」
政宗は愛姫に一枚の書状を渡した。
「なにこれ?」
「宗時に会ったら渡せばよい」
「りょーかい。じゃあ行ってきまーす」
政宗から渡された書状を懐に仕舞うと、愛姫は本陣を去って行った。
それを追うように、慌てて新田義綱も本陣から出て行った。
「殿、兵站もすべて無事到着しました……って、何かありましたかな?」
愛姫達とすれ違うよう本陣に入って来たのは小十郎だ。
彼は先程まで政宗の指示で兵站などの搬入準備をしていたのだ。
「随分と上機嫌であられましたが」
「何がそんなに嬉しいのかさっぱりわからんが気にするな。それより小十郎、これより戸山城攻めの軍議を始める。お前も参加するのじゃ」
「はっ」
この後、小松山城で籠城している宗時と合流した愛姫は見事蘆名軍を撤退させる活躍をし、同時に政宗率いる伊達軍が戸山城を攻めた事により蘆名軍の穴沢俊光は本領に戻るしかなくなってしまった。
穴沢隊が撤退する事で戦力が低下してしまった蘆名軍。関柴の地にて伊達軍と川を挟んで睨み合いが続くが、小十郎の機転により元蘆名の松本領を諦め、山手の穴沢領を集中的に狙う計画に変更する。
本陣に戻るよう指示が出ていたが、愛姫隊は逃げる穴沢隊を追い、岩山城で穴沢俊恒を討つ大勝利をあげた。
勝手な事をした愛姫に苛立ちを憶えながらも、政宗は本陣に連れて来られた岩山城城主 穴沢俊光と対面する。




