伊達政宗2②
当主となってひと月が流れた。
伊達が相馬との戦で勝利し伊具郡を奪還した事で、政宗と小十郎は家臣達による陳状や充行状などの処理に追われていた。
「こちら丸森城の城代 黒木殿から。田畑の開墾をしたい故、銭を少しまわしていただけないか。との嘆願状にございます」
「丸森城は既に城の修繕費と人手をまわしておる。これ以上は自分で何とかせよと伝えよ。次」
「近くの村で野盗が夜に現れるそうです。村長がなんとか出来ないかと懇願状を持って参りました」
「何⁉ それはいかんのう。偵察隊を派遣すると伝えよ。次」
「下町でとある呉服店が評判のようです。『じゃんくでびる』というお店だそうで」
「じゃ……じゃんく……でび……? 何じゃそれは、異国語か?」
「さ、さぁ……。ただ、そこの店主は若い娘だそうで。こちらも可愛いと評判となっております」
「ほう可愛いか。なら今度暇が出来たら見に行ってやるかのう。次」
あれ、今のは報告する必要があったのか。そもそも誰からの報告なのだろうか。
と、考えた政宗だった。
「まっさむーねさーま! ここにいたのニャ、吾輩めちゃめちゃ探しましたの!」
「ね、猫御前様」
小さな身体をピョンピョンさせ、上機嫌でやって来たのは側妻の猫御前。
「あ……、小十郎様もいらっしゃったのですね……」
「何じゃ猫、儂に何か用か?」
猫御前は小十郎が苦手……というわけではない。
ただ、政宗を独り占め出来なかった事にちょっとだけガッカリしたのである。
「特別用……ってわけじゃないんですが、久しぶりにお話したかったニャーって」
「久しぶりって……、一昨日だって会った気がするが」
「二日前なら久しぶりに入ります! お忙しいのはわかりますが、もっと吾輩にかまってくだされ!」
猫御前とはこういう女だ。
小さくて、まるで猫のような女性であるが、それ以上にわがままというか、気ままな性格をしている。
本来、側妻とは正妻より目立たない立ち位置ではあるが、この猫御前に至っては例外である。
立場はわかっているものの、それに縛られたりはしない。自身の存在はしっかりとアピールする。
これについては、小十郎も猫御前に対し何度か注意をした。
が、肝心の政宗の傍に本来あるはずの女っ気がない。それ故、猫御前もグイグイと来やすいのだ。
「姫様……、いったいどこで何をしておられるのか……」
「ん? 小十郎様、何かおっしゃったかのう?」
いえ、独り言です。
と、小十郎は猫御前に返した。
ふーん、と呟きながら猫御前は政宗の周りに散らばっている書状を手に取った。
「ここにある物全部……政宗様宛なのですか?」
「全部ではないが、大概は儂じゃ。ここにあるのはもう見たが、まだあれだけ残っておる」
政宗が指差した所にあるのは、大量に積まれた書状の数々。
一度小十郎が中身を確認し、それを簡潔にまとめて政宗に伝え、承認か保留か……はたまた却下の判断をしている。
「他に誰宛があるのですか?」
「何枚か愛宛のが来ていたのう」
「……センパイ宛の?」
政宗は一本の巻物を猫御前に投げ渡した。
「……立花?」
スルスルと巻物を広げ中身を確認する猫御前。
顔は段々と引きつり、まだ読み終わっていないと思うところで巻物を元に戻した。
「ハハハ、儂等と同じ反応じゃな!」
「なんじゃこの甘酸っぱいというか、甘ったるいような文は……。この辺りに立花性を名乗る武士なんぞおったかのう」
「その文は奥羽から届いた物ではない。九州からじゃ」
「……九州? 何故そんな所から?」
政宗は猫御前に、愛姫が九州へ行っていた事を話した。
「センパイからも少しだけ聞いてはいましたが、そんな壮大な話だったとは驚きですじゃ……」
「儂もじゃ。まさか本当に九州を束ねる大名共と同盟を結んでくるとは思わなかったでの」
当時は無事に戻ってくるのか、と九州行きを許可した事を後悔した日もあった。
結果ダメで、結局観光程度にしかならなかった。と、なるのではないかと思う日もあった。
しかし、愛姫はやり遂げた。
当初の目的より事が大きくなってしまったが、結果伊達家は離れてはいるが大きな力を得たに等しい。
政宗と愛姫は着々と夢に近づきつつある。
「それにしても、センパイも中々の浮気者ですじゃ」
「……浮気者?」
「政宗様もご覧になったのでしょう。この文は恋文ですじゃ。しつこく『会いたい、会いたい』と書かれておる」
「…………」
「『またお風呂で洗いっこして、得意な按摩で気持ちよくしてあげる』とも書かれてもおった。これは九州の殿方とまぐわってきたという証拠! キャー、センパイは殿のいない所で何をしておったんじゃー!」
先程の文の内容を思い出し、妄想で顔を赤くする猫御前。
内心は愛姫が浮気をした、と思い喜んでいる。そうすれば猫御前自身の株が上がり、もっと政宗にかまってもらえると思ったからだ。
「猫御前様、文の最後を読んでおらぬので?」
「文の……最後?」
文の最後は差出人の名前が書かれている所だ。
猫御前はもう一度文を広げる。
「立花誾千代……、女みたいな名じゃな」
「女も何も、立花誾千代殿は女性でございますれば……」
「女――⁉」
もう一度甘ったるい文を読み返す猫御前。
確かに所々女性っぽさがあるような、ないような。
「姫様は、立花殿は少々『れずっ気』が強い女武者と申しておりました」
「何じゃ『れずっ気』とは?」
「さぁ……。拙者にも意味はわかりませぬが……女性が女性を好きになる、という意味かと拙者は捉えておりますが」
「なるほどのう。それだと男が男を好きになる男色と同じ――」
「猫御前様! それ以上はやめたほうが……」
これ以上は話が変な方向へ向かって行きそうだ。
そう思った小十郎は、猫御前に変な事を言わせまいと言葉を遮った。
当然だが、猫御前は小十郎の配慮に気付いていない。
一度は口を尖らせたが、何かを思いついたようで政宗の傍にスルスルと寄る。
「そういえば吾輩、政宗様に聞きたい事があったのですが」
「何じゃ?」
「政宗様は……どんな女性が好みなのじゃ?」
「――!」
政宗の判を押す手が止まった。
「ふむ。その話、拙者も聞いてみたいですぞ」
「小十郎……、お前まで何を言っておる……」
長い事政宗の傅役をやってきた小十郎でさえ政宗の好みの女性は聞いた事がなかった。
勿論、政宗にも好みはある。
ただ、この時代では好みの女性と結婚するというよりも政治的に結婚する事が多かったため、政宗も誰かに話す事もないし、小十郎もとやかく聞く事はしなかったのだ。
「くだらん! そんな事を話して何の得がある!」
「くだらない事はないのじゃ! 好みを知る事で吾輩はもっと政宗様に振り向いてもらえるように努力するのじゃ!」
「せんでいい! 儂は今忙しいんじゃ、お前等のくだらん質問に答える暇なんぞない!」
悪気はなかったのだが、政宗の言葉のは棘がありすぎた。
辛辣な態度に、猫御前の目には涙が溢れてくる。
「ご、ごめんなさい……。吾輩……政宗様にもっと振り向いて欲しくて……、その……お仕事の邪魔をしたかったわけじゃなくて……グスッ」
「あー泣くな泣くな! 儂が今のは悪かった! 仕事の邪魔にならない程度だったら答えてやるで、それで勘弁してくれ!」
涙を袖で拭う一方、猫御前の口元がニヤリと形を変える。
袖を顔から外すと猫御前は何事もなかったかのような笑顔を見せた。
噓泣き……である。
これを近くで見ていた小十郎は猫御前の隠れた恐ろしさを知る事になった。
「吾輩も政宗様のお仕事の邪魔はしたくないのじゃ。そこで考えたのですが、吾輩の簡単な質問に一言答えていただければ良い。それでどうでしょう?」
「機嫌が戻るの早いのう。そこは誰かさんと違って高評価じゃ」
「やったあ!」
政宗から高評価もらったことで笑顔になる猫御前。
ちなみに、誰かさんとは愛姫の事だろう。
「では、ひとつめ。政宗様はどんな性格の女性が好みですじゃ?」
「性格のう……」
少しだけ考えた素振りを見せる政宗だったが、意外にも返答は早かった。
「黙って儂に付いて来る。そんな寛容な性格であれば文句はないわ」
「ニャハハ。吾輩も政宗様の望む所にだったらどこにでも付いて参りますのじゃ!」
これは想定内の反応だったらしい。
猫御前は喜んではいるが、先程の褒められたほどではない。
「じゃあ、ふたつめ。身体は……どんな体型が好みですじゃ?」
「そりゃあお前……包容力のありそうな身体が良いじゃろ。正直、細すぎる奴はあまり好かん」
この質問には大喜びの猫御前。
座りながらも身体を上下に揺らし、喜びを身体で表現している。
愛姫と猫御前。どちらが包容力のありそうな身体と聞かれたら、ほとんどの人は猫御前と答えるだろう。
身体に反比例するかのような大きな胸。人によっては下品と捉える者もいるが、彼女にとってその胸部こそが自身の最大のアピールポイントでもあった。
「最後、みっつめは……」
と言ったところで、猫御前は少し顔を赤くしながら政宗の耳元で呟いた。
これには政宗も再び判を押す手を止めた。
「猫御前様、何を聞かれたので?」
小十郎の問いに、猫御前は横目で笑みを送るだけで答えようとはしなかった。
ただ、その表情には笑みにプラスして自信が溢れているようにも見える。
「どうです政宗様? 答えはふたつしかないのですが……」
少し揶揄うように、ニヤニヤと小悪魔のような笑みで政宗に問う猫御前。
そんな態度な猫御前に答えるように、政宗は手に持っていた判を床に置いた。
「愛じゃ」
政宗は、そう愛姫の名を呼んだ。
「え?」
「その答えには愛としか答えられん」
政宗の返答に、猫御前から笑みが消えた。
猫御前が政宗にどんな事を聞いたのかはわからないが、政宗はその答えに愛姫とハッキリ答えた。
「それは吾輩が……側妻だからですか?」
今度は小十郎にも聞こえる声で政宗に問いかける。
……そんな時だ。
「ここにいらっしゃったのですか……」
「ニャ⁉」
ビクリと猫御前の身体が震える。
後ろに立っていたのは猫御前の侍女である猪。その目は鋭く、冷たい視線を猫御前に送っていた。
「殿はお仕事中ですとあれほど申しましたのに」
「い……猪……、どうしてここに……?」
「どうしてだと思いますか?」
眼光の鋭さが一層増す。
猫御前は自室で教養中だったが、猪に「外の空気を吸って来る」と言い部屋を出てから戻らなかった。
要は政宗に会いたくて教養を途中でサボったのだ。
「殿、お仕事中申し訳ありませんでした。猫御前様はこちらでお預かり致します」
「お、おう。気にするな」
猪に無理矢理立たされ、部屋から出ようとする猫御前だったが、クルリと政宗の方へ振り向いた。
「政宗様、さっきの答えは今度聞かせてくださいませ」
そう言い残すと、猫御前は侍女の猪と一緒に部屋から出て行った。
「まったく……何をしに来たんじゃか。なぁ小十郎」
と、小十郎に問いかけるが、小十郎は何やら紙にスラスラと書き残している。
「……何をしておる?」
「いえ、先程の内容は姫様にも伝えないと不公平かと思いまして」
「伝えんでいい!」
結果、愛姫に政宗の好みが伝わる事はなかった。




