サブストーリー 伊達政宗2①
「儂が奥州探題伊達家十七代目当主・伊達藤次郎政宗である‼」
勇ましい、若竜の声が部屋中に轟いた。
時は天正十二年(一五八四年) 十月。
この日をもって政宗は伊達家十七代目当主となった。
この時の齢は若干十六。突然の不幸で当主不在となり、流れで当主になってしまった……という事例を入れないのであれば、この歳でお家の当主となるのには若い年齢だった。
あの織田信長でさえ家督を継ぎ、当主となったのが十八歳の時と考えれば政宗がいかに早く家督を相続したかがわかる。
それに織田信長の場合、家督を継いだその年に父を失くしているという理由がある。
そのため、齢も四十代であり、まだまだ元気な父を持った上で家督を継いだ政宗がいかに異常であるかがわかるだろう。
ひとつ釘をさしておくならば、これは決して政宗による策略ではない……という事だ。
政宗も数ヶ月前、父である輝宗にこの話を聞かされた時は真っ先に拒否している。
俺はまだまだ子供です。
死ぬ間際ならまだしも、元気な父上が当主を降りるのはおかしいし、それ以前に家臣達が納得しないでしょ。と。
当時、この席にいたのは政宗と片倉小十郎。
そして、輝宗とその宿老である遠藤基信の四人で家督継承の密談が行われた。
当然、最初は半信半疑……いや、何かの冗談かと思っていた。
酔った勢いで自分達を驚かせようとしているのだ、そう思っていた。
ただ、そんな空気ではなかった。
輝宗の真剣な顔に、政宗と小十郎は彼が本気で話しているのだと確信したのだ。
「聞いてもよろしいでしょうか……」
恐る恐る輝宗に聞いてみる。
「隠居後の儂の事か?」
「そんな訳ないでしょう……。何故この時期なのか。相馬とのいざこざも落ち着いたとはいえ、あまりにも早すぎる。俺はもっと父上の背中を見て勉強したいのですぞ」
「……ふむ。勉強のう……」
輝宗は足元に置かれた酒を取ると、味わうわけでもなく、喉の渇きを潤すかのよう一気に流し込んだ。
「ふぅ……。儂の背中には何が書かれておる?」
微笑を作りながら、輝宗は政宗にそう問いかける。
そういうわけではない。父の背中を見て勉強したい、というのはそういう意味ではない。
そういう意味ではないが、意図を理解したのか、政宗は父から学びたい事を口に出した。
内政、商い、開墾、法度の制定。そして戦術。
語らせればまだまだ足りない。輝宗は政宗の口が止まるまで、彼の言葉を聞き続けた。
「……以上か?」
「え……、まぁ……そうです」
試されているのか。
政宗も最初はそう思った。
とはいえ、深く考えるのは苦手である。この手の仕事はいつも小十郎に任せている。
しかし、小十郎が隣にいるとはいえ、この場では聞きにくい。
政宗は覚悟を決めて、輝宗の問いに真正面から答えたのだ。
「なら問題ないな」
輝宗は首を縦に振り、「うんうん」と頷いた。
これには政宗と小十郎は頭にハテナマークを浮かべながら目を見合わせた。
「問題ない……とは?」
「そんなもの家督を譲った後に好きなだけ学ぶがいい。そういう事じゃ」
「い、いや、問題だらけですぞ!」
「政などの心配をしているのなら安心せい。父がしっかり後ろで見ててやるでな。それにお前には小十郎がおる。小十郎はここにおる基信から家宰のイロハを叩き込まれた目付の将。お前達ふたりが協力すればきっと伊達家をまとめられるはずじゃ」
「こ、小十郎と……」
政宗は隣にいる小十郎を見る。
ある程度覚悟はしていたような顔つきではあるが、その顔にはまだまだ不安が残っている様子だ。小十郎もまさかこのタイミングでこの話が来ると思ってもみなかったのだ。
「で、ですが……自信がありませぬ……」
「若……」
政宗は珍しく弱音を吐いた。
いつも強気で、自分を竜に例え、いつかは天下を取ると大事をかます異端児のような漢が弱音を吐いた。
これに小十郎は政宗の心情を察した。
政宗は幼い頃に目の病を患ってから一度どん底を経験している。それは右目が見えなくなったという絶望に加え、それを見た家臣達からは次期当主に相応しくない思われていたからだ。
更に、トドメとなったのが母親である義姫からの寵愛を受けられなくなった事。
片目が見えなくなった政宗を義姫は避けるようになってしまった。自分がお腹を痛めてでも産んだ子なのにも関わらず……だ。
それどころか、その寵愛は次男である小次郎に向かってしまった。
政宗は幼少期に片目だけではなく、味方からの信頼や希望も失っていたのだ。
それを立て直したのが、同時に傅役となった片倉小十郎を始め、その姉の喜多、学問の師である虎哉宗乙和尚、そして父である輝宗とその周りにいる家臣達。
政宗を絶望という暗闇から連れ出すと、伊達家の次期当主として立派に育てあげたのだ。
それ以降、政宗は弱さを絶対に見せないよう仮面を被るようにした。
これはお面という意味ではなく、心の仮面。
強く動じない、そして勇ましく。
自身は竜である、と心に言い聞かせ、憧れの漢であった織田信長を彷彿させる振る舞いを演じてきたのだ。
そのような漢が父を前に仮面を脱いだ。
本来、伊達政宗とはこういう漢なのだ。普段は強がっているが、心の奥底ではビビりまくっている小心者なのだ。
「なら問うが、その自信とやらは儂が死ねばつくのか?」
この言葉に、政宗は心底驚いた。
父親が死ぬ。自分を暗闇から解き放ってくれた、常に厳しく……そして優しかった父が死ぬ。
そんな事考えた事もなかったからだ。
「若様、いずれ当主を継ぐ日は来るのです。それならば殿が元気なうちに継がれるが伊達家にとって……何より若様にとっても都合が良い事なのですぞ」
「基信……」
遠藤基信も輝宗と同じ考えである。
それは同席している事から察してはいたが、言い方から何やら事情があるようにも聞こえる。
「基信は知っておるようじゃな」
「ええ、実は……」
遠藤基信が政宗の問いに答えようとした時、輝宗がそれを止めた。
「よい基信、儂からふたりに伝える」
「はっ」
これは自分の口から説明するのが筋である。
と、輝宗は思っていた。
それだけ政宗に家督相続を急ぐ理由が複雑だったからだ。
輝宗は政宗と小十郎にその理由を話す。
「な、なんと⁉ 奥方様はまだ懲りずに……」
「母上め……。まだ小次郎を当主にする事を諦めておらんかったか」
身内の話だった。
義姫は次男である小次郎を当主にするため、伊達家の家臣達に小次郎に従う連判状をまわしていた。
だが、それは愛姫の手によって失敗に終わっている……はずだった。
それなのにも関わらず、義姫は裏で小次郎派を固めるために再び動いていたのだ。
「迂闊じゃった。お義は今後目立った行動をせんと思っておったが、調べを入れた結果……厄介な御方が一枚絡んでおった」
「厄介な……御方?」
「……最上義光」
「最上義光……、叔父御が……」
最上義光。伊達領から北、最上の地を統治している戦国大名。
かつて伊達に支配されていたが独立。そして、義姫はその最上義光の妹だった。
伊達の支配から抜け出した事でお互いにわだかまりはあったが、輝宗の正室に義姫が嫁いだ事で最上との関係は回復していた。
のだが、義姫が次男である小次郎を溺愛するあまり、その裏では最上義光が絡んでいるのではないかと家臣の中でもっぱらの噂となっていたのだ。
「あの叔父御が……信じられませぬ……」
「信じられないのは無理もない。お前と義光は昔から仲が良かったからのう」
幼少期に右目を病に侵され蔑まれてきた一方、最上義光は政宗を可愛がった人間のひとりであった。
右目が見えなくなろうと、蔑まれようと、最上義光にとって政宗は大事な甥っ子である。可愛くないわけがないのだ。
そのため、政宗も最上義光には懐いている。
今となっては最上領へ行く事はないが、手紙で近状を報告し合う程度は続けている。
寺で学んだ事。山でイノシシを狩った事。
小十郎に剣術で一本取った事。義姫と小次郎との関係の事。
愛姫と結婚する事。
そして、その愛姫が病にかかったと思ったら恐ろしい女となって復活した事。
直近なら、愛姫が相馬義胤と互角に戦い退けた事も手紙で報告した。
最上義光もそれについては「義(義姫)みたいな女でお前も大変だな」と冗談交じりで返事をした。
そんな手紙でやり取りする生き別れの兄弟みたいな関係だったのだが……。
政宗は少し心をえぐられたような感触を得る。
「若……」
「フン、心配は無用じゃ小十郎。いづれこのような時が訪れると覚悟はしておった」
「ですが……」
「大丈夫じゃ。それにこんな事でつまずくようでは愛から馬鹿にされるで。『男同士で文通とかキモー!』ってな」
「……フフ、左様ですな。姫様なら言いそうです」
クスリッ、と笑う小十郎。
指を指し、相手が誰であろうと上から目線で話す愛姫が政宗を小馬鹿にしているところを想像してしまったのだ。
「父上、話の続きを」
最初こそ驚いたが、最上義光が絡んでいると知っても政宗の表情は大きく変わらなかった。
むしろ、より覚悟が決まったような風貌ですらある。
これに輝宗と遠藤基信は笑みを浮かべた。
「よい顔じゃ政宗! そこで儂は考えたのよ! さっさと隠居し、お前に家督を譲ってしまおうとな!」
自身の腿をバチンッと叩き、まるで今閃いたかのよう豪快に話す。
「儂が隠居し、お前に家督を譲れば誰も手出しは出来ん! ……たとえそれが肉親であってもだ!」
「あの母上が従いますでしょうや?」
「お義の事は儂に任せておけ。儂と共に隠居屋敷で生活している内に家督を小次郎にしたい事なんぞ忘れるであろうぞ」
隠居屋敷で本格的な隠居するにはまだ早すぎる年齢だが、輝宗と一緒にいるのであれば安心である。
義姫には反対されると思うが、当主権限で小次郎を引き離せば尚脅威はなくなる。
まだまだ不安だらけだが、この機を逃しては伊達の分裂を再び招く恐れがある。
「お前は決してひとりではない。小十郎もおる。共に学んだ一門譜代もおる。そして、お前の傍には愛姫もおる。伊達を再び分断させてはならぬ、……やってくれるな?」
「ははっ!」
これにて伊達家十七代目当主が誕生した。
輝宗が若くして家督を譲った理由、それは嫡男である政宗を当主に置きたいという気持ちもあったが、なにより伊達が再び分断する事を恐れての事だった。
しかし、この判断が良くも悪くも自分の首を絞める結果になろうとは。
この時の輝宗には分からなかった。




