小手森城は深紅に染まる 後編⑯
「政宗――‼」
本陣に到着した私は、入り口の守兵達の制止を搔い潜り、奥で悠々と座っている政宗に飛びついた。
「お前ぇぇぇ‼」
軍議用の椅子が倒れ、陣幕が破れ、体勢を崩しても、私は政宗を離さなかった。
「その感じは終わったようじゃな」
「ええ、終わったわよ! アンタのせいでね‼」
馬乗りになり、政宗を咎める。
そんな私に、彼は冷ややかな左眼を返してくる。
「またその眼……。その眼が気に入らねーんだよ‼」
一発、二発。右、左。
私は馬乗りになった無抵抗な漢の顔面を殴り続けた。
頬は殴られた衝撃で紅く染まり、唇が切れてしまったのか血が流れ出ている。
それでも政宗は無抵抗を貫いた。
「……くか?」
「ハァハァ、……何て⁉」
「満足か、と聞いておる。満足したならとっと降りろ。馬乗りは布団の上だけで十分じゃ」
「上等じゃない……。だったら、その首がへし折れるまで殴ってやんよ!」
怒りに任せて右腕を振りかぶる。
その一瞬の隙に、政宗の右手が私の胸ぐらを掴んだ。
「このド阿呆がぁぁ――‼」
今までのが遊びだったかのように、私は右手一本で馬乗り状態から横に投げられた。
コイツ……こんなに力があったのか。
「やったわね!」
だったら、その首を蹴り飛ばしてやる。
そう思い政宗へ向かおうとした所、私は何者かに羽交い締めにされた。
「姫様、そこまでにしなされ!」
私の両肩を羽交い締めにしたのは小十郎だ。
「小十郎、放してよ! コイツは……コイツだけは許さない!」
「姫様が怒られるのはごもっとも! ですが、今一度落ち着いてくだされ!」
「落ち着けるわけないでしょ! 関係のない人達まで皆殺しにして……それがアンタ達のやりたかった事なの⁉」
「姫様……」
「見損なったわ! こんな強引なやり方で誰が従うと思ってんの! アンタの目指す天下ってのはこんな汚いやり方で手に入れるものだったの!」
口から次々と汚い言葉が出てくる。
だけど、私はそれを止められなかった。言わなきゃ気が済まなかったのだ。
すると、地面に尻をついていた政宗がゆっくりと立ち上がった。
「ああ、その通りじゃ。それに何の文句がある?」
この開き直ったかの回答は私を更に苛立たせた。
「テ、テメェ……もう一回言ってみなさいよ」
「何度でも言ってやる。小出森城に籠った者共を『全員撫で斬りにせよ』と命じたのは儂じゃ。それに何の文句がある?」
やっぱり……。城にいる人達を皆殺しにしろ、と命令したのは政宗だったんだ。
それについて「何の文句がある」だって? あるに決まってんでしょ!
「死んだ人に子供もいた! 赤ちゃんだっていた! もうまともに動けないおばあちゃんだっていた!」
「全員撫で斬りにせよ、と命じたんじゃ。当たり前じゃ」
「何が当たり前なのよ! 敵意の無い人達まで殺すのがアンタの趣味ってんなら、私がアンタをぶっ殺してやる!」
「城に籠った奴等は大内定綱の下に戻りたいと申しておった。それはいずれ儂等に牙を剥くという事じゃ。だったら先に叩いておくのが利口じゃろうが。お前はそんな事もわからんのか?」
「うるさい! そんな理屈通させない! 小十郎、アンタもいい加減放しなさいよ!」
これに対し、小十郎は首を横に振った。
コイツ等……。それなら私にも考えがある。
「だったら、私もアンタを強引にでもぶん殴ってやる!」
私は小十郎に拘束された状態で【纏雷ノ構】をとった。
これなら小十郎を引き離せる。そう思ったのだ。
しかし……。
「ウッ――⁉」
首辺りに重い衝撃が走った。
身体全身から力が抜け、ハッキリとしていた意識も段々と虚ろになってくる。
「姫様、お許しを」
「こ……こじゅうろう……何を……」
私は小十郎によって気絶させられてしまった。
これ以上の事は憶えていない。私はそのまま米沢城へ無理矢理運ばれてしまったのだ。
大内定綱を打ち破った小出森城の戦い。
無駄な犠牲を多く出し、深紅の血に染まった小出森城での戦い。
この戦いは私と政宗の間に大きな溝が出来るほどの、伊逹史において大きな転換期にもなるのだった。




