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小手森城は深紅に染まる 後編⑬

 次の日の朝になった。

 命令通り小出森城の西門を見張っていたのだが、真夜中の間閉ざされた城門が開く事はなかった。


 いや、正確には私達のせいで開門出来ないのだ。

 小出森城の中は城兵だけではない。人手不足などの解消や女子供を避難させるために領民を城内にも入れている。全員で逃げ出そうにも戦えない者を同時にとなれば難易度は地獄だろう。

 

 それもあってか、小出森城西門内部にある櫓には常に灯が灯っていた。

 おそらくは外の状況を随時監視していたのだろう。逃げられるタイミングがあれば開門して逃げる、そう考えていたに違いない。


 そして、遂に朝となった。

 いつの間にか櫓からも灯が消えている。流石に逃げるのは諦めたか。


「あっ! 姫様、門が……」


 喜多が小出森城の西門を指差した。

 日の出と共に、ギギギ……と音をたて、その隙間からひとりの漢が姿を現した。


「愛姫殿! おられるのでしょう!」


 私の名前を高々に叫ぶのは菊池顕綱だった。

 しかし、城から外に出て来たのは彼ひとりだ。周りには味方の兵を引き連れてはいない。


 突然現れた菊池顕綱を愛姫隊の兵士が囲む。

 あっという間に菊池顕綱は槍を突きつけられた状況で逃げ場を失ってしまう。


「愛姫殿と話がしたい! 会わせていただけるだろうか!」

「大将が敵将の前にノコノコと現れるとお思いか、菊池顕綱?」


 愛姫隊先鋒の槍隊の大将を務める左月が囲まれている菊池顕綱の前に出た。


「鬼庭良直……⁉ なるほど、愛姫隊が奇襲で崩れなかったのは【鬼左月】と呼ばれたアナタが同行していたからか」

「齢七十を超えた老将にその名は重いのう」


「何をおっしゃられる。戦場に立っているその姿はまこと鬼の名に相応しい姿でござるぞ!」

「買い被りすぎじゃ。その証拠に甲冑はもう着れぬ。今はただ、姫様を守るためだけの生霊みたいなもんじゃて」


「その歳になられてもこ謙遜なさるか。なら、その生霊に問おう。愛姫殿と最後の話がしたい、案内していただけるか?」


 左月は首を横に振った。


「駄目じゃ。其方上手く隠しているようじゃが、数多の戦場を駆け巡って来た儂にその手は通用せんぞ」

「……何の事に?」


「殺気……。何のために姫様と会おうとしているのか分からぬが、そんな殺気を放っている漢を姫様に会わせるわけがなかろう」


 左月は長年の経験から敵の殺気には敏感になっていた。それだけは七十歳を超えたとて衰えはしていないのだ。

 第十四代当主から続き輝宗、そして政宗と伊達家の中心で物事を見てきている。


 今でこそ隠居の身だが、四代に渡って仕えているその経験から、主に放つ殺気や嫌悪……その他負の感情を見極める達人となっていた。

 そのため、嫌な予感がした時点で自分が盾となり主を守る。それが鬼庭良直という漢であり、今となって【鬼左月】と呼ばれる由縁でもある。


「ハハハ、だからなのです」

「……何?」


 菊池顕綱は左月に看破されたのにも関わらず笑っている。

 その態度に左月は眉を寄せた。


「拙者は今、いつ死んでもおかしくない身。その恐怖を抑えるには殺気を保つしかないのです。見てくだされ、今でも恐怖で震えが止まらないのですよ」


 余裕そうな顔つきに反比例するように、菊池顕綱の手は確かにガクガクと震えている。

 脚もそうだ。ただし、根性で抑えているのか、その震えはよく確認しないと分からない程度のものだった。


「愛姫殿に勘違いされぬよう、その殺気を更に抑え込んでおるのです。正直、初陣より緊張しております」

「――!」


 頭を掻きながらはにかむその姿に、左月は緊張感をある程度緩めた。

 それは左月だからわかる事。菊池顕綱が嘘を言っていないとわかったからだ。


「本陣での件は姫様から聞いておる。しかし、我々がここに来たのは殿からの命。姫様に取り繕うとも――」

「爺、もういいよ。コイツ、私と話したいんでしょ」


 私は左月の肩をポンッと叩く。

 詳しい話は伝令から聞いている。喜多も一度は止めたが、同行する事でなんとか許可は取れたのだ。


「姫様⁉ それに喜多⁉ お前……姫様をここに連れて来てどうする!」

「『話が長くなりそうだからこっちから行こう』との事で。まぁ私達の姫様ですので……」


「ぐぅ……」


 来てしまったのは仕方がない。

 と思ったのか、左月はあっさりと道を開けた。そこには槍隊に囲まれた菊池顕綱がいた。


「話ってのは最後の命乞い?」

「まさか。それを許される若殿様とは思いませぬ」


「そうかもね」

「話とは政宗殿が申していた夢についてでござる」


 夢。

 天下統一の事かな。


「天下を目指すとは本気なのですか? 伊達家は名家なれど、未だ奥羽すら束ねられておらぬのです。そんな状況で織田家をほぼ吸収した羽柴に勝てるとお思いで?」

「物事を勝てる勝てない、出来る出来ないで判断するにはちょっと早いんじゃない? 伊達はまだ秀吉に喧嘩を売る土台すら完成してないからね」


「この小出森城攻めもその工程に過ぎませんでしたか……」

「当然。大内が終わったら次は畠山、そんで蘆名。私達に従わないなら喧嘩で黙らせるしかないでしょ」


「ハハ、喧嘩……ですか。とても愛と名の付く姫様のから発せられる言葉には思えませんな」

「よく言われる。特に後ろのおじいちゃんにはね」


 私の言葉遣いに一番敏感なのは左月である。

 一国の姫という立場を理解してくれ、と毎度毎度小五月蠅いが、今ではそれが日常にもなっている気がする。


「拙者も貴女のような主君に仕えたかった」

「……何、突然」


奥羽(ここ)は数十年の歴史の中で最も愚かな道を選んでしまった。争い事を抑えるために血縁関係を深め、過度な戦をご法度し、極力共存の道を望んだのです。ですが、結果はどうですか。織田信長という異端児が日ノ本を次々に制圧する一方、奥羽は何も変わらぬまま。対抗するわけでもない、我々は知らぬうちに牙を抜き取ったただの獣に成り下がっていたのですよ」


「天文の乱……、政宗のひいじぃ様とその子供のじぃ様が争って奥州が大混乱した戦い。その名残もあって血縁関係が多いのは教えてもらったけど、それが今では障害になってる」

「信長公が亡くなり、秀吉の時代になる。時代の転換期とは考え方の転換期でもあるのです。それなのに奥羽は未だ変わらぬ。互いを牽制し、気に入らなければ多少小突く程度。それこそが無駄な犠牲と時の無駄と何故分からぬか!」


 菊池顕綱の言葉に力が入る。

 それに動揺したのか、槍隊がもう一歩菊池顕綱に向かって槍を突き出した。


「しかし……ようやく貴女のような方が現れた! 奥羽……そして奥州も束ね、天下に抗う若武者が!」

「アンタも同じ気持ちだった?」


「ええ。拙者も武士です。夢でも良い、殿のお傍でその景色を眺めたかった……」

「何諦めてんのよ。じゃあまだ遅くはない、降伏して伊達の傘下になりなさい!」


 私は無意識に腕を菊池顕綱に伸ばしていた。

 しかし、彼は笑顔で首を横に振った。


「お心遣い感謝致す、ですがその手は取れませぬ」

「何で⁉ 政宗が気に入らないの⁉ それだったら私が面倒見るから!」


 そんなお金も無いくせに、私は強気な言葉を吐いてしまう。

 だけど、大内に同じ志を持つ漢がいる。それを見捨てるのは私の義に反する。


「拙者の主君は生涯で大内定綱様ただひとり! その御方が従わないと判断致したのであれば、拙者も従う限りに!」

「なにそれ……、そんなの……そんなのバカじゃん……」


 私は伸ばした腕を降ろした。

 だけど、何故か後悔はない。それはこの漢に、この漢の義を見たからだ。


 一度仕えた漢に死ぬまで仕える。カッコイイじゃないか。

 それが私にとって邪魔であっても、この漢の義は決して嫌いにはなれない。


「そっか……、それがアンタの義なんだね」


 菊池顕綱は笑顔で頷いた。

 その場限りの強がりではない、嘘偽りではない真剣な眼差しで私を見つめる。


「アンタ達、ソイツから離れな!」


 私は菊池顕綱を囲む槍兵に囲いを解くように指示を出した。

 流石のこれには左月が反応する。


「姫様!」

「爺、アンタも武士ならわかるでしょ。コイツは今、転換期を迎えてる。ならそれに答えてあげるのが武士ってもんでしょうが!」


 それ以上、左月は何も言わなかった。

 ため息を漏らしながらも、私の指示通り囲いの兵を解いた。


「それが姫様の義であられるなら、姫様をお守りするのが儂の義。危なくなったら容赦なく助太刀致します故」

「ありがとう、爺。好きにして」


「はい。好きに致す」


 左月と槍隊は後方まで下がる。

 その場には私と菊池顕綱。一対一の場が設けられた。


 菊池顕綱も空気を察し、腰に付けた刀を抜く。

 その顔は覚悟を決めた顔、既に戦人の顔つきである。


「ご配慮感謝致します! ただし、後悔なさらぬよう!」

「後悔……ねぇ。それは数分後の自分に言うのね。何てヤツに俺は喧嘩を売ってしまったんだ、ってね!」


 私の声が合図となったのか、私達は同時に大地を蹴った。

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