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小手森城は深紅に染まる 後編⑫

「に、逃げた……じゃと……」


 菊池顕綱はコクリと首を縦に振る。

 

 逃げた。

 逃げたのだ。


 大内定綱とそれに従う家臣達は昨日夜のうちに秘密の通路から既に小出森城を脱出していたのだ。

 城に籠る城兵と領民を見捨てて……。


「通りで小出森城からの反撃がなかったわけです。では、今回の開城の申し出は大内定綱が事前に用意したもので?」


 小十郎の質問に菊池顕綱は首を横に振った。


「開城の申し出は拙者と拙者に従う数名の家臣で決めた事です。殿からは『出来るだけ時間を稼げ』としか」

「大内定綱……そこまでして己は生きたいか」


 小十郎も怒りを隠しきれない。

 当然だ、私も腹立たしい。そんな奴が皆のリーダーをやっていたなんて信じられない。


 だけど、ひとつ引っかかる事がある。

 じゃあ何故そんな酷い状況なのに、菊池顕綱は開城するが降伏はしないと言っているのだろう。


 ……まさか。

 いや、そんな事ありえない。


 そんなの、そんなのってないよ。

 だって裏切られたんだよ。盾にされて、いいように使われてたんだよ。恨んで当然なんだよ。


 ……そう思いたかった。


「身勝手な願いである事を承知で申し上げます。拙者を含め、城内にいるすべての兵を当家の居城である小浜城へ行く事をお許しいただけないでしょうや?」


 菊池顕綱の言葉は本陣にいるほとんどの人間を凍りつかせた。

 私もそのひとりである。彼の口から聞きたくなかった言葉だ。


 菊池顕綱は今何を思ってその言葉を口にしているのだろうか。

 降伏はしない。それだけなら分かる。


 だけど、逃げた大内定綱の元に……裏切られた領主の元に戻りたいだなんて……。


「大内定綱はお前達を盾にして逃げたのじゃぞ。それでも奴のいる小浜城に戻りたいと申すか?」

「はい。ここまで来たら大内家は滅亡するしかないでしょう。ですが、許されるのであれば……死に場所だけは選ばせていただきたいのです」


 ……わからない。

 私にはこの漢の言っている意味がわからない。


 そんな扱いをされても、道具のような扱いをされても、大内定綱とはそれほど魅力的な漢なのだろうか。

 考えれば考えるほど、私にはこの漢の言っている事がわからない。

 

 そう思うと、失望を通り越して吐き気がする。


「いいんじゃねー、行かせてやれば?」


 頭の後ろに両手をまわし、そう政宗に進言したのは成実だった。


「伊達に下る気はないんだろ? どうせ死ぬんだ、だったら最後ぐらい好きにさせたらいいんじゃね?」

「武士の情け……ってか。まぁどっちにしろ俺達の勝ちなんだし、それもアリっちゃアリだわな」


 成実の肩を持つように宗時もその意見に乗る。

 武士の情け……か。たしかに宗時の言う通りだ。


 私達の下に来ないのであれば、最後は戦って散りたいという事なのだろう。

 漢らしいではないか。彼らがそれを望んでいるのであれば、それを叶えてあげるもこの世の仕来りなのだろう。……辛いけどね。


「……私もふたりに賛成」

「愛……」


コイツ(菊池顕綱)の言ってる事全然理解出来ないけど、最後ぐらい武士らしく死にたいって事でしょ。少なくともここに残っている領民は安心するだろうし、無駄に死人が出ないならそれに越したことないと思う」


 無駄な斬り合いは領民を不安にさせるだけだ。

 領土を奪った後の事を考えたらそっちのほうが絶対に統治しやすいだろう。


 私はそう考えているのだが……。

 意見が違うのか、政宗は顔をしかめた。


「愛ひとつ聞きたいのだが、お前儂との約束を憶えておるか?」

「約束?」


「日ノ本を統一し、伊達を天下に導く。お前は儂とそう約束したな」

「うん。天下統一は私のやりたかった事、叶えるならお世話になってる伊達の皆と叶えたい。……それがどうかした?」


「……フン、憶えておるのであればよいわ。まぁ既に片脚を突っ込んだお前に逃げ道なんて無いがのう」


 そう言うと、政宗は視線を菊池顕綱に戻した。

 何言ってんだコイツ。しかも、またあの顔だ。私コイツに何かしたっけ?


「菊池顕綱、開城の使者の役ご苦労であった」

「ははっ! では⁉」


「ああ。小出森城を開城し、城に残る大内兵と領民が小浜城へ戻る件じゃが……」


 ようやく小出森城制圧完了か。もっと早く終わると思ってたけど、案外時間かかっちゃったな。

 それよりこのまま小浜城を攻めるのだろうか。いや、攻めるよねぇ。


 それだったら今日ぐらいはお城でゆっくりと休みたい。野宿は背中が痛くなるし、虫も出るから嫌なんだよね。

 小出森城ってお風呂あるかなぁ。きっとあるよね。あー数日ぶりのお風呂、ゆっくり浸かりたーい。あと、風呂上りには喜多にマッサージしてもらおう。


「駄目じゃ。城内にいるすべての兵と領民を小浜城へ向かわす事は許さぬ」

「……え?」


 この後の予定を見事に砕かれた瞬間だった。

 そんな事より、ダメ……なの? 何で⁉


「政宗様、城は開城致します! 勿論、武具や兵糧もすべて置いていきます! それでも許可出来ぬと申しまするか⁉」

「ああ、出来んな。そもそも、何故儂が敗者の願いを聞かなければならん? 違うか?」


「そ、それは……」

「開城は当たり前じゃ。大内定綱がいない城なんぞハリボテも同然、次の総攻めで簡単に落ちるのは目に見えておる」


「では、政宗様は何を望まれまするか?」

「簡単な事。小出森城の開城および城内の大内兵、その領民すべての降伏。それで皆の命は助けてやろう」


 ちょっと厳しすぎない?

 いくら大内定綱がクソ野郎だからって、それに付いていきたいって言ってるなら好きにさせれば良いじゃん。血も涙もないヤツだなぁ。


「いやいや、別に戻りたいなら行かせてあげれば良いじゃん。少しぐらい太っ腹なところを見せてもバチは当たらないよ」

「愛には関係ない事じゃ。少し黙っておれ」


「……何よ、その言い方。前々から思ってたけど、最近アンタ私にキツイ時ない⁉ 言いたい事があるならハッキリ――」

「お前は黙っておれ‼」


 政宗の一喝に身体が硬直する。

 あれ……私、今怒られた? 政宗に……怒られた?


「二度は言わん。菊池顕綱、ここでお主が決めよ」

「……降伏には応じられません、と仮に答えたらどうなりまするか?」


「儂は【禁忌(きんき)】を犯してでも小出森城を制圧するぞ」


 禁忌。

 その言葉を聞き、本陣にいる私以外の全員がビクリッと反応した。


「ほ、本気……なのですか……?」

「先ほども申したが、儂の夢は天下を手に入れる事よ。そのためなら禁忌を犯す事に躊躇はせん。それに……」


「それに……?」

「これは先祖から続いている奥羽における悪しき誓約。それを踏みつぶす覚悟がなければ天下統一なんぞ夢のまた夢じゃと儂は思っておる」


「――!」


 禁忌……。

 それに悪しき誓約……。

 

 いったい何の事なのだろうか。

 ただ分かるのは、皆が異様に驚いている事。それだけ政宗が言った禁忌とか悪しき誓約の内容が恐ろしいモノという事がわかる。


 成実が、綱元が、他の家臣達が政宗に「本気なのか⁉」と交互に尋ねているが、それに対して政宗は沈黙を貫いている。

 小十郎は他のエフフォーと違いだんまりだ。多分、彼は知っていたのだろう。政宗の行おうとしている禁忌について。


「フフッ……」


 家臣達に責めたてられている政宗を前に、吹っ切れたような笑顔で菊池顕綱は立ち上がった。


「戻るか?」

「はい。拙者の仕役目は終わりましたから」


「気持ちは変わらんか……」

「ええ。窮地になり逃げだした情けない当主といえど、長年この地を守ってきた御方なのです。皆、感謝しておるのですよ」


「そうであったか……」


 菊池顕綱は頭下げ、後ろに振り返った。


「菊池顕綱」


 政宗は本陣から出ようとする菊池顕綱を呼び止める。


「すまない」


 謝罪の言葉……だった。

 その言葉に、菊池顕綱は再度ニコッと笑った。


「何を言っておられますか。伊達の当主様とあられる方が簡単に頭を下げてはなりませんぞ」

「頭は下げておらん。ただ「すまない」と言っただけじゃ」


「ハハハ、そうでしたな」


 再び、出口に向かって反転する菊池顕綱。

 数歩歩いたのち立ち止まると、首だけ回し顔を私の方に向けた。


「愛姫殿、では戦場で!」


 そう言い残すと、菊池顕綱は伊達本陣から去って行った。

 結局、禁忌やら悪しき誓約がわからないまま菊池顕綱はいなくなってしまった。


「愛」


 政宗が私の名前を呼ぶ。


「愛姫隊を引き連れ、すぐに菊池顕綱を追い、城門を封鎖しろ。松明の火は出来るだけ多く灯すのじゃ」

「はぁ? 向かえって……もう夜だよ! それに私さっき言ってた禁忌とか何の事か知らないんだけど!」


「帰ったら教えてやるで、早く行け。夜のうちに小出森城から逃げ出す奴がいるかもしれん。それと小出森城は合図があるまで絶対に攻めるなよ」

「ハイハイわかりました!行けばいいんでしょ、行けばさぁ!」


 私だけ知らないとかスゲー気に入らない。とはいえ、今は我慢するしかない。

 私は本陣を出ると、愛姫隊を引き連れ、日が完全に沈む前に小出森城へ向かうのだった。

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