小手森城は深紅に染まる 後編⑪
釣瓶撃ちが行われたその日の夕方、私達は再び政宗のいる本陣にやって来た。
十中八九、軍議の内容は明日の総攻めについてだろう。
鉄砲の雨……いや、鉄砲の嵐を浴びせたのにも関わらず小出森城は降伏しなかった。
あれだけ撃ち込まれる最中に降伏の使者を出すってのも無理があるが、戦場から見えるように白旗をあげる事ぐらいは出来たはずである。それをしなかったって事は、降参する気がなかったって事だ。
まだまだ反撃する余力を残している。と、捉える事も出来るが、城を見た感じそんな雰囲気ではない。
城を固める様子もないし、小出森城の兵士達は連戦の疲れと釣瓶撃ちよるストレスでグッタリとしている。
仮に逃げ出そうとしているなら、それも不可能だ。
小出森城は既に包囲され、夜には辺りをかがり火が灯り、巡回する伊達兵がアリ一匹通さない完璧な見張りを続けている。
それなのに……。
小出森城からは一向に降伏を申し出る使者が現れないのだ。
「殿、小十郎……本当に総攻めするのか?」
「何じゃ成実、お前不服か?」
「い……いや、不服ってわけじゃないんだけどさ……。もしかしたら、大内側も何か理由があって使者を送って来られないんじゃないかと」
「そんなもの大内定綱の独断でなんとでもなろう。それをしないという事は家臣一帯となって交戦する気なのか、はたまた家臣団をまとめきれないのか。どちらにせよ儂等は攻め滅ぼすまでよ」
「それだったら一度は降伏を要請する使者を送ろうぜ! なんならその役目は俺が――」
「くどいぞ! 儂は奴の裏切りを許してはおらんし、どちらにせよ陸奥大内家はここで滅ぼす! よいな!」
「ク……、そんなムキにならなくていいだろ!」
普段仲の良いふたり、政宗と成実が珍しく喧嘩をしている。
言い争っているのは会話の通り、一向に開城しない小出森城を総攻めするか、しないかで揉めている。
裏切った事に怒り心頭の政宗。
とはいえ、総攻めによる無駄な被害はだしたくない成実。
ふたりの気持ちは同じ方向を向いているはずなのに……、やり方ひとつ違うだけでここまで揉めるのは人間の不器用なところなのかもしれない。
「おーおー、面白れぇ事になってんじゃん」
私の隣にニヤニヤしながら原田宗時がやって来た。
「本陣に来てからずっとこれだよ、ってアンタ今までどこに行ってたの?」
「殿の命で薪割りしてたんだよ。蘆名での失態の罰だと……」
通りで微かにパコーンパコーンって薪割りの音が聞こえていたわけだ。
ていうか、薪割りやってた割に全然汗掻いてないじゃん。本当にやってたのかよ。
「あのふたりが言い争ってるなんて何年ぶりかな」
「私も初めて見た。やっぱり珍しいんだ?」
「珍しいっていうか……ガキだった頃は虎哉和尚の寺でよく喧嘩してたぜ。その都度、小十郎と綱元(鬼庭綱元)殿に抑えられてたけど」
「へー、確かアンタも和尚の寺で勉強してたんだっけ。その時アンタは何してたの?」
「俺は寺の柿の木に登って柿食ってたかな。勉強とかクソダリィじゃん」
「いや、勉強しなさいよ……」
だから宗時は周りに比べおつむが足りないのか、納得納得。
和尚も大変だったんだね……。
「つーか、何で殿と成実は揉めてんだ?」
私は宗時にふたりが揉めている理由を話した。
「ふーん」
「あら、あんまり意外ではなさそうって感じ?」
「ああ。あのふたりが喧嘩する時って大体そんな感じなんだよ。なんつーか結論は同じなんだけど、そこに辿り着くまでの過程が違うっていうかな。まぁ殿と違って、成実はわりと優しいところがあるからなぁ。心配するこたぁねーよ」
「ちゃっかり政宗はディスるのね」
「でぃ……? いやいや、殿を否定してるわけじゃねーよ! てゆーか、俺はどっちかといえば殿の考えの方が性に合ってるし!」
「ニヒヒッ、今は悪口言えない立場だしねぇ」
「ひ、姫ぇ……。か、勘弁してくれよぉ……」
私と宗時がそんな事を話していると、政宗と成実との間に小十郎が割って入った。
「殿、それに成実殿! いい加減にしなされ!」
小十郎の手によって引き離された政宗と成実。
成実は割って入られたのが気に入らなかったのか、小十郎の手を跳ねのけた。
「わかってるよ。殿の命は絶対……って言いたいんだろ?」
「……ご理解いただけますか」
「いただけるもなにも、俺は別に総攻めに反対なんかしてねーよ。殿の気持ちを確認したかっただけだ」
そう言い残し、成実はその場から去ろうとする。
「成実殿どこに行かれるつもりか⁉ これから軍議ですぞ!」
「そう焦りなさんなって。小便だよ、小便。殿と話してる時から漏れそうでさぁー」
いつもの陽気な感じに戻り、慌てながら本陣から去る成実。
静まり返る本陣。見守っていた宗時も頭をポリポリと掻きながら近くにあった椅子へ腰を下ろす。
「なっ? 大丈夫だったろ?」
宗時はドヤ顔を私に向ける。
何が「な?」だ。この空気の中よくそんな顔が出来るな、と思ってしまう。
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。さぁ姫様も腰を下ろしてください」
気を使った小十郎が政宗の隣に座るように私を促す。
それに従うように腰を下ろした――、その時だった。
「おい!」
本陣の入り口から慌てたようにひとりの漢が入って来る。
いや、戻って来た。と、言ったほうが正しいか。
先程用を足しに行ったはずの成実である。
「はやっ! 絶対手洗ってないじゃん!」
「ハハッ、確かにな」
険しい表情が続いていた政宗の顔に少しだけ笑顔が戻る。
よかったよかった。これで心置きなく作戦会議を始められそうだ。
「そんなのどーでもいいよ!」
よくねーよ。何言ってんだコイツ。
男同士でいる時ならまだしも、せめて私の前では洗ってきてほしい。
「てか、まだ出してねーし!」
「あっそうなんだ。じゃあ早く行ってきたら? 漏れそうなんでしょ?」
「これはそういう意味じゃなくて!」
「じゃあ何?」
「大内が! 大内から降伏の使者がやって来たんだ!」
その言葉に、座っていた全員が腰を上げた。
「な、何じゃと⁉」
政宗も驚いてる。
そりゃそうだ。あれだけ攻めておいて降伏しなかったのだ。このタイミングでの降伏は驚きである。
「参ったのは大内定綱か⁉」
「い、いや、それが……」
政宗が尋ねると成実は言葉を濁した。
この感じだと大内定綱ではないようだ。じゃあいったい誰が。
「それが……姫に会いたいって……」
「え? わ、私?」
――――――――――
「ご拝顔の機会をいただき感謝致します。拙者、陸奥大内家家臣・菊池顕綱と申す」
入って来た漢はそう名乗った。
見た感じ歳は三十後半から四十半ば程度。深紅の甲冑を着込んでいるため定かではないが、かなりガッシリとした身体をしている。大内家ではそれなりの武将として間違いない。
そんな漢が何をしに伊達の本陣に来たかというと、成実が言っていた通り降伏の使者としてやって来たのだ。
本来なら大内定綱本人が来るべきなのだろうが、今回は家臣である菊池顕綱を本陣に送って来た。
おそらく殺されるのを恐れたのだろう。ただし、その判断は正しいと思う。
大内定綱は政宗を裏切っているし、今の政宗の目の前に現れるのはタイミング的にも良くない。間違いなく首が飛ぶか、腰に隠してある拳銃で頭を打ち抜かれるだろう。
「あっその風貌は……もしや愛姫殿?」
辺りを見渡した菊池顕綱は私に向かってそう言った。
「えっ……うん。そうだけど……」
「お久しゅうございます。拙者の事は憶えていらっしゃいますか?」
この言い方だと菊池顕綱という漢は私と以前会った事があるらしい。
愛姫が政宗に嫁ぐ時だったか。政宗もそんな事を言っていたので会っているのは真実なのだろう。
だけど、今の私にはその記憶がない。
「ごめん、全然」
「ハハ、謝らないでください。無理もありません、拙者はただ大内領を通る愛姫殿の護衛とお世話をさせていただいただけですので」
少し残念そうだったが、菊池顕綱は笑いながら私の無礼な返事を受け入れてくれた。
「愛姫殿の名声は大内領にまで届いておりますよ。あの相馬家当主・相馬義胤と互角に戦い、蘆名領では岩山城を陥落させるご活躍。戦場では愛姫殿の事を『鬼姫』と呼ぶ者も多いそうで」
「そう、それよ。私の強さが広がったのは良いけど、その『鬼姫』ってのが気に入らないのよね。誰も使っていない二つ名だったらまだしも、既にその二つ名は使用済みなんだけど」
「鬼姫……ああ、確か輝宗殿の奥方様である義姫殿も鬼姫と呼ばれておりましたな。ハハハ、確かに被っておられる!」
「でしょ! だから二つ名を付けるなら他のヤツと被らない且つカッコイイ名前にしてほしいのよね! そーねー……自分で言うのはなんだけど『最凶最悪の闘姫』なんてどうかしら。ちなみに最凶最悪ってのは悪いヤツって意味じゃなくて敵からしたら最悪な相手って意味で――」
二つ名について語っている最中に地面を叩く音が会話を遮った。
音を鳴らしたのは政宗だ。顔にはうっすらと青筋が浮かび上がっており、その手には鞘に入った刀が握られている。音の発信源は刀を鞘ごと地面へ叩き付けた時に発したもののようだ。
「愛、お前の通り名の話なんざどうでもよいわ。あと、微妙にダサい」
「むぅ……」
「菊池顕綱……お主は愛と世間話をしにわざわざ儂の本陣へ参ったのか?」
すると、菊池顕綱は表情を変えた。
本陣に入って来た時と同様、その表情は真剣でありながらも不安が入り混じっている。
「いえ、愛姫殿を一目確認したかったのは拙者の勝手。本来の役目は大内方の使者として開城の申し出に参った次第」
「ふむ……。それは大内定綱とそれに従う家臣、城に残っておる城兵皆降伏すると捉えてよいのじゃな?」
二つ名をダサいと言われた事は心外だが、小出森城での戦いはこれにて終了のようだ。
今回はあまり出番がなかったけどまぁいいか。舎弟達にも武功を稼がせてやったし、領土も更に拡大出来た。めでたしめでたしである。
と、思ったのだが……菊池顕綱は政宗の問いに首を縦に振らなかった。
それどころか、首を横に振った。
「小出森城は開城致しまする。家臣を入れるなり廃城するなり好きにしてくだされ」
ん? どういう事?
降伏はしないけど城は開城する? 意味が分からない。
当然、私の疑問は私だけが思っている事ではない。
本陣いる皆が同じ事を考えていた。
「……? どういう事じゃ? 開城するという事は降伏するのであろう?」
「それについては――」
菊池顕綱は事の理由を淡々と政宗に話した。
目を疑った。その口から出た言葉はとても無責任であり、同時にひとりの漢に残酷な決断をさせるものだった。




