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小手森城は深紅に染まる 後編⑩

「皆無事のようじゃの」


 誰ひとり家臣が欠けていない事に、政宗は安堵の表情を見せた。

 が、すぐに彼の額に青筋が浮き始める。


「青木修理、前に!」


 ……大層ご立腹のようだ。

 それもそう。家臣がひとりも欠けなかったといえ、奇襲によって失った伊達兵はそれなりにいる。政宗はそれに対して怒っているのだ。


「は……ははっ」


 青木修理の顔は真っ青だ。


「貴様……儂を騙しおったな!」

「めめめ、めっそうもありません! 此度の蘆名と畠山の援軍は拙者も知らぬところでございますれば!」


「小出森城に引きつけるだけ引きつけ、援軍で挟み撃ちにするつもりだったのであろう! 小出森城の前線にカカシを用いていたのがいい例じゃ!」

「ちちち、違いまする! この前も申しましたが、小出森城は人手不足故――」


 青木修理による弁明が始まる。

 どうやらカカシ作戦は東側でも同様に使われていたらしい。通りで敵から戦意が全然感じられなかったわけだ。


 だけど、仮に青木修理によって嵌められたのだとしたら奇襲兵の数があまりにも中途半端だ。

 私達が畠山の大将・新城盛継を撤退させたからその後は早かったものの、いずれは押し返していたのかもしれない。


 それを示すように、小出森城から奇襲してくる兵も数百程度だったと聞く。

 青木修理が話す通り、小出森城には本当に兵士が少ないのではないだろうか。


 私をそれを含め小十郎に意見を求めた。


「拙者も姫様と同じ考えです。おそらく青木殿は本当に知らなかったのでしょう」


 小十郎は腰を上げると、政宗の側に寄った。


「殿、どうかお気を鎮めに。拙者も青木殿は本当に知らなかったのだと思っておりまする」

「何?」


「考えてもみなされ。青木殿の隊は奇襲隊に当家同様攻撃を受けており、死者も出ております。仮に裏切っていたとしたら、蘆名軍と共に本陣を攻めていたでしょう」

「…………」


「それと畠山一門である新城盛継と交戦した姫様達も妙な事を申しておりますれば」

「妙な事?」


 私は政宗に、新城盛継が「畠山も蘆名も一枚岩になれていない」と言っていた事を話した。


「どういう事じゃ?」

「私にもわかんない……。けど、多分畠山も内部分裂が起きてるんじゃないかな。蘆名も現状当主不在みたいなもんでしょ、だから大内を助ける派と助けない派で意見がまとまらないのかも」


 これはあくまで私の推測だ。

 だが、蘆名と畠山の士気の低さ。私からしたら、少なくとも畠山は本気で大内を助けたいと思っているようには見えなかった。


「ふむ。確かに愛の申す事も一理あるか」

「ここは黒脛巾組に調べさせるがよろしいかと。畠山も割れているとなれば殿の目指す奥州制覇へさらに一歩近づくかと」


「それもそうじゃ。よし……黒脛巾組、誰かおるか」


 政宗の呼び出しに上空から三人の影が現れた。

 黒脛巾組の頭領・世瀬(よせ)蔵人(くらんど)と柳原戸兵衛(とへい)、そしてずんだ。


「お呼びで?」

「蘆名と畠山に分裂の兆しありじゃ。黒脛巾組にその調査の任を与える」


「心得ました。部隊を分ける故、少々報告が遅くなりますがよろしいですか?」

「構わん。ただし、徹底的に調べ上げよ。付け入る隙は多ければ多いほど良い」


 御意、という返事と共に世瀬蔵人と柳原戸兵衛はその場から消え去ってしまった。


「姫、すみません……。また任務でしばらくお傍から離れる事になるッス……」


 黒い布で口元が隠れているが、ずんは寂しそうな顔をしている。


 最近のずんは忙しい。

 特にその変身技術は黒脛巾組の中でも突出しているらしく、お忍びによる侵入任務には必ず同行しているようだ。それだけ彼女が必要とされているという事。


 私はどちらかといえば嬉しい気持ちが勝っている。

 元々私専属の忍びだったのだが、黒脛巾組という組織からその腕を買われ、今ではほとんどの任務を共にしている。ずっと傍にいた時の事を考えたら忍びらしくなったとも言えよう。


 しかし、彼女の本質は【愛姫の忠実な忍び】である。ブレていないからこそ、ずんは私にそのような顔を見せてくれるのだ。

 だけど、いつまでも私の腰巾着ってわけにはいかないだろう。それはずんにとっても良くないと思う。


 だから、必要とされているのであれば、私はずんの背中を叩くつもりだ。

 彼女の力は私の傍に置いておくだけでは勿体ない。その力は必要とされている人達のために使うべき、と私は思っている。


「なーに言ってんのよ。ずんは必要とされてるんだから頑張ってきなさい、私の事は心配しなくていいから」

「で、でも……姫は最近名が通ったせいか敵も多いス。夜だって安心して寝られるかどうか……。布団だってすぐ蹴っちゃいますし、肌着も乱れておへそ出しちゃいますし……」


「お前は私のお母さんか……。あと、余計な事は言わなくてよろしい……」

 

 とはいえ、それがずんの仕事でありであり、愛姫の父である田村清顕からの最初で最後の任務なのだからしょうがない。


 誤解を招く恐れがあるため一応言っておくが、田村清顕は死んでいない。

 今でも本陣の中で私とずんのやりとりを微笑ましく見ている。


「お打よ、安心しなさい。姫様を守るは我等愛姫隊の務め。戦場だけではない、昼夜問わず姫様をお守りすのが愛姫隊の務めであるでな」

「左月殿……」


「そんなに心配なら儂が常に姫様のお傍にいよう。なーに儂は既に隠居の身じゃからな、割と暇なのよ」


 後ろからずんの肩をポンッと叩き、左月は彼女を安心させるためにそう言った。

 え……左月が常にいんの? 普通に嫌なんだけど……。


「……わかりました。左月殿、喜多殿、姫様の事よろしくお願いしまッス!」


 ずんはふたりに深々と頭を下げた。

 それをふたりは笑顔で頷く。


「じゃあ姫様、行ってきまっス!」

「うん! お土産も忘れないでね!」


「御意ッス!」


 一言元気に返事をすると、ずんもその場から一瞬で飛び去った。


「……愛、遊びではないんじゃぞ。主であるお前が気を引き締めてやらんとだな」

「ハイハイ、わかってるって。でも、ずんなら大丈夫。私の舎弟は凄いんだから!」


「…………」


 すると、政宗は少しだけ顔をしかめた。

 気に障る事でも言っただろうか。


「……まぁいい、儂等は明日に向けての軍議じゃ。小十郎、頼むぞ」

「ははっ。では皆様、こちらの絵図を」


 小十郎は小出森城を中心とした大きな地図を広げた。


「既にご存知の通り、我々は大内だけではなく、その援軍で参った蘆名・畠山軍とも交戦中です。ですが、皆様の奮闘が功を奏したようで、黒脛巾組の新たな報せでは援軍部隊が撤退を始めているようです」

「それってマジ⁉ 何でもう撤退しちゃうの⁉」


「西軍の奮闘で畠山軍に思ったより被害がでたのと、黒脛巾組が城へ続く地下の補給路を潰したのが大きかったのでしょう。ただ理由はどうであれ、蘆名・畠山軍は大内を見限った。小出森城を攻め落とす絶好の好機でございます」

「ヨーシ、城攻めは私達に任せなさい! 城で引きこもっている大内定綱をひっ捕らえて、ここに連れてくればいいんでしょ!」


「いえ、ここは籠城の気さえ起こさせぬよう伊達鉄砲隊による釣瓶(つるべ)撃ちを決行致します」


 つるべうち? 釣瓶撃ちって何だろう。

 私は後ろにいる左月へ釣瓶撃ちの意味を聞いた。


「釣瓶とは立て続けに物事を行うという事。小十郎の申す釣瓶撃ちとは小出森城に鉄砲の雨を浴びせる、という事ですな」


 うわぁぁ……エッグ。そこまでしなくても良いような気がするけど……。

 でも、それだけ政宗は裏切った大内定綱を怒ってるって事だよね。くわばらくわばら。


「もし小出森城が開城しなかたっらどうする?」


 成実が小十郎に問う。


「その時は総攻めに致す」

「降伏要請の使者を送らずにか?」


「裏切ったのは大内方。ここで我々から使者を送っては許す気があると言っているようなもの。本当に許して欲しいと思っているのであれば大内方から使者が参る」

「まっそれもそうか……」


「釣瓶撃ちは東西から挟み、法螺貝の合図で行っていただきたい。続いて各隊の配置ですが――」


 その後、小十郎による小出森城釣瓶撃ち作戦の説明が始まり、その日は終了した。

 

 そして次の日。

 東西に分けた伊達鉄砲隊の釣瓶撃ちが法螺貝を合図に小出森城へ放たれた。


 何時間撃ち続けたのだろう。

 私の耳の中には鉄砲の轟音と城を守る土壁や竹束が壊されていく音がまだ残っている。それだけ伊達軍による釣瓶撃ちは壮大なものだったのだ。


 しかし。

 それでもなお。


 小出森城から降伏の使者が現れることはなかったのだ。

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