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小手森城は深紅に染まる 後編⑨

 その異変は西側で戦っている後陣の私達の耳にも届いていた。

 二陣の兵士達も刀を抜き、槍を構え、弓を引く。


 狙っているのは正面の小出森城ではない。

 側面の(やぶ)林だ。


「えっなになに⁉ 何が起きてんの⁉」


 とめどなく聞こえる鬨の声と刃が重なる金属音。

 突然の事に愛姫隊の兵士達も困惑する。


「まずいッス!」


 ずんは私の前に焦った表情で現れる。


「ずん、どうしたの⁉」

「畠山軍ッス! アイツ等城周りの藪に隠れていて、二陣と後ろの愛姫隊が奇襲を受けてるス!」


「は、畠山⁉」


 既に合流している話は聞いていない。

 仮に合流しているのであれば偵察隊が発見しているはずなのだが……。


「昨日の大雨が原因スね。視界も悪かったですし、早朝は霧も出ていたので気付けなかったス。本当に申し訳ないス……」

「今はそんな事を話している場合じゃない。ずん、アンタは現れた奇襲隊が他にも隠れていないか探ってちょうだい」


「姫様はどうするスか⁉」

「私は後ろの奇襲隊を蹴散らす! まずはそれからよ!」


「……御意ッス!」


 承諾すると、お打はその場を黒い影となり去って行った。


「……姫様、どうやら合流する暇はないようです」


 背中に背負った薙刀を手に取った喜多がボソリと呟く。

 その刃の先には私達に突っ込む敵兵の姿があった。


 畠山の奇襲隊だ。


「見つけたぞ! あの白銀の装束を着た女が愛姫だ!」

「うおぉぉ、アイツの首は絶対に逃がすな! 見事持ち帰れば城持ちになれるぜ!」


 畠山軍が向かって来る。

 左月達とすぐに合流したいが、この畠山軍を野放しには出来ない。


 まぁいいか、ウォーミングアップには丁度良いかもね。


「姫様、ここは喜多にお任せを」


 指ポキをする私の前に喜多がでる。


「いや、いいよ。私がアイツ等を……」

「姫様は後詰めの大将です! ここは喜多にお任せください!」


「だって喜多が戦っちゃうと……」


 もう私の言葉は彼女に届いていない。

 喜多は薙刀を構えると、向かってくる敵兵に斬りかかった。


「ぐえぇぇぇ――‼」


 喜多の一閃は敵兵の腹を斜めに切り裂いた。


「この女っ!」


 もうひとりの敵兵が喜多の背中を狙うが、彼女は薙刀の末端部『石突(いしづき)』と呼ばれる部分を地面に叩き付け、身体を宙に舞い上げた。

 その姿は棒高跳びにソックリだ。


 ただ違うところといえば、彼女は上空でクルクル回転しながら、棒代わりに使った薙刀で敵兵の身体を真っ二つにしてしまった。


「ひ、ひぃぃ――」

「な、なんだこの女⁉ つ、強すぎる!」


 続いて、喜多は薙刀を片手でブンブンと振り回す。

 その凄まじい速度に、彼女の周りに空気が集まりだす。


「あっ……喜多の姐さん、それをここで使ったら――⁉」


 愛姫隊の兵士が何かを予感した。

 私はこの技を知っている。知っているが故に、私は愛姫隊の兵士の後ろに隠れた。


「はあぁぁぁ――!」


 喜多は真空を纏った状態で敵軍の塊に突っ込み、薙刀を地面に突き刺した。

 すると、纏っていた風が弾き跳び、同時に周りにいた人間を上空に打ち上げた。


「キャッ!」


 味方を盾にしていてもこの威力である。

 私はなんとか上空に打ち上げられなくて済んだが、盾となった男は見事に吹き飛んでしまった。


「あ……姉御……ひどい……」

「アハハ、ごめんごめん。でもおかげで助かったわ」


 涙ながらに訴えながら、盾となってくれた男はそのまま気絶してしまった。

 ちょっと悪い事をしてしまったか。起きたらもう一度謝っておこう。


「それにしても、相変わらず凄い威力ねぇ……。もう少し周りを確認してくれれば助かるんだけど……」


 喜多としても味方を巻き込むつもりはなかっただろうが、その技は思っている以上に範囲が広い。出来ればひとり囲まれている時に使ってほしいものだ。


「だらしねぇな」


 すると、敵兵の奥からひときわ目立った甲冑を着た漢が現れた。


「……誰です⁉」

「伊達の田舎侍は礼儀もなっていないようだな。名を知りたきゃ、まずは自分を名乗るんだな」


「……なら結構です。私は別にアナタの首が欲しいわけではありませんので」


 刃先を見せ、喜多は冷たい返事を甲冑漢に返した。


「いや、それじゃあ俺が困るんだよ。愛姫の護衛をする武者となればそれなりに名は通っておるはず」

「……はぁ、それではお先にどうぞ。武士の習いです、そっちから話すのであれば私もお答えしましょう」


「仕方ねぇな。俺の名は新城(あらき)盛継(もりつぐ)、二本松畠山一門の【期待の星】新城盛継とは俺の事よ!」


 俺の事よ、じゃない。知っている態で話されても困るんだが……。

 そういえば、昔にもいたなこんな奴。「〇〇高の△△とは俺の事だ!」って脅してくる奴がいたけど、通り名は立派なだけで実力は大した事ないんだよなぁ。


 喜多もどうでもよさそうな顔をしている。同じ事を思っていそうだ。


「はぁ……。期待の星殿……ですね、承知しました」

「そっちじゃねえ! 新城盛継の方だ!」


「失礼、新城盛継殿ですね」

「ホラッ俺は名乗ったんだ、次はお前の番だぞ」


 はぁ……、とダルそうに喜多が答える。


「私の名は片倉喜多。愛姫隊の片翼を任されており、伊達家重臣・鬼庭良直(よしなお)(左月)の娘です」

「な、何ぃ⁉ あの鬼庭の娘だと⁉」


 喜多の名を聞いただけで、敵将の新城盛継という漢は驚いている。

 いや、どちらかというと鬼庭の性を聞いて驚いている感じか。それだけ左月が名の通っている漢であるのがよくわかる。


「誰だかわからん腰巾着を倒してもと思っておったが、鬼庭の者なら話は別よ! 後ろにいる愛姫の首と一緒にお前の首も貰い受けてやるわ!」


 そう言い放つと、新城盛継は刀を抜き、喜多へ襲い掛かる。

 やはりそこらへんの雑魚とは違うようだ。刀を振るスピードやキレ、どれをとってもそこらへんの兵士より頭ひとつ抜けている。


「流石は一門の御方、甲冑を着込んでいながらこの動き……喜多は感服致します」

「ハハハ、いつまでそう余裕ぶっていられるかな!」


 確かに、新城盛継という漢は強い。

 だけど、それ以上に……。


「――ふんっ!」

「なっ⁉」


 一瞬の隙。喜多は振りかぶりに合わせ、掌底で新城盛継の胸を叩き、弾き飛ばした。これにより近かったお互いの間合いが一度リセットされる。


「得意な間合いだからといって油断していましたね。こう見えて私は【鬼庭槍術】の免許皆伝ですよ」

「ふん、何が槍術だ。ただの掌底ではないか」


 鬼庭槍術……確か左月が昔話していたっけ。

 話が長かったから半分うろ覚えだけど、確か間合いを重点においた槍術だとかなんとか。


「新城殿の間合いは完全に覚えました。もう二度とアナタは私に……必殺の間合いに近づく事は出来ません」

「何を偉そうに! やれるものならやってみるがいい!」


 新城盛継は間合いを詰めようと、再び喜多に斬りかかる。

 が、完全に動きを読み切っている喜多は間合いを詰めようとする新城盛継をカウンターの刃で近づけさせない。


「ぐおお……」


 何度近づいても一定の距離から素早い斬撃が新城盛継を襲う。

 肩・腰・膝の僅かな甲冑の隙間を狙った攻撃が新城盛継の動きを後退させる。


 まるで見えないバリアが喜多の周辺に展開されている感じ。

 一定の間合いに入った敵は無残にも慈悲の無い斬撃を浴びせられる。


「クソ……、防御だけは立派な槍術じゃ……」

「新城殿は何か勘違いされておられますね」


「……何?」

「鬼庭槍術は相手を得意な間合いに近づけない秘術。……ですが、同時に得意な間合いで一方的に攻める槍術でもあるのです」


 今まで足を止めていた喜多が新城盛継に向かって踏み込んだ。


「ぬおおぉぉ――⁉」


 詰められた分だけ新城盛継は喜多の間合いに近づく。

 当然、喜多に展開された防御センサーが反応する事で無慈悲な斬撃が新城盛継を襲った。


 攻めても。

 退いても。


 一方的に喜多の得意な間合いからは逃げられない。

 一度彼女のテリトリーに入った人間は無事では済まされない。


「ならばがら空きの背中はどうじゃ!」


 喜多の目の届く所がダメだと判断した新城盛継は背後に回り込み、刀を振り下ろした。


「無駄です」


 大きな音と共に、振り下ろした刀は弾かれる。

 さっきも説明した通り、喜多の周りには見えないバリアのようなものが展開されているのだ。


 勿論、それは前方百八十度などの中途半端なものではない。

 三百六十度。喜多を包み込むように、円状のバリアセンサーが展開されているのだ。


「ぐああぁぁ――‼」


 刀を弾かれ、隙だらけとなったところを反撃の刃が襲う。

 そのすべてを身体に受け切った新城盛継は上空に打ち上げられ、その場に背中から倒れ込んだ。


「鬼庭槍術【満月】。以後お見知りおきを」


 どこから攻めても三百六十度の絶対防御。

 こんな技をまだまだ持っていると思うと、味方とはいえ私の侍女でいてくれて良かったとつくづく思う。


 ただし……。


「喜多が戦っちゃうと、私の出番がないからなぁ……」

「このような漢に姫様のお手を煩わせる必要はございません。姫様は私達の大将なのですから」


「そんな事言ってー。適当に弱っちい奴だけ残しておけばいいや、って思ってんじゃないの?」


 ギクリッ、と一瞬身体を震わせ「そんなわけないじゃないですか」と弁明する喜多。

 これはあれだな。最近出番が少なかったから手柄を横取りしたパターンだな。


 確かに、喜多は大体近くにいるからほとんど私に手柄を持っていかれるもんね。

 私さえ守れれば十分なのかと思ったのだが、どうやら鬼庭の血が……武人の血が騒いでいるのかもしれない。


 それか政宗達から極力私に戦闘をさせないよう釘を指されたか。

 仮にそうだとしても、次からは喜多をもっと忙しくしてやれば済む話だ。私の護衛なんてしてる暇がない程度にね。


「⁉」


 そんな事を思っていると、喜多の後ろから人影が立ち上がった。


「フー……フー……」


 立ち上がったのは新城盛継だ。

 肩で息をしながら辛そうな表情を見せるが、あの喜多の技を真正面から受けていながらまだ立ち上がるなんて……。タフな奴だ。


「黙って寝ていれば助かったかもしれませんのに……」


 喜多は後ろを振り向くと、立ち上がった新城盛継に再度薙刀を構える。


「絶対に死ぬわけにはまいらんから立ち上がったのよ」

「何ですって?」


「撤退させてもらう。俺は期待の星だからな!」


 新城盛継が撤退の合図を出すと、畠山兵のひとりが法螺貝を鳴らした。


「逃がすとお思いですか!」

「逃がすさ。少なくともそちらのお姫様はそう思っているはずだ。俺は賢いからな」


 コイツ……。私達がさっさと反転して、爺達を助けに行きたい事を読んでいるのか。

 まぁここでコイツを追っても周りの畠山兵が邪魔するだろうし。ここは仕方ないか……。


「仕方ないわね。さっさと行きなさいよ」

「姫様⁉ ここであの漢を逃がしては――」


「さっきの法螺貝は後ろの連中にも聞こえたはず。今すぐ私達が反転すれば敵を押し返す事が出来るよ!」

「そ……それもそうですね。私としたことが……」


 私が追わないと決めたからか、新城盛継は刀を鞘に納めた。


「良い判断だ。俺もこんな戦で貴重な兵を失いたくないでな」

「こんな戦って……、アンタ同盟先を助けに来たんでしょ。正直、あっさり退くのはちょっと冷たいんじゃない?」


「同盟先……ね。お姫様がどう思ってるかなんて知らねぇけど、ウチ(畠山)も蘆名も一枚岩じゃねーんだよ」

「??」


 私の疑問に新城盛継が答えることはなかった。

 畠山兵に守られる形で、新城盛継はその場からすぐに立ち去ってしまったのだ。


 喜多も頭の上に同じく「?」を並べている。

 新城盛継の残した言葉が気にはなったが、私達はとりあえず愛姫隊の後方に合流するため部隊を反転させた。


 新城盛継の撤退は周りの畠山軍に動揺を与えた。

 左月と豚丸と合流した事で愛姫隊を奇襲してきた畠山兵を一掃、私達は部隊を左右に分け、他の奇襲隊の横っ腹を叩く。


 撤退の法螺貝と新城盛継が不在になった事で畠山軍の士気は大きく下がっていた。

 戦意を失った畠山兵は武器をその場に捨て、散り散りになるように藪や森の中に消えて行く。また、それを見かけた別の畠山兵も同様な動きを見せた。


 畠山軍の一時撤退である。

 私達伊達軍は奇襲を耐え、一時間足らずで畠山軍を追い返したのだ。


 それは同様に、東側の伊達軍を奇襲していた蘆名軍の耳にも入る事となる。

 畠山軍の撤退と伊達西軍が東軍に合流しようとしている事。仮に合流すれば蘆名の援軍はひとたまりもない。それを察知した蘆名軍は即座に伊達軍との交戦をやめ、畠山軍同様に一時撤退を始めるのだった。

 

 そして再び交戦し、両者にらみ合いが始まり、二日が経過する。

 政宗は作戦を変更するため、東西に分かれていた部隊を一時的に本陣へ戻すのだった。

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