小手森城は深紅に染まる 後編⑧
天正十三年(一五八五年) 八月二十四日。
私達は早朝に本陣を出発した。
小出森城を西と東から挟むように、西からは伊達先鋒衆が、東からは田村隊が布陣する形をとる。
それに対し、小出森城の布陣は同じく西と東に兵士を置いた守りの構えだ。竹束を何本も立て、伊達軍の鉄砲隊の攻撃に備えようとしているのが見てとれる。
それを確認した伊達軍と田村軍はゆっくりと合戦の間合いになるまで前進を始めた。
「姫様、我が隊も前進の指示を」
「…………」
だけど、何かがおかしい。
「姫様⁉」
「ああ、うん。愛姫隊前進!」
喜多の呼びかけに、私は自分の隊に指示を出す。
先頭は先鋒衆の頭である伊達成実隊。それを追うように小梁川、白石、原田隊が続き、最後尾に愛姫隊が続いた。
「姉御、先鋒衆の最後尾にされた事を拗ねてるのか? まぁ確かにそこは本来成実の旦那の位置じゃからなぁ」
「違うわよ。いやまぁ正確には違くもないんだけど、ちょっとね……」
「……?」
曖昧な返答しか出ない。
それは戦場の違和感に……、私の勘が何かを警告していた。
「ねぇ爺、私最初から守りをガッチリ固めている城を攻めるのって初めてなんだけど、普段からこんなもんなの?」
「こんなもんとはいかがの事に?」
「うーん、何て言ったらいいのかな……。その……気合が入ってないっていうか……」
「気合……でありますか?」
「気合っていうか、覇気……かな。あっちの兵達から城を守るって気迫が感じられないのよ」
攻め込んで来いと言っているように感じる。
まるで防衛が余裕であるかのように。
「こっちはトータルで八千、それ対してあっちは千ちょっとなんでしょ? 流石に諦めちゃったのかな?」
「それであればすぐにでも開城を申してこられよう。そうしないということは戦う事を決めたのですぞ、じゃが……」
左月はいったん間を置き、敵将について語った。
「大内定綱は頭のキレる将じゃ。それを分かっていた故、若も服従させたかった。その漢が城での決戦を挑んだ、きっと勝てる算段がついたのでしょう」
小出森城の守りにそれほど自信があるのか。とてもそのような大層な造りには見えないが……。
中途半端に拡幅されているためか、堀の数も少ない。石垣だってまだ完成していない。いわば建設途中の城……なのだ。
「あっ」
本陣から戦を開始する法螺貝が鳴った。
「ハハハハ、覚悟せよ大内の雑魚共よ! 生きて帰れたら我が名を後世まで語り続けるがいい! 『黒爪の成実』とは俺の事だぁぁ‼」
法螺貝の音と共に、先鋒隊の大将である成実隊が小出森城めがけ突撃した。
彼は他の漢達と違い、特徴的な武器を装備している。
刀でもない。
槍でもない。
鋭利な爪の付いた漆黒の籠手を両腕に装着している。
「オラァァ――!」
咆哮と同時に馬から勢いよく飛び降り、大内軍の盾となっている竹束を両腕で切り裂いた。
「う、うわっ⁉」
「オラッ、隠れてねーで戦おうや!」
竹束から姿を現したのは、ふたりの弓兵だ。
懐に入られたふたりの胸に成実の黒爪が突き刺さる。
「うげぇぇ――!」
あっという間にふたりを仕留め、その断末魔が前線にいる大内兵を震え上がらせる。
「こここ、コイツがあの『黒爪の成実』⁉」
「だ……駄目だ、コイツには勝てない! 俺は逃げるぞ!」
成実の容赦のない攻撃に、後ろにいた足軽達は武器を捨ててその場から逃げ出そうとする。
しかし……。
「逃がすわけねーだろ」
獣のような超脚力。
空中で逃げる足軽の頭をキャッチすると、そのまま地面にめり込ませた。
捕まってしまった足軽は衝撃で死んでしまったのかピクリとも動かない。
それを見た大内の足軽兵は恐怖から反射的に刀を抜く。
「そうそう、そうこなくっちゃなぁ!」
成実隊の圧倒的な制圧力は西門を攻める伊達軍の士気を大きく上げ、後ろで待機していた第二陣を動かした。
「成実隊だけに武功は稼がせねーぜ! 者共、俺様に続けぇー!」
二陣の原田隊、浜田隊も成実隊の側面から大内軍を攻めたてる。
「おりゃおりゃおりゃ――‼」
宗時の大太刀は相変わらず豪快だ。
一振りで五人以上の首を斬り飛ばし、守りで使用してる木盾も原型がわからなくなるほどに粉砕してしまった。
「敵が逃げるぞ! 追え、追って守りを固めさせるな!」
先陣と二陣はどんどんと戦況を有利にし、小出森城に近づいていく。
それを確認した第三陣と後陣の愛姫隊も兵を進める。
「……まだ何か思うところが?」
「……え?」
私の横を守る喜多が首をかしげる。
「先ほどから難しい顔をしておられます。どうなさいましたか?」
「……いや、その……、なんかあっけないなぁって思ってさ」
私の疑問はまだ続いていた。
敵の戦意の低さ。
それ故の脆い守り。
やる気がないなら挑むだけ無駄だって、それなら最初から逃げた方が良いのに。
それなのに大内兵は身を捨てるように戦場に出向いている矛盾が、私の頭から離れなかった。
「……誘われてる?」
順調な進軍が逆に不気味すぎる。
私は近くにいた兵士を呼んだ。
「爺と豚に部隊を展開させてでも周りを良く見張るように、って伝えて」
「了解だぜ!」
私の指示を伝えに、愛姫隊の兵士がその場を去って行った。
「考えすぎでは? それと勝手に陣形をいじるのは良くありませんよ」
「勿論わかってる。わかってるけど……何か変えないとダメな気がするんだよね」
「ダメ……とは?」
私は喜多に自分の引っかかっている部分を話した。
すると、喜多も「なるほど」と納得してくれた。
「喜多も戦経験の多い方ではありませんが、姫様の申す事は一理あるかもしれませんね。それでしたら一度成実殿へ使いをだしてみては?」
「そうね」
その時――。
戦場では異変が起き始めていた。
「……、コイツは……」
成実は倒した足軽兵の頭を鷲掴みにし、持ち上げた。
「こ、これはカカシ⁉ 兵士に偽装したカカシが何故こんな所に!」
「こっちが聞きてぇよ。いったいどうなってやがる……」
敵前線を突破し、小出森城の正門が見えてきた。そんな矢先の出来事。
竹束や木盾の後ろに隠れている兵士はほとんどがカカシだったのだ。
中には数人本物の大内兵が混ざってはいるが、戦闘となる前に小出森城へ逃げ帰ってしまう。
まるで伊達軍をわざと小出森城に近づけているかのように……。
そして……その異変は反対側、政宗が攻める東側でも起きていた。
――――――――――
「カカシじゃと?」
小十郎からの使いが政宗の元にやってきた。
東側先陣の田村隊、二陣の鬼庭綱元隊と片倉隊にも西側同様の兵士に化けたカカシが多く見られたのだ。
「チッ、やってくれたな大内定綱……」
政宗は瞬時にこのカカシ戦法が大内定綱の罠だと気付いた。
「一度兵を下げるべき、と小十郎は申しておるのじゃな?」
「はい! 明らかに小出森城に誘われていると!」
「……わかった。法螺貝を鳴らし、撤退後は早急に軍議を開く故本陣へ来るように、と諸将に伝えよ」
「ははっ!」
舐めていたわけではない。
だからこそ、蘆名攻めの後すぐに大内領攻めを決め、大内家臣の調略し、八千の大群で小出森城を包囲した。
これ自体に油断なんてひとつもない。
むしろ電光石火如く動いたつもりでもあった。
しかし、それを見事に対応したのが大内定綱である。
小十郎に決して劣らない知性の持ち主であり、それ故出来れば家臣にしたかった漢でもあった。
「青木修理を呼べ」
政宗は元大内家臣・青木修理を呼び寄せた。
彼が戦闘していないのは再び裏切られても困るからだ。そのため、道案内をさせてからは第三陣兼見張り役として本陣の近くに置いていた。
「政宗様、お呼びでしょうや?」
呼びつけて数分後、青木修理が本陣にやって来た。
「このカカシ戦法……大内定綱の得意な戦術のひとつか? もしそうなら、この後どのような策を講じるか教えよ」
「たしかに大内定綱の戦術だとは思いますが、得意かと問われるとそれは違いまする。あのようなカカシは小出森に沢山あるのですよ」
「何? そうなのか?」
大内定綱は居城である小浜城を改修するため、多くの人材を小出森城から借りている事。
人が減った事で小出森城付近では畑を荒らす獣が増えたため、それらの対策に多くのカカシを作り使っている事。
そのため、小出森城は見た目ほど堅牢な城ではなく、城兵もあまり多くない事。
青木修理を包み隠さず、全てを政宗に話した。
「大内定綱はどちらかといえば、相手を引きつけ叩く事を得意としておりますれば」
「じゃがその策は何度も使えるものではない。兵の少ない今の小出森城では愚策であろう」
「ええ、拙者もそう思っております。ただし……」
「ただし……何じゃ?」
「もし兵が揃ったのであれば、その限りではないかと」
この時、政宗に嫌な予感がよぎった。
一時撤退の法螺貝を鳴らしてからそれなりの時間が経過しているが、誰一人戻らないのである。
それどころか戦場では鬨の声が。刃の重なる音も激しくなっている。
戦は続いているのだ。
「しまった! 愛が……愛が危ない!」




