小手森城は深紅に染まる 後編⑤
米沢城に到着すると、ゆっくりする暇もなくすぐに軍議は開かれた。
広間には政宗を始め、自称エフフォーと呼んでいる(伊達三傑)の片倉小十郎、伊達成実、鬼庭綱元。そして謹慎中の原田宗時が座っていた。
「あれ? もう謹慎は解けたの?」
「いやそれがまだなんですが……、殿に呼ばれた故」
「ふーん」
宗時の表情は芳しくない。
確か謹慎期間は半年だったはず。それを前倒しで城に呼ばれたため、宗時にとっては嫌な予感がしているのだろう。
軍規違反は最悪切腹もある。
宗時は前回の蘆名攻めで個人的な欲から兵を多く失っている。それについて罪に問われると思っているのだろう。
「フハハ、安心せい。此度お前をここに呼んだは切腹を申し伝えるためではないわ」
「ち、違うので?」
ああ、と政宗は一言。
その言葉に宗時は大きく息を吐いた。
おそらく覚悟はしていたのだろう。宗時の表情からそれは読み取れる。
「名誉挽回したいのであれば宗時、お前は成実の下で先鋒衆を務めよ」
「成実の下で? 殿じゃないのですか?」
「此度の戦、伊達先鋒衆の頭は成実じゃ。年下じゃからと言って勝手な行動は許さんからな」
「わ、わかっております……」
「働き次第によっては今後の蟄居処分を解く事も考えている。励めよ」
「――はっ! お任せあれ!」
釘を刺された宗時だったが、働きによっては罰を帳消しに出来ると聞くとみるみるうちに表情が戻っていく。
政宗も結構優しい所があるじゃないか。
「それと愛」
「ハイハイ」
「はい、は一回じゃ」
「……ハイ」
うぜー。
「愛姫隊も成実先鋒隊と行動を共にし、川俣の地へ先に入っておれ。舅(田村清顕)殿が先に到着する予定じゃ、久しぶりに顔でも見せてやれ」
「あーたしか躍起になっているオッサンを落ち着かせれば良いんだっけ?」
「オッサンってお前の父じゃぞ……。まぁいい、そうじゃ。此度の戦は田村家にとってもメンツを賭けた戦いなのは分かっておる。じゃが、舅殿は病が完治していないと聞く。無理をして命を落とされても困る故、お前がしっかり見張っておくのじゃ」
人を番犬みたいに。
とはいえ、今回は政宗の意見には賛成だ。オッサンに死なれちゃ私も困るし、特にずんは親のように思っているし。
面倒だけど、私しかその役はこなせないだろう。
「仕方ないわねぇ、その代わり先鋒衆の一番槍は貰うよ。私の舎弟達が血に飢えて仕方がないのよ」
「元からそのつもりで愛を先鋒衆に入れてもおる。好きなだけ暴れてこい」
「りょーかい!」
ほとんどが囚人あがりの私の舎弟達は、他の兵隊達と違って特に武功を欲しがっている。
形上は私の配下だが、その立場は自分の家や土地を持たない農民以下。左月爺の所で匿ってもらっているとはいえ、いつまでも……とはいかないのだ。
そのため、皆武功が欲しい。
だから、私は皆にそのチャンスをあげたい。
武功さえ稼げば家や土地も与えられる。大将級の首をあげれば城持ちだって夢ではないからだ。
「待てよ姫、先鋒衆の一番槍は俺だ俺!」
同じく武功に焦る宗時が膝立ちになって自分を指差す。
「蘆名攻め汚名返上の機会をせっかく殿がくれたんだ、一番槍は俺様のもんだ!」
「はぁ? そんなの私には関係ないじゃん。一番槍はこの私、アンタは二番槍で良いんじゃない?」
「いやいや、二番槍こそ姫だぜ。一番危険な役は原田隊に任せて、姫は後ろで腕でも組んでてくれや」
「アンタ……さっきまでの私の話聞いてた? こっちだって舎弟達が武功を稼がせてやらなきゃいけないのよ、だから原田隊は後ろにいなさいよ!」
「それだったら俺達も一緒だ!」
宗時は中々引き下がらない。
埒が明かないため、私達は先鋒衆の頭を任されている成実に決定権を求めた。
「私よね⁉ 成実も聞いてたでしょ!」
「成実、もちろん俺だよな⁉」
ええ……、と困った顔を見せる成実。
「……殿、どうする?」
「成実が先鋒衆の頭じゃ。お前が決めい」
「適当だなぁ……」
少し悩んだ末、成実は一言こう言った。
「んーじゃあ、俺が先陣で」
私と宗時はお互いの顔を見合わせる。
「ええ――――⁉」
そしてハモる。
成実も戦いたかったらしく、一番槍を自ら奪い取った。
「だってこのままじゃ全然決まらねーじゃん。俺が先陣ならお互い文句ねーでしょ?」
「ちょちょ、そんなのないわよ! 政宗、小十郎、アンタ達も何とか言ってよ!」
助けを求められた政宗と小十郎はお互いに苦笑。
「さっきも申したが、先鋒衆の頭は成実じゃ。成実の命に従えないのあれば、ここ米沢で留守番になるが?」
「……それはヤダ」
「ふっ、なら成実に従うしかないのう」
「うう……」
決まりだな、と成実が〆、誰が先鋒衆の先陣を切るかについてはここでひと段落する。
宗時も納得していないようだったが、私が留守番を言われた手前黙るしかない。
「では姫様達の配置も決まったという事で、そろそろ本作戦に入ろうかと」
先鋒隊の配置が決まった事で軍議は次へと進む。
任されているのは伊達の軍師、小十郎だ。
「うむ、小十郎頼む」
「はっ」
小十郎は部屋の中に用意されている木製のボードのような物に大きな絵図を広げた。そこには今いる米沢から大内領までの細かい地形がビッシリと描かれている。
「では【小出森城攻め】、始めとうございます」
小十郎による小出森城攻めの説明が始まった。
まずは、私達先鋒衆について。
八月二十二日、早朝に成実の居城である大森城を出発。そのまま南東に進み、元大内家臣の青木修理のいる苅松田城に入る。そこで青木修理に道案内をさせ、川俣という土地で伊達本陣を構えるようだ。
どうやらここで愛姫の父親、田村清顕と合流する予定。
同じく先鋒衆に加わる予定だそうだ。手柄がまたひとつ減りそうだ。
そして、遅れて政宗率いる本隊が到着する。
全員揃ったところでもう一度作戦を確認し、小出森城を攻めるそうだ。
「黒脛巾組の調べによると……小出森城に籠るは大内家臣・小野、荒井、石川、菊池、そして大内家当主・大内定綱」
「菊池……ソイツは大内定綱の甥である菊池顕綱であったか?」
政宗の質問に小十郎は首を縦に振った。
菊池顕綱……どうやら私は過去この漢に会っているという。
「愛が儂の元に嫁ぐ際、宿場で世話になったと言っておったではないか」
そうなのか。
でも、残念ながら私にその記憶はない。
「……ああ、すまん。愛はあの日以来それまでの記憶がないんじゃったな」
「……ごめん」
「いや、いい。むしろ好都合じゃ。変に情があっては対峙したときに技が鈍るでの」
たしかに記憶に無いとはいえ、そんな良くしてくれた人と戦うのはちょっと忍びないけれど、逆に記憶がないのは好都合だ。
私も自分の甘いところは自覚している。だけど、記憶がないのであればきっと大丈夫だ。普通に戦える。
「籠城して、蘆名と畠山の援軍を待つ策なのが見え見えじゃな」
「はい。そのため、城の補給路を断つ必要があると考えております」
「隊を分けるか」
左様。と、小十郎は答えた。
しかし、小出森城の補給路はまだわかっていない。そのため、部隊を分けるのは補給路がわかってからです、と小十郎は話した。
「よし、補給路は引き続き黒脛巾組に調べさせよう。出発は三日後、各々居城へ戻り準備を進めるのじゃ。よいな」
「ははっ」
いよいよ始まる大内領侵攻戦。
私も愛姫隊に戦準備をさせると、三日後の早朝に先鋒衆として大森城を出発した。