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小手森城は深紅に染まる 後編④

「何?」

「大内攻めの際、姫様には先鋒衆として戦に参加いただけたらと」


「え、マジ⁉ 先鋒衆⁉」


 先鋒衆。つまり、軍の先頭部隊の事だ。

 危険も多いが、それだけ武功を稼ぎやすい。


 リスキーな事から嫌がる大将は結構多いが、私はウェルカム。

 だって、それだけ戦えるって事じゃん。私としては願ったり叶ったりである。


「ちょ、旦那様!」


 小十郎が私に先鋒を打診すると、朱里は声を荒げた。


「何を言っておられるのですか⁉ 姫様を先鋒にするとはどうかしておりまする! 旦那様は伊達の軍師様なのですぞ、ふざけないでくださいまし!」

「考えなしに姫様を先鋒にしたいのではない。お前も知っておると思うが、姫様は……強い。単純な強さだけなら猛将の原田殿、成実殿とほぼ互角。それを使わないなどと宝の持ち腐れぞ」


「それは旦那様や噂事からよく耳にしております。ですが、伊達の先鋒隊となれば話は別です!」


 朱里が怒っているのを始めて見た。

 同時に抱えられている左衛門も何が起きているのか分からず、キョトンとした表情で母親を眺めている。


 これには小十郎も頭を搔き、困ったような顔を見せた。


「待て待て……一度落ち着くのじゃ、朱里。此度の戦は前も後ろも安全な所は無い。それ故、姫様はあえて先鋒に――」

「なんですか……それ。戦事で一番の被害を被るは先鋒衆でしょう⁉ そんな危険な場所に姫様を置く事を朱里は憤慨しておるのです!」


 朱里の怒りに満ちた口が止まらない。

 小十郎もなだめながら、そして何かを伝えようとするのだが、朱里は旦那の言う事に聞く耳を持たない。


 そんな母親を察したのか、抱き抱えられた左衛門の顔に涙が浮かぶ。


「アー、アー、ア――!」


 泣いてしまった。これには朱里も冷静を取り戻す。

 が、どんなにあやしても左衛門は泣き止まない。ただただ、片倉屋敷に左衛門の声が響き渡る。


「まったく……、お前が話を最後まで聞かずに怒鳴るからじゃぞ。戦に関係ない者は口を挟むでない」

「……、そんな言い方しなくても……」


 小十郎の突き放す言葉に朱里はしょんぼりしつつも、今は泣いてしまった我が子を作り笑顔であやしている。

 が、左衛門は泣き止まない。怒られたのが自分だと思ったのか、ただただ赤ん坊の泣き声が館内にこだまする。


 空気がクソ悪い。

 私はそう思いつつ、自分の髪を少し束ねて、左衛門の顔に近づけた。


「コチョコチョコチョコチョ」


 私は自分の髪を小さい玩具のようにして左衛門の頬に擦り付ける。

 すると、お気に入りの玩具が返ってきたと思ったのか、左衛門は泣き止んだ。


 赤ん坊とは面白いものだ。スイッチが切り替わったかのように、今は笑顔である。

 髪を掴もうと必死に小さい手を伸ばし、母親の手の中で身体をグルグルと動かす。


「やだねー左衛門ちゃん。パパとママ喧嘩してほしくないよねー?」

「ブーブー、パクッ」


 左衛門は揺れる髪を掴まえると、そのまま自分の口の中に入れてしまった。

 モシャモシャモシャ、と私の髪の毛を味わうかのように。


「あらら。もしかして左衛門ちゃん、お腹が空いてるのかなぁ?」


 チラリ、と私は朱里の方を見た。

 すると、朱里は「あっ!」と口を押さえた。


 図星……だ。

 どうやら、朱里は私が来館した事で左衛門にご飯をあげるのを忘れていたようだ。


 左衛門には悪い事をしたなぁ。


「私の事は気にしなくていいから左衛門ちゃんにご飯あげてきなよ。このままじゃ私の髪みんな食べられちゃう」

「も、申し訳ございません……。ほら左衛門、あっちでお乳をあげるから髪の毛はぺっしましょうね」


 ようやくご飯か、と思ったのか左衛門はあっさり髪の毛を吐き出してくれた。

 髪の毛の先端にはベッタリとよだれが……。後で風呂借りていかないと。


「小十郎も小十郎で言い過ぎよ。アンタ頭良いんだからもっと別な言い方あったでしょ」

「も、申し訳ございません!」


「私に謝ってどうすんのよ。朱里でしょ朱里」


 そうですね、と小十郎は朱里の方を向き頭を下げた。嫌々下げているのではない、小十郎の表情は真剣だった。

 それを見て朱里に笑顔が戻る。「私の方こそ旦那様の話を最後まで聞かず怒鳴ったりして申し訳ありませんでした」と反省の言葉を返した。


 その後お互い仲直りをし、何故私が先鋒なのかを朱里に分かりやすく説明する小十郎。

 朱里も最後まで話を聞く事でどうやら納得したようだ。だが、その中でひとりだけ不満げな顔を見せる人間がいた。


 左衛門……だ。

 せっかくご飯が貰えるかと思ったのに夫婦の仲直りを見せられ、挙句の果てには次の戦の作戦の一部を聞かされる事で再びご飯がお預けとなっていた。


 これには左衛門も我慢の限界だったようで、泣きはしなかったが不満げな顔で朱里のおっぱいを吸おうと服の上から大きく口を開け、意地でもご飯にありつけようと必死に吸っている。

 食いしん坊な赤ちゃんだ。朱里は左衛門を抱き抱え、お乳をあげるため自分の部屋に向かって行った。


「じゃあ小十郎、米沢城まで警護ヨロシクね」

「御意にございます!」


 私は出発前に風呂を借り、よだれでベタベタになった髪を綺麗にしてから片倉屋敷を出発した。

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