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第二十一話 小手森城は深紅に染まる 後編①

 ●陸奥大内領 小浜城


 これはまだ岩山城が陥落する少し前の話。

 政宗が蘆名侵攻のため檜原に到着した頃、陸奥国安達郡東部(現在の福島県二本松市東部)にある小浜城では陸奥大内家当主・大内定綱(さだつな)と二本松城城主・畠山(はたけやま)義継(よしつぐ)が伊達軍苦戦の報を肴に酒宴を催していた。


「聞いたか義継殿、伊達と繋がっていた松本輔弘が関柴の地で討たれたそうだ」

「ウヒヒ、勿論聞きましたぞ定綱殿。裏切者に相応しい最後でありましたな。ささ、もう一献……」


 不気味な笑い声を漏らしながら、畠山義継は大内定綱の盃に酒を注いだ。


 ――大内定綱。

 小浜・塩松領を支配している豪族であり、元田村家の従属国衆。二年前に蘆名家、畠山家の力を借りて田村家から独立した。政宗が伊達家の家督を継いだ事で伊達に帰順(きじゅん)すると思われたが、政宗が田村家の肩を持った事が原因で蘆名家に従属する事を固めた。


 ――畠山義継。

 源氏(げんじ)を祖に持ち、奥州管領(かんれい)の名家……だった。今やその力は失われ、奥州の二大勢力である伊達家と蘆名家に挟まれながらも、お互いに良い顔をしながら何とか生き延びる小豪族になり果てていた。息子の国王丸に大内定綱の娘が嫁いだ事で両家の繋がりは太くなっている。


「家督を継いだばかりだというにもう戦とは……。それも攻めたのは蘆名、てっきり儂は大内領に攻め入ると思っておりましたが……」

「当家が守りを固めているのを聞いたのだろうが、おそらく松本輔弘の内応が考えを焦らせたのだろう。確かに助けに応じ、蘆名領北部の一部を得られる事が出来れば政宗の名声は大いに高まるだろう。だが、攻める相手を間違えておる。蘆名四天の一翼である松本輔弘が裏切ったとしても、蘆名はびくともせんということよ」


「ウヒヒ、まことその通りで。……ということは、定綱殿は政宗の力量を知ってたが故に伊達に帰順しなかった。いやぁ参りました、流石は知略・軍略に秀でている定綱殿でございますな!」


 それが伊達へ……政宗に従わなかった一番の理由。

 根本的な原因は田村が隣国の岩城を攻めた事で争いが始まり、伊達家が田村家の肩を持った事が原因ではあるが、それ以前に前伊達家当主・輝宗とは違い、力での領土拡大に方針を変えた政宗へ危機感とやりづらさを感じていた。


「己が欲に忠実な暴君へ従っていては我が身が持たぬわ」

「ウヒヒ、流石は定綱殿!」


「……そんなことより義継殿、さっきから気になってしょうがないのだが……」

「はい?」


「その頬の(あざ)はどうした? 嫁にでも殴られたか? 随分と酷い顔になってしまったのう」


 大内定綱が指摘する通り、畠山義継の顔には大きな痣があった。

 何かに当たった……というには大きく、見るだけで痛々しい黒く染まった大きな痣。


 気に障ってしまったのか、先程まで大内定綱の機嫌を取っていた陽気な感じは消え、畠山義継はブルブルと身体を震わせた。


「そ……そんなに酷いですか?」

「ああ、酷いも何も芋が腐ったかのようじゃぞ。ワハハッ!」


「く、腐った芋……」


 大内定綱の一言は余計に畠山義継を傷つけてしまう。

 芋のようなボコボコした顔。畠山義継はその顔から領民に陰で『男爵芋』と呼ばれていた。


「うう……」

「おい、泣く事はなかろう。其方の顔がゴツゴツしているのは今に始まった事ではなかろうに」


「それもこれも……あの女のせいじゃ……」


 持っていた酒瓶を粉々に砕く。

 畠山義継は泣いているのではない。この顔の痣を付けた張本人を思い出し、怒りで身体が震えていた。


 畠山義継の痣。これは妻に殴られたとかではなく、実は米沢城で負ったものだったのだ。


「め……愛姫……、アイツだけは……絶対に許さん!」


 今から約数ヶ月前。

 畠山義継は政宗の家督継承を祝いに米沢城へ出向いていたのだが、その祝賀の席で同席していた愛姫に目がいってしまったのだ。


 というのも……眠かったのか、はたまた退屈だったのか。

 あくびをしながら足を崩すその姿はだらしないというよりも、どこか色っぽく漢を誘惑しているように見えてしまったのだ。


 少しぐらいなら愛姫も女性である。それぐらい心の中で『うわぁぁ……キメェ……』程度で流していた。

 だが、畠山義継は違った。


 人との話をそっちのけで視線だけをチラチラと何回も向けてくる。にやけた顔は何を考えているのかよくわかる程に。

 お酒が入っていた事もあるだろう。しつこく向けられるねちっこい視線に、愛姫は立ち上がり、畠山義継の前に立った。


 そして「何キモイ目で見てんだよ、このジャガイモ野郎」と言葉を吐きかけると、右脚で畠山義継の顔面を蹴り飛ばしたのだ。

 顔の痣とはその時に出来たものである。


「あ、あんな無様な姿……。クッ……儂の顔に泥を塗りよって!」

「愛姫……。ああ、政宗の正室は田村の娘であったな」


「そうです!定綱殿……いや、大内家が元々服属していたあの田村家当主・田村清顕(きよあき)のひとり娘。あんな凶暴な奴だとは聞いておらんかったわ!」


 元々はお前のせいだろう、と思いながら大内定綱は酒を口に運ぶ。


「クソッ、アイツ等が正直に大内領を攻めておれば大内と畠山、そして蘆名の連合軍で叩いてやろうと思っておったのに!」

「義継殿……そう熱くならんでもいいだろ、部屋に熱気がこもっておるわ」


「も、申し訳ない。ついつい思い出したら熱くなってしもうた」


 大内定綱は裏切りを知った伊達軍が攻めて来る事を想定し、従属先の蘆名と友好関係にある畠山へ援軍を願い出ていた。

 しかし、伊達は大内領ではなく蘆名領を先に攻撃した。


 そして初戦は寝返ったばかりの松本輔弘を失う伊達軍の劣勢、と言ったところである。


「それにしても政宗は儂の期待を良い意味で裏切ってくれた。まさか蘆名領に攻め入り、自滅の道を進んでくれたのだからな」

「ウヒヒ、まったくその通りでありますな。直接蘆名に行ってもらえれば儂等の兵は失わなくて済むというもの」


「ふふ。じゃが、伊達が盛り返すようなら蘆名家から援軍を求められるかもしれん。まだ油断は出来んがな」

「いやいや、それは万にひとつもないでしょう。定綱殿はまだまだ酒が足りてないご様子。ささ、もう一献」


 良い意味で計算外。政宗の力量を測り違っていたと考えればそれで済む話。

 だが、大内定綱は頭の片隅に違和感を少しだけ感じていた。


 天才軍師と呼ばれている片倉小十郎がいながら何故このような策を取ったのか。

 どうして大内領ではなく蘆名領に侵攻したのか。


 若干納得がいかない。伊達らしさが感じられない。

 そう思いながら大内定綱は注がれた酒を口へ運んだ。

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