小手森城は深紅に染まる 前編⑪
●蘆名領 岩山城
「ち、父上、無事でありましたか!」
「おお……俊光、お前もな!」
穴沢俊光が城に駆け込むやいなや、父・穴沢俊恒が城内にいたことで安堵する。
戸山城が攻められていると知ってから戻ったため、最悪討たれてしまっていると覚悟もしていた。
「儂は大丈夫。じゃがお前、随分と派手にやられておるな。原田宗時と松本殿にやられたのか?」
「い、いや……これは……」
穴沢俊光が城に到着した頃、兵の数は半分しか残っていなかった。
原田隊と交戦した時に失った兵もいるのだが、それ以上に失う出来事が先程まであったばかりだったのだ。
それが今の穴沢俊光の身なりが物語っている。
武具は汚れ傷つき、葉っぱや枝が付着し突き刺さっている。まるで獣と一戦交えたかのような状態だった。
酷いのは穴沢俊光だけではない。
辛うじて逃げおちた兵も軽傷から大けがを負った者まで幅広い。
それだけ穴沢俊光が関柴を離れてここに戻るまでの間、悲惨な出来事があったと読み取れた。
「それより父上がここにいるってことは、戸山城は既に……」
「ああ。お前に兵を貸しておったで、残った城内の兵だけでは伊達の力攻めは耐えられんかった。そのため、数名の供回りだけを引き連れてここへ逃げて来た……って何の騒ぎじゃ?」
外がやけに騒がしい。
穴沢俊恒は立ち上がると、様子を見るために城から外を覗き込んだ。
「うわぁぁ! アイツ等がもう来やがった!」
怪我を負った兵達が怯えだした。
外から聞こえるのは鬨の声と門を強引に突破しようする打撃音。城兵も急な敵の襲来に守りを固めるだけで精一杯となっていた。
「穴沢くーん、ここにいるんでしょ? 仲間も沢山連れて来たから早く遊びましょー!」
高い声と共に打撃音の勢いが増す。
門に取り付けられた閂だけでは防ぎきれないため荷車や破材を支え替わりにしたり、城兵自ら門を押さえる事で何とか耐え抜く。
「お、女⁉ 今のは女子の声、追手門を叩いているのは女なのか⁉」
「父上、アイツを女だと思って油断してはなりません。あの女こそ伊達に輿入れした田村家のひとり娘……愛姫です!」
「愛姫……、田村が従属する代わりに差し出したという大層可愛がっていた娘の事か。じゃが儂の聞いた話では、名の通り慈愛に溢れ、気品のある美しい姫だと聞いておるが?」
そんなのただの噂話だ、と息子である穴沢俊光は一蹴する。
大胆不敵。
暴虐非道。
そしてそれらを率いる姿はまるで百鬼夜行。
と、穴沢俊光はここに到着するまでの経験談を簡潔にまとめた。
「そ、それはいくらなんでも言い過ぎであろう……」
「そんなに拙者の言う事が信じられないなら、父上がアイツを倒してくだされ。ちなみに奴の周りには槍持った凄腕の女と老人、豚鼻の怪力漢がいますのでお気を付けて」
「いや、呼ばれておるのはお前じゃろ。ホレ、さっさと様子を見て参れ」
「『穴沢くーん』ですので父上も入っておりまする。ですので、父上も一緒に……」
そんな譲り合いをしていると、追手門の方角から轟音と共に鬨の声の勢いが増す。
「あ……あ……あ……」
外の様子を確認した穴沢俊光は言葉を失った。
固く閉じていたはずの追手門は破壊され、続々と伊達軍が岩山城の曲輪になだれ込んだ。
その数、尋常ではない。
戸山城を攻めていた伊達本隊が合流した事でその数は数倍に膨れあがった事で伊達軍の士気はさらに高まり、あっさりと最初の曲輪を攻略する。
「申し上げます! 伊達軍の猛攻に耐え切れず、次々に城兵が逃げ出しております。このままではここに伊達軍がなだれ込むにもそう刻はかからないかと……」
「ば、馬鹿、援軍が来るまで何とか食い止めろ! ここは山城だ、曲輪までの道も狭くここには簡単に辿り着けん!」
「はい、ですが……狭いだけです。曲輪内は最低限の堀がある程度、弓矢の在庫もほとんどありませんのでどれくらい耐えられるか……」
「弓矢がないなら槍を使え! いいか、策を考えたらすぐにそちらに向かう故、それまで絶対に敵を通すでないぞ!」
ここまできて良い策など浮かぶはずなんてない。それは伝令に来た家臣もわかっている。
しかし、城主の言う事は絶対だ。僅かな望みにかけて、家臣は何とか敵を食い止めるため戦場へ戻ろうとする。
「その必要はナッシング」
木製の戸が吹き飛び、伝令に来た家臣が穴沢父子の間に倒れ込んだ。
「穴沢くん見ーつけた」
「お、お、お、お前は――⁉ どうやってここまで⁉」
穴沢俊光は驚いているようだが、別に私は特別な事をしていない。
ある道を通って、立ちはだかる敵は蹴り飛ばして、邪魔な障害物はぶっ壊したまでだ。
「と、殿には触れさせんぞ!」
ふっ飛ばされた家臣が立ち上がり、刀を抜く。
どうやら私と一戦所望しているようだが。
「アンタじゃ相手になんないよ。悪いけど……そこ退きな」
「な、舐めやがって!」
忠告を無視した穴沢の家臣が距離を詰め、刀を振り下ろそうとする。
相手にならないと言ったのは嘘ではない。むしろ気遣ったというのに。
戦国時代にせよ、未来の日本のチンピラにせよ、男という生き物はどうも見栄を張りたがる奴が多い。
「ぐへっ」
相手が刀を振り下ろすより先に、私の右脚が敵の顔面を捉えた。
その衝撃で穴沢の家臣は壁にめり込み、下半身だけを外に残しグッタリとしてしまった。
「さぁ大将、次はアンタよ。少しは私を楽しませてね」
ようやくアレを実戦で試すことが出来る。
私は地面を脚で擦った後、右脚を上げ、再び地面へ叩き付けた。
「な……何じゃそれは⁉」
宗乙和尚命名【纏雷ノ構】。
エネルギーを脚に維持させるのが大変だが、その分身体に羽が生えたかのように軽くなる。
つまりは、今まで以上に素早く大地を蹴り、振り上げ、そして対象に叩き付けられるという事。
一定時間パワーアップしたのだと思ってくれて大丈夫だ。
「き……消えた⁉」
バチッバチッ、と床や壁を蹴る音と共に僅かな蒼い雷光が残った。
穴沢俊光は構えながらその跡を目で追おうとするが、肝心な物体が見えていないせいで振り向く度に奇声を上げる。
右に振り向けば左から、正面を向けば後ろから。
そこにいた痕跡を残しながらも見えない物体の存在は、パニックになった穴沢俊光を構えたまま徐々に硬直させていく。
「そ、そこだ!」
見えたのか、勘なのか。
穴沢俊光は刀を振り下ろした。
「――⁉」
が、外れる。
振り下ろされた刀は空を切り、そこにはいたであろう蒼い痕跡だけが残っていた。
「ざーんねん」
「あがっ!」
穴沢俊光の背中に私の右脚がクリーンヒット。
纏雷ノ構によって威力の増したおかげか、右脚は大将級の武将の着る甲冑を一撃で粉砕する。
「あちゃーもう終わっちゃった。もう少しだけ試したかったのに……」
当然、そんな攻撃をもらった奴が立ち上がれるわけもなく。
穴沢俊光は背中を向けるだけで立ち上がる事が出来ない。
「まぁいっか、もうひとりいるみたいだし」
もうひとりとは穴沢俊光の父である穴沢俊恒。
だが、もうこれ以上は楽しめないらしい。穴沢俊恒は既に両手を挙げている。
「ま、参った……。降伏する」
「……でしょうね」
息子がコテンパンにやられた姿から自分では勝てないと悟ったのだろう。
やっぱりもう少しだけ楽しめばよかったと後悔する。
「あーあ私にとっちゃ嬉しくないけど、早く終わる分には良いか……」
「う、受け入れてくれるのか?」
「まあね。私はアンタ達の首なんか興味ないし、もうやる事ないならさっさと帰って新作のデザインでも考えたいのよ」
「な、なんて女じゃ……」
降参するなら受け入れるしかないし、そもそも戦意の無い奴をボコる趣味は残念ながら持ち合わせていない。
私は構えを解き、皆に知らせるため穴沢俊恒から目を逸らした。
が、それを良い事に再び殺気のような気配を真後ろで感じる。
「隙ありぃ!」
殺気の正体は穴沢俊恒。
油断した私に斬りかかろうと刀を抜いた。
「滅ッ」
その瞬間、穴沢俊恒の胸に短刀が突き刺さった。
「まともに戦わず、ましてや不意打ちとは。恥を知れ」
「が……お、お前は……忍び……? よ、余計な……事を……しおって」
「姫の温情を踏みにじる者には、……死あるのみっス」
穴沢俊恒を後ろから刺したのは忍びのずんだった。
短刀を引き抜くと穴沢俊恒は赤い血をながしながらその場に倒れてしまう。
「別に殺さなくても良かったのに……」
「この漢は姫を油断させ、あろうことか不意打ちという手段を取ったんス。死んで当然、武士の風上にも置けないス」
「……コイツはどうするの?」
コイツとは息子の穴沢俊光の事だ。
父親は死んでしまったのだ。今は気絶しているが、目を覚ましたらどうなるのかわからない。
「動けないなら縛って殿の本陣に連れて行きましょう。そもそも岩山城攻めは勝手にやった事、手柄を持って帰れば殿も許してくれるかも」
「……怒ってると思う?」
「怒ってると思いまス」
私は穴沢俊光を拘束すると、そのまま政宗のいる本陣へ連れて行った。
ずんの言った通り、勝手に岩山城を攻めた事については小十郎込みでめちゃくちゃ怒られてしまったが、今回は穴沢俊光を捕えた事で何とかチャラとなった。
次同じような事をしたら戦には連れていかないとも言われてしまった。気を付けよう。
後になって聞いた事なのだが、どうやら穴沢俊光は本陣で自害したらしい。詳しい理由は聞いていないが、父親の後を追ったとかそういう理由だと思う。どちらにせよ後味の悪い話だ。




