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小手森城は深紅に染まる 前編⑨

「はあぁぁぁ――‼」


 喜多が敵に突っ込み槍を一振り。

 斬撃と共に風圧が敵をまとめて吹き飛ばす。まるで魔法をかけてあるかのようだ。


「ひぃぃ! こ、この女、化物だぁぁ――!」

「あ? 誰です今化物と呼んだ方はぁ? 私が年増だって言いたいんですかぁぁ――⁉」


「そんな事言ってねー、ぐふっ」


 綺麗で、おしとやかな喜多の表情が変わる。

 化物という表現を、何故そこまでマイナスにとらえてしまうのか。ちょっと考えれば分かるだろうに。


 ちなみに、喜多に対して歳の話は厳禁だ。


「こら、待て! 訂正しなさい!」

「ひやぁぁ! やっぱ化物だぁぁー!」


「また言いましたね! もう良いです、死んで詫びなさい‼」


 一層喜多の勢いは増す。

 更にもうひとり、喜多に負けじ劣らない漢が敵兵を弾き飛ばす。


「どっすこーい!」


 成人の倍はある身体から放たれる豚丸の突っ張り。

 足軽の身に付けている防具は凹み砕け、その勢いではじけ飛んだ身体は後ろにいる兵達も巻き添いにする。


「ブヒヒ、蘆名の兵は根性がないのう。そーれもっとかかってこんかい!」


 喜多と豚丸の奮闘で味方の士気は上々。

 我こそは、と鋼鉄製のバットを持った兵士がふたりの討ち漏らした敵を掃除する。


「イヤッハー! 姉御が通るぜ、道を開けろぉぉ――!」

「ひぃぃ、何だコイツ等⁉」


 異様な武器を振り回す兵と、圧倒的な強さを見せつける喜多と豚丸に、敵は戦意喪失し逃げ出し始める。おかげで大将のいる馬印が丸見えだ。

 とはいえ、ちょっとやり過ぎだ。


 ……だってこのままだと私の出番がないじゃないか。


「アンタ達、雑魚はあげるけど(ボス)は私に譲りなさいよ」


 私の指示が聞こえたのか、舎弟達は大きな雄叫びで返事をする。

 わかったのか、わかっていないのか……。


 しばらくすると敵軍の片翼が崩壊し、遂に攻め込んでいる隊の大将と念願のご対面を果たせた。


「……その馬印、お主が大将か?」

「それはこっちのセリフよ。アンタが富田氏実ね?」


「いかにも。女……名は?」

「愛姫、ここではそう名乗ってる」


 私の名前を聞き、富田氏実は目を丸くして驚いた。


「め、愛姫じゃと⁉ では、お主があの相馬家の当主と互角に戦ったという女武者か⁉」


 私の噂も結構広がっているようだ。

 だけど、あれは正直互角の戦いではなかったと私は思っている。助けが入らなければあのまま死んでいたかもしれないし。


 まぁ今のところは互角に渡り合ったという事にしておこう。今度勝って、白黒ハッキリさせればいいのだ。


「ここでお主の首をあげれば大きいか」


 富田氏実は腰に付けている刀を抜く。

 私と一対一の決闘をご所望のようだ。


「上等上等! 話が早くて助かるわ」


 私は自分を警護する兵隊に離れるよう指示を出す。


「さぁ愛姫とやら、抜け」

「……何を?」


「とぼけるな。お主の武器はその腰に付けてる短刀か、それをさっさと抜けと言っている」


 目の前にいる漢は、どうやら私の腰に付けている小太刀が武器と思っているらしい。

 間違ってはいない。


 しかし、私にこの小太刀を抜く理由はない。


「何を構えておる」

「アンタが抜けって言ったから抜いた。いえ、構えた。と、言ったほうが正解かしらね」


「は?」

「私の武器はこの身体。喧嘩スタイルがアンタ達でいう刀って事」


 富田氏実からまたしても気の抜けた声が漏れる。


「ふざけているのか」

「いちいち説明するのももう飽きたわ。ふざけてるかどうかは、アンタのその眼で確認してね」


 私はその場の地面を蹴り、姿勢をやや低くして富田氏実との距離を一気に詰める。


「舐めおって、その首もらった!」


 動きに合わせて下から刀を振り上げる。

 が、それを寸前で躱し、私は富田氏実の横っ腹に右脚を振り抜いた。


「うごっ⁉」


 メキメキ……、と脚を受けた甲冑は砕け、富田氏実は衝撃と痛みでその場に倒れ込んでしまう。


「が……あ……、お……大槌で横っ腹を……叩かれたようじゃ……」


 辛うじて意識を保っている感じだ。

 とはいえ、この感じだとこの漢はもう戦えないだろう。


 大将と聞いてちょっと期待していたのに……。

 あーあ、新しく覚えたアレを試せなかったじゃないか。


「はぁ……、じゃあもう終わりにしよっか」


 本当は練習相手になってもらいたいがそうも言ってられない。

 私達の目的はあくまで原田宗時の援軍……である。そのため敵をさっさと始末出来るなら済ませておきたい。


「く……」


 富田氏実は刀を杖代わりにして何とか立ち上がる。

 一応大将を名乗っているだけはあるのかもしれない。もう少しだけ楽しめそうだ。


「ま、待て!」


 ヤル気満々の気分に水を差すように、富田氏実は片手を目の前で広げる。


「な、なるほど。伊達の当主が変わり、奥州を吞み込む勢いという噂はお主が絡んでおるからか……」

「……ん?」


「撤退じゃ。儂は蘆名のため、まだ死ぬわけにはいかん」


 富田氏実は自分の兵に撤退の法螺貝を鳴らすように指示を出す。


「よ、よろしいので? 目の前にいるのはあの伊達政宗の正室。生かして捕えれば人質として使えますぞ」

「馬鹿、あの動きを見たじゃろ! あんなのを相手するは儂には無理じゃ、イテテ……」


「さ、さようですな」


 空に大きな法螺貝の音が鳴る。

 それを聞いた蘆名兵達は戦う事をやめ、関柴方面に撤退を開始した。


「殿が逃げ切るまで時間を稼がせていただくぞ」


 さっきまで相手をしていた富田氏実の近侍と思われる漢が刀を抜く。

 殿(しんがり)……というやつだ。


 さらに、近侍の後ろに続々と殿兵が集まりだす。

 コイツ等を倒したところで富田氏実を追うのはキツイか。そう思うと戦う気も失せてしまう。


「はぁ……。もういいわ、アンタも行きなさい」

「な、何⁉」


「逃がしてやるって言ってんの。ホラ、早くしないと私の舎弟達が次々に集まってくるわよ」

「拙者は富田氏実様の侍大将、そこそこの手柄となるこの首がいらんと申すか⁉」


「要らねーよ、そんなもん。私が戦いたいのは強いヤツだけ。足軽だか侍大将だか知らないけど、そんな足ガクガクのヤツ相手する気もないっつーの」


 死ぬのが怖いのだろう。侍大将と名乗っていた漢の足は震えている。

 そんなヤツを倒した所で自慢にもなりゃしない。


 私は虫を追い払うように、シッシと手を動かした。


「……、感謝する」


 そう言い残すと、殿を務めていた近侍達は撤退していく。


「姉御」


 横から他で戦っていた豚丸が近寄って来た。


「豚、私の隊の被害は?」

「切り傷を負った兵が数名いるが死者はいないブヒ。それと富田隊が撤退したせいで他の蘆名兵達も撤退を始めているようだ」


「そう」

「追討ちするか?」


「しないわ。この辺りの土地は詳しくないし、……それに小十郎には早く宗時と合流するように言われてるしね」

「わかった。じゃあ俺は新田隊と遠藤隊にそう伝えてくるブヒ」


「お願いね」


 撤退を開始した蘆名軍は渡河を始め、陥落させた関柴館を本陣とした。

 それを確認した私達は川を挟んで対峙するように陣を構えると、目的であった宗時隊と合流する。

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