片倉の義④
「姫様……。姫様がそのように伊達の行く末を考えておられるなんて、この喜多感服致しました。やはり姫様は記憶を無くされても伊達の姫様なのですね……」
涙を浮かべながら、どこか安堵したような笑みを喜多は見せた。
それを見た私と政宗はいがみ合いを中断する。
「……ならなおの事、この喜多の命を持ってこの騒動の始末をつけたいと思います」
「いや、話聞いてた⁉ だからそれは私の問題だってさっきも――」
「姫様の問題は喜多の問題でもあります。また、それを始末するのも姫様の侍女でもある喜多の仕事。なら喜多も片倉の義をもって姫様に応えるまで!」
再び短刀を自らの首に当てる喜多。
切れ味の良さそうな短刀からツーっと赤い雫が落ちる。
「――さらばっ‼」
「――やめろ、姉上ー!」
柔らかそうな首筋に刃物が食い込む。
叫ぶと共に喜多を止めようと飛びつく小十郎。
だが、彼と彼女の間にはそれなりの距離がある。
仮に小十郎が虎であったとしても、喜多の自害は止められないだろう。
皆が一瞬、その瞬間だけは喜多の死を予感した。
――私以外は。
「――っ!」
ボトッと畳に落ちたのは、首……ではなく短刀の柄部分。刃を失った哀れな姿をその場にさらす。
では、肝心な刃部分はどこに行ったのか。皆が揃って天井へ振り向いた。
天井には一本の刃が刺さっている。
その根元部分は複雑な形をしており、柄から外れたというよりも破壊されたと見るに正しい。
何が起きたのか。それは私が一番分かっている。
短刀の柄部分が落ちたのも、刃が天井に刺さっているのも、すべて私が起こした行動の結果だからだ。
私は喜多が短刀をひく瞬間、自らの脚で短刀を蹴り上げたのだ。
ちょっとこの場では品の無い姿だったのかもしれない。姫にしては華の無い、野蛮な行為だったのかもしれない。
それでも喜多の行いを止められるのは私しかいなかった。距離が一番近くて、腕を拘束された私しかいなかったのだ。
「へへっ、ごめんね蹴ったりして。でも、私今こんなんだからさ」
拘束された両腕を一度確認し、喜多は私の顔をジッと見つめた。大粒の涙を滝のように流しながら、私だけを見つめていた。
私は倒れ込むように喜多の肩に寄りかかりながら、涙を流す彼女を諭すように呟いた。
「死をもって義を貫けると思っているなら、それは私の義に反している。少なくとも、私の前で果てるなんてそんな事絶対許さない」
「……ひ、姫様……」
「私の問題は喜多さんの問題……なんでしょ? だったら生きて、尽くすという形で私に義を貫きなさい」
「――ひ、ひぐっ……、も、申し訳……ありまぜん……でじた……」
本当ならこの場で抱きしめてあげたいのだが、この腕ではどうしようも出来ない。
更にいうなら、慣れない出来事の連続で今すぐにでも横になりたいがそうも言ってられない。
私は疲弊した身体に鞭を打ちながら立ち上がった。
「まぁそんな訳だからさ、お殿様。今回の件は私が全部悪いって事でヨロシク!」
もう思い残す事はない。
私はそんな思いで、ちょっとばかり世話になったこの荒々しい時代へ別れを告げる。
「よくよく考えたらさー、私ってここにいちゃいけない存在だと思うのよ。皆は信じてくれないだろうけど、私って未来の人間だからあんまりこの時代に干渉しちゃいけない気がするんだよね。タイムパラドックスって言ってさ、私がいるせいでこの世界線の日本の未来が変わっちゃうかもしれないし。それは生まれ変わってまた未来の日本に戻った時困るっていうか……」
私がこの時代に介入した結果、生まれ変わった時の日本が独裁国家だったら嫌だ。
別に他の国を否定するわけではないが、ニュースを見てる感じ良いイメージはない。独裁国家なりのメリットもあるだろうけど、のびのびと自由に生きたい私には息苦しそうだ。
「それに私が死ねば元の愛姫ちゃんに戻るかもしれないわよ。私っていわば愛姫の身体に乗り移った悪霊みたいなもんかもしれないし、身体が痛まない程度に殺すか、霊払いの専門家にでも頼めば案外成仏出来るかもね」
「……愛、お前――⁉」
「あーでもアンタを蹴った事は後悔してないわ! 前世で私は偉人を蹴ったんだ、って自慢出来るからね!」
この記憶が引き継がれればの話だが。でも今の所は引き継いでいる訳だし、次も引き継いでいる可能性は高いだろう。
でも赤ちゃんのような、人間の最初から生まれ変わった場合はどうなるのだろう。今回はたまたま十三歳の姫様だったから、という場合も考えられる。
そんな事考えてもしょうがないか。私は今からケジメを取らないといけない。
この時代の、この国の基準は分からないが、少なくとも命を取られるだろう。私の読んだ漫画やゲームでは結構死んでたし。
「さぁ、煮るなり焼くなり好きになさい! あーでも切腹系は勘弁ね。私流石にそこまでやれるか自信ないし、下手な事して中々死ねなかったら嫌だから」
「注文が多いが良い覚悟じゃ。では目を閉じろ。一瞬で終わらせてやる」
そう言うと、輝宗は私の前に立った。
その顔には悲しみ……など無い。険しい表情で私を見下ろす顔は、子供を躾ける親の顔、鬼の顔をしていた。
私は言われた通り、瞼を閉じる。目を閉じさせたのは、一瞬で終わらせるための輝宗なりの配慮だろう。
どうやって私を殺すのか。少し気になってきたが、私は我慢して、ビクビクしながら刑が執行されるのを待った。
……。
…………。
ゴーン!
っと鳴ったのは私の脳内だけだろう。周りには鈍い音が響いただけだろう。
一瞬天国に飛んでいきそうになったが、その天使の手から引き剥がすかのような痛みが私の頭上で起こった。
「――――痛あああぁぁぁ!」
殴られた。思いっきりのグーで輝宗にゲンコツを貰った。
自身の拳をふぅーと吹き、頭を押さえる私を見降ろしている。その顔は先ほどのまでの鬼の形相ではなかった。
「この大馬鹿者がっ! 其方の父・清顕殿を再び悲しませるつもりか!」
「え……」
そうだった。今の私、愛姫の父は陽徳院政則ではなく田村清顕だ。そして愛姫とは友好の証として伊達に嫁いだ女なのだ。
私が死ねばその約定はなかった事にされるかもしれないし、殺された事がバレれば逆恨みで田村家が兵を上げたり他の隣国大名と同盟を結ぶかもしれない。
この時代の姫様の役割は非常に重大であり、この身体は田村領みんなの想いを背負っているのだ。
それを知ってでも私は責任を取って死にたいと思うだろうか。
……否だ。それは私の義に反している。
一度は好き勝手生きてやろうと思った。だけど、私は愛姫という身体を借りているという事を忘れてはならないのだ。
「……そうね、私が馬鹿だったわ。二度とこんな事言わないから、その……」
「分かっておる。今回の件は不問とする。勿論、喜多についてもじゃ。これからも伊達と息子政宗に尽くすがよい」
そんなわけで、今回の私が政宗を蹴り飛ばした騒動は一件落着となった。
終わってみれば笑い話。私が前世の記憶を引き継いでいる事は一旦なかった事にされ、とりあえずは生き返って良かったと皆に祝福を受けたのだった。
片倉姉弟からは何度も頭を下げられて大変だったが、喜多にはこれまで以上の忠義を、小十郎には困った時仲介役になってくれるようにお願いした。
義姫は今回の事について納得していなかったようで、小次郎を連れてそそくさに部屋から出て行ってしまった。
そして政宗は、私の頭をポンポンッと叩き「親父からの命じゃ。しっかり余に尽くせよ」と、生意気ながら笑顔でそう言った。
出来れば蹴飛ばしてやりたかったが、デジャブになりそうだったのと、今後の事をゆっくり考えたかったため、仏の心で許してあげた。
「それにしても戦国時代……か。漫画やゲーム、歴史で習った武将たちが集まる戦国の世界に私は来たんだ。ニッヒッヒ、どうやら退屈しないで済みそうね!」
前世では味わえなかった死を賭した戦い。少し怖い気がするけど、私の求めていた緊張感がこの時代にはあるのだ。
そして、どうせやるなら『天下統一』だ。私は伊達を日ノ本一にしてみせる。
タイムパラドックスが起きようとも関係ない。私はこの宿命の流れに乗ろう。
ここから始まる愛姫の物語、新戦国物語の幕開けである。




