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小手森城は深紅に染まる 前編④

「ご、ごめんなさい……。私は……泣きたいのは貴女だというのに……」

「……義姉上」


 泣き崩れる喜多に、朱里が寄り添う。

 喜多には悪いが、泣く意味がわからない。

 

 いや、正確には何故そんな顔をするのが理解出来ない。

 弟に子供が出来たのだからこれ以上おめでたい事はないはずなのに……。


「まだ男の子と決まったわけではありません。それにこれだけ元気が良いのです、もしかしたら義姉上のような勇ましい女の子かもしれませんよ」

「……そ、そうですね、ごめんなさい。私としたことが、ついつい男の子だと決めつけてしまって……」


 会話の内容から、どうやら女の子が欲しいようだ。

 でも、わかるかもしれない。私も最初に産むなら自分の分身となる女の子が良いかも。別に男の子が嫌だってわけではないけどね。


「ねぇねぇ……泣いてる所悪いんだけど、何で男の子はダメなの? やっぱ最初は女の子がよかったとか?」


 私の問いに、朱里は目を大きく開きながら眉を寄せる。


「あ、義姉上……、もしかして姫様にあの事を話していないのですか?」

「ごめんなさい。城では誰が聞いているのかわかりませんし、それに……小十郎には他言無用と口止めされているから……」


「そ、そうでしたか……、旦那様が……」


 あの事?

 口止め?


 いったい何の事だろう。


「喜多、説明して。ここに私を連れてきた理由……、それが朱里の妊娠と関係してるの?」

「姫様、ここは私……朱里が説明させていただきます。そもそも、これは私と旦那様の問題であり、義姉上は全く関係のない話なのですから」


 胸に手を置き、覚悟を決める朱里。

 彼女の口から発せられた言葉はとても残酷で、戦国時代ではよくある話で、だけど……私にとっては到底理解出来ない事で。


 それなのに淡々と話す朱里には、もう覚悟は決まっているのだろう。

 それが従わせる者と従う者。主と家臣の掟なのだと教えられているのだから。むしろ、政宗と小十郎の関係なら尚更なのかもしれない。


 胸がねじれそうな話だったが、私は話を聞き終わると迷わず馬へ跨り、爆速で米沢城に帰宅していた。

 戦がどうとか、掟がどうとか、生まれる子がどうとかではない。


 私は今、とある漢を蹴り飛ばさないと気が済まないのだ。


 ――――――――――


 米沢城に帰宅するやいなや、私は軍議が行われている大広間に向かう。

 城内には多くのお付き達の姿があった。数日後に迫った戦のため、伊達領の各城主達が集められていたのだ。


「――だから殿、総攻めはさっきから駄目だって言ってるだろ」

「うるさい阿呆が! ここで攻めねば儂は奥州中で臆病者と笑われてしまうわ!」


「時期を考えろって。気持ちはわかるが、俺も小十郎の意見に賛成だ。何でそんなにムキになるかねぇ」

「ムキではない! 奴等は儂等がすぐに攻めて来ないと思い裏切ったのじゃ! なら、その油断を突くまでよ!」


「だから駄目だって。それも見越して絶対準備してるって」

「儂が伊達の頭領じゃ! 儂が出陣と言ったら出陣なんじゃ!」


「職権乱用だぁ……」


 政宗のうるさい声が響いている。

 聞き慣れた声の持ち主が政宗を止めようと試みているようだが。


「――よいか、この戦そう時はかけられぬ。一気に城を囲い込み……ん?」


 私に気付いたのか、政宗は話すのを止める。

 周りに座っている城主達も一斉に顔をこちらに向けるも、ひとりだけはマイペースに私へ腕を振って挨拶をした。


 聞き慣れた声の持ち主。伊達一門衆のひとり、大森城城主・伊達成実(しげざね)だ。


「おっ姫様じゃーん、元気だった? ってあれ、殿さっき姫様いないって言ってなかったっけ?」

「今帰ったんじゃろ。それにしても、随分とお早い帰還じゃな」


「へぇ何処に行ってたん?」

「片倉屋敷じゃ」


「片倉屋敷って……小十郎の? 何でまた?」

「知らん。喜多がどうしてもと申すで、数日留守の予定じゃったんだが……」


 そんなふたりの会話を気にする事なく、私はとある漢の姿を探す。


「なんじゃ愛、そんなにキョロキョロと。帰って早々誰かを探しておるのか?」

「小十郎……小十郎はどこ⁉」


「小十郎? 小十郎ならそこにおるではないか」


 政宗が指差すのは、私の真後ろ。

 振り向くと、そこには驚いたような顔をしている小十郎がひっそりと座っていた。


「ひ、姫様、拙者に何かご用で?」

「そこにいたか……」


 私はゆっくりと小十郎に近づき、油断しきっている顔面に右脚を振りかざした。


「このトンデモご忠義野郎がぁぁぁ‼」

「ぶッッ⁉」


 怒りの鉄拳……ならぬ、怒りの鉄蹴。

 私は片倉屋敷で溜め込んだ怒りを右脚に込め、小十郎の顔面に叩き込んだ。


 小十郎は吹っ飛んだ。

 とはいえ、勿論本気ではない。ある程度手加減をしていたため、外までは飛ばず、廊下へ倒れ込んだ。


 周りから驚きの声と戸惑いの声が混ざり合う。

 私は再び小十郎に近づき、胸ぐらを両手で掴み、その大きな身体を起こした。


「……ひ、姫様、拙者……姫様に何か粗相でも……」

「私じゃねぇ。小十郎……、アンタ生まれてくる子供が男の子だったら殺すって本当なの⁉」


「――⁉ ――何故姫様がそれを⁉」

「答えろ、小十郎‼」


 生まれてくる子が男の子だったら仕方なく殺すつもりです、と朱里は片倉屋敷で私にそう告げた。

 勿論、最初は意味がわからなかった。


 何故、男の子だったら殺すのか。

 何故、女の子なら良いのか。


 その理由。朱里は口を震えさせながらも、途切れ途切れながら私に話してくれた。


「こ、小十郎……、愛が申した事は……まことか?」

「…………」


 あの時の朱里はきっと凄いプレッシャーを感じていたと思う。

 身分が違う人に、自分の夫が臣従する殿様の姫に、「貴女達のせいですよ」と言ったようなものなのだから。


 勿論、こんなド直球には言わない。

 いくらか言葉を選んではいたが、その真意は周りが聞けば棘があり、口がすべっても言ってはいけない言葉だった。


「まことかと聞いておるんじゃ、小十郎‼」

「殿……」


「何故、生まれてくる子を殺す⁉ 小十郎の最初の子であろう、こんなおめでたい事ないではないか!」

「そ、それは……」


 だけどあの時、朱里の顔には恨みや憎しみの感情はなかった。

 それが忠義を貫く事なのです、と朱里は涙を堪えながら私に訴えたのだ。


「私達に子供がいないから、当主を差し置いて男の子を持つわけにはいかない。って朱里が教えてくれたわ」

「つ、妻がっ⁉」


 そういう事ですか、と小声で呟く小十郎。

 私が何でその事を知っているのか。喜多と片倉家に行っていた事から納得したようだ。


 勿論、朱里も子供を殺す事は大反対だった。

 ただ、政宗の傅役(もりやく)であり、長年共に成長したふたりの絆に割り込む事は出来なかったという。


 子供が関係ないのはわかっている。そんな事は小十郎だってわかっている。

 裏切る事が当たり前の戦国時代に忠義を貫く事の難しさ。それをマジマジと見てきた小十郎だからこそ出来た選択肢、片倉家を盤石にするための犠牲なる一手だったのだ。


 だけど、そんなのは間違っている。子供を犠牲にしてまで家を守ろうなんて間違っている。

 私はそう思い、掴んだ小次郎の服をもう一段強く握った。


「なめんなよ。他人の家庭事情へ口出す前に、まずは自分の家庭事情をどうにかしろ」

「拙者の……ですか……?」


「言っとくけどな、子供ってのはセックスしたから『はい、どうぞ』じゃないんだよ。産む側のコッチはつわりが起きるし、出産時は大砲を腹に撃たれた時ぐらい痛えんだ」

「せっく……? 姫様は大砲を食らって生きておられたのですか、ハハッ流石です……」


 例えだ、例え。

 私はコホンッとひと息つく。


「朱里は凄いよ。私だったら子供をそんな道具のように使う旦那とわかった瞬間、ボコボコにしてから離婚してる。そんな選択、とてもじゃないけど私には出来ないよ」

「姫様……」


「でも……私から見たらどっちも馬鹿、アホ、マヌケ‼ 小十郎達は今しか見てない‼ 結局は自分達がどう見られたいかにこだわってるだけじゃんか、そんなの全然カッコ良くない‼」

「違います! 拙者はこの後の片倉家を想い――」


「なら、未来の片倉家を背負う子供を殺すとか言うな‼ 政治の道具にすんな‼ そんな事をする家臣なんて、私はいらない‼」

「――――‼」


 つい言葉に力が入ってしまう。おかげで、大広間はシーンと静まり返ってしまった。

 小十郎はきっと間違った選択をしていないのかもしれない。忠義を貫くとは、それだけ覚悟を示さなければならないのかもしれない。周りの人間は、きっと私が甘い人間だと奥底で笑っているのかもしれない。


 でも、可哀そうじゃないか。

 この時代に生まれ落ちるのはちょっと不幸なのかもしれないけど、人は自分の幸せを自分で決める事が出来るのに、その選択肢すら与えられないのは可哀そうだよ。


 人としてこの世に生まれ落ちるなら、最低限であり最大限の権利。

 そうやって私達は今を生きているのだから。

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