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小手森城は深紅に染まる 前編③

「…………」


 耳型に髪の毛をまとめている女の子が外から部屋を覗き込んでいる。猫御前だ。

 見慣れない漢が部屋に入っている事で警戒しているのか。私の部屋に入る事はせず、只々半開きの戸から覗き込むだけに留めている。


「騒がしいと思って来てみたら……。センパイ……そ、その漢はいったい……」

「ンフッ、これは可愛い子がいるブヒねー! ホレホレ、おじさん怖くないからこっちに来るブヒよー」


「へ、変態じゃー‼」


 猫御前の絶叫が物語るように、豚丸は笑顔を作りながらも、何故か息遣いが荒かった。

 小中学校が車通学だった私には無縁だったが、今ようやく集団下校を学校側が推奨していた理由がわかった。


 顔だけならまだしも、手をイソギンチャクみたいに顔付近でワキワキとさせているその姿は、もはや変質者だ。


「――ブヒィ!」

 

 私は調子に乗っている豚丸の頭にゲンコツを叩き込んだ。


「バカ、調子に乗んな」

「す、すまん姉御……。ついつい姉御の娘が可愛いもんで」


「いや、私の子じゃないって。猫……、側室の猫御前よ」

「側室?」


 警戒心が薄れてきたのか、猫御前はゆっくりと部屋の中に入ってくる。

 完全には解けていないらしい。キョンシーのようにブカブカな袖でいつでも抵抗出来るように身構えている。


「あー確かに姉御の子じゃないな。立派なモノをお持ちブヒ」

「ああ?」


 何を? と問う前に頭が反応してしまった。

 豚丸もそれ以上は何も言わなかった。


「もしや、門前で騒いでいた奴とはそやつの事か?」

「そうよ。私があっち(九州)へ行ってた時に従わせていた舎弟のひとり。わざわざ会いにここへ来たみたい」


 私は豚丸との関係を詳しく猫御前に話した。


「ニャるほどのう。センパイが九州に置いてきたと申しておった奴等とはこやつであったか」

「そうブヒ。だから、もっと近くに寄っていいブヒよ」


「いや……、それは遠慮しておこう……」


 やはり、最初の印象が悪かったようだ。

 危険な人間ではないとわかっても、猫御前は警戒の意志を緩めない。


「ま、まぁこれから其方は伊達に尽くしてくれるのだろう。良かったではないか、センパイ。丁度兵が足りないと言っておったではないか」

「兵が足りない? 姉御、これから戦に出るのかブヒ?」


 私は豚丸に会議での内容を説明した。


「俺は元々九州の人間だから詳しくはわからんが、こっちの大陸もそろそろ雪が降るんじゃないのか?」

「その通り。だけど、今のアイツ(政宗)相当血がのぼっててさぁ。年内に大内と畠山を潰す気でいるみたい」


「年内って……、姉御はどっちなんだブヒ?」

「私はどっちでも良いんだけどさぁ。でも、肝心の兵達の士気が上がるのかなぁって。そろそろ雪も降るし、骨折り損にならなきゃ良いけどね」


「……そうか。しかし、大将がそう言ってるなら従うしかないブヒな」


 今から兵を集めたとしても、出陣は早くても十一月下旬。約ひと月で決着が付けばいいのだが。

 そう思っていると、またひとり私の部屋に姿を見せる。喜多だ。


「……え、豚丸殿ではありませんか。どうしてここに⁉」

「おっ、喜多殿お久しぶりブヒ。儂等、また姉御の家来になるからよろしくお願いするブヒよ」


「は、はぁ……」


 あまりに突然の事で言葉が見つからない。

 と、言いたそうではあったが、喜多は迷わず私の目の前に座り込み、頭を下げた。


「……姫様、どうか……どうか何も言わずに、私に付いて来てはくれませんか」


 ――――――――――


「ここが小十郎の家……」


 最低限の警護を付け、米沢街道を通り、私達は伊達領内にある白石城近くの片倉屋敷に到着した。

 外観は思ったより質素というか、簡素というか。最低限堀に囲まれているため他の民家とは違うのだが、それでも大きいかと問われるとそうでもない。


 良く言えば無駄がない造り。と、表現したほうが良いのかもしれない。

 それだけ伊達の家臣としては似つかない所に小十郎は住んでいるのだ。


 私は馬を降りると、豚丸に監視を任せ、屋敷の中へと入る。


「へぇ……、中は結構良い感じじゃん」


 入ってすぐに感じた事。

 それは空気が美味い。とても澄んでいる。


 それを象徴するのが綺麗に整備された大きな庭園だ。

 紅葉は最終段階に入り冬の訪れに備えているが、まだ完全には落葉してないようで原型を保っている。夏には緑いっぱいに展開してると想像すると、ここだけは温度が違う……戦とは縁のなさそうな空間があるのだとわかった。


 それだけオンオフをしっかりとやっている。

 人は部屋を見ただけでそこに住んでいる人間がそいうい性格なのか分かると言うが、まさしくここはその模範である。


 私はここを見ただけで小十郎が、片倉家という武家の本質を見たような気がした。


「……あら?」


 私の存在に気付いたのか、屋敷の軒下に座っていた女性がこちら側に身体を向ける。

 黒髪ロングの綺麗な女性。大きくなったお腹を擦りながらも、黒髪の女性は私に柔らかい笑顔を送ってくれる。


「もしかして……、愛姫様?」


 彼女の問いに、私は首を縦に振った。


「やっぱり愛姫様でしたか。ってヤダ、おいでになるならご連絡いただければ。全然おもてなしの準備が出来ていませんのに」

「気遣いは結構ですよ、朱里(じゅり)。兎に角、今は自分を大事にしてあげて。産み月に入っているのですから家の事は私に任せなさい」


「やっぱり義姉上もご一緒だったのですね。でも、義姉上も遠路でお疲れでしょう。お茶を用意する程度なら全然大丈夫ですので、やはり私が……」

「いいから。貴女は姫様のお相手をお願い。随分と久しぶりなんですから」


「……はーい。では、後は義姉上にお任せしますね」


 妊婦の朱里に無理はさせまいと、喜多は屋敷の中に入って行った。

 フフフ、と笑い声を漏らす朱里。私がいつまでも立っている事が可笑しかったのか、傍に来て欲しいと手招きをする。


「姫様、お久しゅうございます。峠越えお疲れ様でございました」

「全然疲れてないよ。私、馬に乗ってただけだし」


「え……馬に乗られたのですか? 輿はお使いにならなかったので?」

「輿も楽っちゃ楽なんだけど、あの独特な振動がどうも苦手でね。それに、敵に襲われた時いつでも動けるようにするなら馬のほうが良いわ」


「フフッ、姫様ったら戦人のような事を申すのですね。……でも、旦那様の申す通りで少し驚きました」


 その後、朱里は旦那が私を何て言っていたのか話してくれた。

 旦那とは言わずもがな、……片倉小十郎の事だ。


「『姉上がひとり増えてしまった』が旦那様の口癖でして」

「どこが。今では私の方が強いんだから」


「そ、そういう所かと……」

「ねぇ、お腹少し触ってみても良い?」


「はい、少しと言わずお気がすむまでいくらでも。姫様に触れられたらこの子もきっと喜ぶと思います」


 私は大きく膨れ上がった朱里のお腹に触れる。ドクッドクッ、と新しい生命の鼓動のようなものが手からしっかりと伝わってくる。

 それが胎児のものなのか、朱里のものなのかはわからない。


 だけど、その鼓動はとても大きく、前途有望(ぜんとゆうぼう)を期待させる。そんな感じがしたのだ。


「――アハッ、姫様ちょっとくすぐったいです」

「あっごめん。初めてだったもんだからつい」


 私は無意識に撫でていた手を放す。


「早く外に出たい、って言ってる気がしたわ」

「フフッ、姫様に触ってもらったものだからいつも以上に機嫌が良いみたいで。今日はいつも以上にお腹の中をグルグルしているような気がします」


「そんな事をしてへその緒が絡まなきゃいいけどね」

「アハハッ! 生まれてくる時に絡まっていては、さぞ出産の時に難儀をするでしょうな」


「これだけ元気ならきっと男の子ね。小十郎みたいな頭キレッキレの天才軍師になるかもよ」

「……そうですよね、男の子……ですよねきっと。私は出来れば女の子が良かったのですが……」


 明るかった笑顔が消え、どこかしんみりとしてしまう朱里。

 そんなに女の子が欲しかったのだろうか。この時代では男の子のほうが喜ばれると聞いていたのだが。


「楽しそうですね」


 そう言って、奥からお茶と茶菓子を持ってきたのは喜多だ。


「朱里、姫様のお相手ありがとうございました」

「いえいえ。私も姫様とお話出来て楽しいですし、この子も姫様に触ってもらってなお元気になっちゃったみたいで」


「……そうですか。それは良かったですね」


 和気藹々(わきあいあい)の会話なはずなのに、ふたりの笑顔にはどこか寂しさが混じっている。ような気がする。

 気のせいかな。と、思いつつ、私は喜多の持ってきたお茶に口を付ける。


「姫様もきっと男の子だ、と」

「――!」


 喜多から笑顔が消える。

 さっきもそうだ。私が「男の子」と言った辺りから朱里も何だか変だった。


 何でだろう。だけど、私にはそんな事を考えている時間はなかった。

 喜多が泣いている。


 これは嬉しいから泣いているのではない。

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