小手森城は深紅に染まる 前編②
私は使いの兵士に案内されるように門前に到着する。そこには、普段城を警護している門兵に加えて複数の兵士が正門を塞いでしまっていた。
門攻めを受け、必死に堪えている……と言うとそれはそれで物騒なのだが、見た目はそんな感じだ。門兵が槍をクロスさせ、押し寄せて来る何かを押さえるよう必死になっている。
「…………?」
当然ここまでやるって事はひとりではない。複数人の来客、しかもかなりの数と見た。
一瞬だけ自分のファンがサインを求め駆け付けたのかなと思ったのだが、それは聞き覚えのある声によってかき消される事となる。
「だから、俺達は怪しい者じゃねぇって何回も言ってんだろ!」
「何回言おうが一緒だ。お前等みたいな薄汚い奴等が愛姫様の知人だと? 嘘を付くな」
「じゃあ姉御に会わせてくれ。そうすれば俺達が怪しい者じゃないって証明出来るはずだ」
「お前等みたいな賊に姫様が会われるわけなかろう! いい加減にしないと痛い目を見るぞ、この豚面が!」
「ぶ、豚っ⁉ ブヒィィ――!」
何でアイツ等がここに⁉
私は草をかき分けるように、警護兵達のすき間から門前に姿を見せた。
「やっぱり!」
「あ、姉御ぉぉ――!」
特徴的な声の持ち主は、九州でケツの穴に団子をぶっ刺し、共に島津軍と戦った豚丸だった。
それと、周りには愛姫隊のみんなも揃っている。
なるほど、兵士達が余計に集まるわけだ。
「姉御、会いたかったブヒィ!」
「私も――って抱きつくな! うげぇ、それと汗臭っ!」
汚れているのは豚丸だけではない。愛姫隊のみんなの衣服は泥と汗汚れで部分的に変色し、草木で擦ったような傷みも生じている。
確かに、これじゃあ門兵達が私に会わせられないという意味も理解出来る。
「ったく。それよりもアンタ達、何でこんな所に来たのよ。せっかく宗茂に雇ってもらえたのにさ」
正確には、豚丸が宗茂の家臣となり土地を与えられ、愛姫隊の世話をしている。
豚丸は第二次耳川合戦の功績が評価され、賊の頭から立花家の家臣として大出世しているのだ。
そのはずなのだが……。
「俺達は姉御に救われたんだ。だから、死ぬ時は姉御のために死にたい。俺達の死に場所は姉御が決めてくれブヒィ」
「だからって皆連れて来なくても……」
「皆と話して、皆で決めたブヒィ。そもそも俺は賊だったから、誰かの家臣ってガラじゃないし」
「そう言ってもねぇ……」
「あっそうそう、兄者から文を預かってるブヒィ。姉御に会ったら読んでもらえって言われてんだ」
「兄者……、牛幻から?」
私は豚丸から文を受け取ると、場所を変え、豚丸が預かった牛幻からの文を開いた。
――――――――――
★★★
奥州探題伊達家十七代目当主・伊達政宗様の正室、愛姫殿。
まず初めに、弟が勝手にそちらへ向かった件お許しください。説得はしたのですが、どうも本人の意思は固く、実兄である私ですらどうにもならなかったため、急ぎ文をしたためた次第にございます。
弟には米沢に向かうまでの道のりを教えてはいますが、仮に数が多く減っていたとしてもそれは弟の責任であり、弟の弱さが招いた結果ですので愛姫殿が気に病む事はございません。むしろ、弟に毎日弔いの作法をするようにとお伝えください。
さて……謝罪はこれくらいにして、文をしたためた本題に入らせていただきます。
まず、愛姫殿が心配している事について払拭しましょう。
弟が立花家の家臣を抜けた事について心配しなくても大丈夫です。
実は、立花の家臣達の間で元賊の弟が家臣に成り上がった事には反対の声が上がっており、底辺の足軽頭からでも納得出来ないと不満が高まっている状態だったのです。
勿論、道雪様を始め、宗茂様や誾千代様も説得にあたりましたが、そもそも立花家の家臣団が参戦していない戦で自領の一部を与えられるなど少々無理があったようです。
弟は元々愛姫隊のひとり。そこでいきなり家臣って話も大きすぎたのかもしれませんね。
それに、我が弟は猪並みの脳しか持ち合わせておりません。
仮に領地を与えられ政を行おうにも向いてはいないでしょう。困ったら何でも力尽くで解決しようとする人ですから。
豚丸の兄として、愛姫殿にお願いがございます。
どうか、弟とその引き連れた者達をそちらで雇って貰えないでしょうか。おそらく、弟達もそれを心から願っていると思います。
心は空のように広く、器は山のように大きい、義に厚い愛姫殿なら心配はしていませんが……。
まぁその辺りは弟からの吉報を期待しましょう。
話は変わりますが、お約束通りだった寺が完成致しました。私はそこの住職となり、弟子達に仏の道を教える日々となっております。
これも愛姫殿がお口添えいただいたからこそ。あの宗麟様がまことに許していただけると半信半疑ではありましたが、愛姫殿との約束だと渋々銭と人を送っていただけました。ありがとうございます。
宗派は……まぁ興味がないと思いますので、ここでは割愛しましょう。
それと新たな仏の道が開かれたなのか、珍客が参りました。今度愛姫殿にもお会いしていただきましょう。驚かれると思いますよ。
それと驚く事と言ったらもうひとつ。羽柴秀吉が近々従三位・権大納言に叙任すると摂津の商人が申しておりました。
仮にその噂が本当なら、秀吉は信長殿が朝廷から受けていた官位を超える事になりますので、秀吉と敵対している織田信雄殿と徳川家康殿は矛を収めるかもしれません。
となれば、周辺国衆を黙らせた後は四国征伐が本格化するでしょう。
中国の毛利も兵を集め出していると聞いております。おそらくは伊予に援軍を送る準備に入っているのでしょうね。
それなのに、こちらは連合軍に反対する国衆を鎮めるのに苦労している状況です。
そんな事をしている場合ではないというに、もしかしたら既に黒田父娘の計略が始まっているのかもしれませんね。
この程度で崩れるようでは九州連合がまとまったとしても羽柴からの進軍を防ぐ事など夢のまた夢でしょう。
なので、私はゆっくりその行く末を見守ろうと思います。
それでは弟の事、お頼み致しましたよ。
束縁寺住職・藁谷牛幻。
★★★
「なるほどね……」
「……兄者は何と?」
「アンタ達の事、よろしく頼むって」
「そ、そうか。そりゃあ良かったブヒ」
安堵したように、豚丸はゆっくりと息を吐いた。
文にも書かれていた通りだが、様子を見るに豚丸はかなり強引にここに来たのだろう。
おそらく牛幻にも相当言われたはずだ。
そのため、何かしら自分の事が書かれているのではないかと肝をヒヤヒヤさせていたに違いない。
「この手紙には私に会わせた奴がいるって書かれてるけど、アンタ誰だか知ってる?」
「いや、さすがに俺も知らなんだ。だけど、白髪の漢が寺に入ったって言ってたような」
「白髪……、それっておじいちゃんって事?」
「そうかもしれねぇし、そうじゃないかもしれねぇ。たまに若いもんでも白髪な奴はいるし、人間死地を超えると白髪になるって話も聞いた事があるし、さすがに歳まではわからんブヒよ」
それもそうか。
でもこの手紙にも書かれているように珍客って事は、少なからず牛幻は知っている人物なのだろう。
「とりあえず、姉御も元気そうで良かったブヒ」
「元気も元気、この通りよ!」
「でも、実際に来て驚いたブヒよ」
「そうでしょ。米沢だって人は多いし、九州にはない珍しく物だっ色々あるんだから」
「いや、姉御マジでお姫様だったんだなぁって思って。ここに来るまではちょっとだけ疑ってたブヒ」
そっちか。確かに信じ難い話ではあるのか。
自分の目の前に「私は~から来たお姫様なんです」と言われて信じる奴がいるかって話だよね。私も完全には信じないかもしれない。
「疑いは晴れたかしら?」
「ああ。姉御は確かに立派な姫様だった。だが……」
「ん?」
「さすがにちょっと不用心すぎるんじゃねえか。確かに姉御と俺は顔見知りだが、他の連中は違う。こんな得体の知れない男を自分の部屋に入れるなんて、ましてや一対一だなんて気が気じゃないと思うが」
なんだ、そんな事を気にしていたのか。
確かに、男を自分の部屋に入れてる時点でそういう発想になってもおかしくないけど、この時代でもそんな発想になるもんなんだなぁ。
私の場合、何かしてきたら力でねじ伏せるけど。
「あ、姉御……何で指ポキしてるブヒ?」
「いやぁ、アンタそういうつもりなんだーって思って」
「違う違う! 俺はいくら姉御が信用してるからといって自分の部屋に、ましてや本曲輪に入れるのはどうかと思って言っただけブヒ」
「ダメなの?」
「ダメじゃないが、普通は二ノ曲輪や三ノ曲輪の屋敷を使うのが一般的ブヒ。俺が悪い奴なら、今頃殿様の所に行って斬りつけてるかもしれんブヒよ」
「え? アンタ元々悪い奴じゃない」
「う……、それは言わないでくれブヒ……」
元悪い奴。私のツッコミに豚丸は過去の悪行を思い出したようだ。
とはいえ、豚丸の言う事はもっとも意見だ。通りで私が豚丸を本丸に招いた時、周りの視線が余計に気になった理由がわかった。
本曲輪と本丸は同じ意味。簡単に言えばお城の核の部分、要は殿様がいる心臓部分の事だ。二ノ曲輪や三ノ曲輪はその周りを囲む要塞的な役割をしている所である。
バームクーヘンをイメージすれば分かりやすい。中心の空洞が本曲輪なら、その外周の生地が二ノ曲輪や三ノ曲輪といってイメージだ。
「アハハハハ、冗談よ冗談! そんなに落ち込まなくてもいいじゃない!」
「姉御の冗談は容赦ないブヒ……ん?」
豚丸の背中をバシバシッと叩いていると、部屋の戸がゆっくりと開いた。




