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第二十話 小手森城は深紅に染まる 前編①

「クソったれがぁぁ――――‼」


 政宗の怒声と床を叩く音が米沢城内に鳴り響いた。

 

 天正十二年(一五八三年) 十一月十二日。

 先月に家督を相続した政宗だったが、次から次へと届く悲報に頭を悩ませる……どころか、怒りが頂点に達する寸前だった。


 これにはいくつかの理由があるのだが、事の始まりは去年の十月六日に隣国である蘆名(あしな)家当主・蘆名盛隆(もりたか)が暗殺された事にある。

 この盛隆という漢……元は蘆名の隣国である二階堂から人質として送られてきた漢なのだ。


 そのためか、盛隆は蘆名の力を使い、実家である衰退していた隣の二階堂を復興しようとしていたのだ。

 これには当然、蘆名の家臣達からの不満は溜まるのだが、それにつけ込み調略する漢が現れた。


 それが越後守護上杉家当主・上杉景勝(かげかつ)の重臣、直江兼続(かねつぐ)

 上杉家は三年から始まっている越後での新発田家との戦で、新発田を裏で支援していた蘆名家と伊達家を恨んでいたのだ。


 そこで蘆名家の内情が揺らいでいるとわかると、景勝は直江兼続を使い、蘆名の反盛隆派の調略を開始した。

 調略は成功したのだが、盛隆の動きは想像以上にも早く、奪われた城の奪還や反乱を起こした家臣達の鎮圧も成功した。


 だが、反乱の火種は密かに飛び移っていた。それが昨年の十月の事件に繋がる。

 居城・黒川城内で家臣である大庭(おおば)三左衛門(さんざえもん)によって盛隆は暗殺されてしまったのだ。


 いきなりの当主不在に再び揺れる蘆名だったが、盛隆の子供・亀王丸はまだ二歳だったため当主の座に就くには無理な話だった。

 そこで動いたのが伊達輝宗である。


 輝宗は次男である小次郎を蘆名に送り込み、当主にすることで蘆名を伊達の従属国衆にする計画を遂行した。

 これは盛隆の奥さんが輝宗の妹だったため、計画自体は前からある程度動いていたらしい。


 しかし、これに異を唱える国が横槍を入れる。

 それが常陸国(ひたちのくに)(現在の茨城県北東部)を支配していた佐竹だ。


 佐竹は遺児である亀王丸が当主になる事を支持し、蘆名と伊達の関係に介入を始めたのだ。

 おかげで輝宗の計画はパー。佐竹が後ろに付いた事で、蘆名は亀王丸を当主にする事を決め、伊達と敵対する道を選んでしまったのだ。


「これまでの事は水に流し、所領もすべて安堵してやろうと申しておるに……大内め、儂を舐めくさりおって!」


 ビリビリビリ、と政宗は届いた書状を派手に破り捨てた。

 私の前に破られた書状の破片がヒラヒラと落ちてくる。そこには「ガキのお遊びには付き合いきれん」の文字が書かれていた。


「プッ、お遊びって」

「ああっ⁉」


 声が聞こえてしまったのか、政宗の蛇のような眼光が私を睨む。


「殿、やはり大内は蘆名に?」

「ああ。これまで通り蘆名に仕えるつもり故、伊達に下るつもりはない……そうじゃ」


「殿、拙者を大内に殿の名代(みょうだい)として向かわせてくださいませ。必ずや大内を――」

「もうよい、小十郎。儂もいい加減我慢の限界でな」


「ま、まさか……」

「ああ、大内を攻める。そして、大内を制圧したのち隣の畠山も落とす。散々儂を舐め腐りおって……、敵にした事を必ずや後悔させてやるわ」


 さっきは政宗を笑ってしまったが、ああ見えてやる事はしっかりやっている。それ故に怒りがこみ上げてくるのだ。

 大内と畠山は、政宗が家督を継ぐ際に伊達に臣従すると誓いに来たのだが、一度本土へ帰ってから全く動きを見せなかった。


 それどころか早急に砦を強化するなど、あえて伊達との戦に備える動きを見せたのである。

 明らかに伊達を敵視した動きだったのだが、政宗は戦を避けるために何度も大内と畠山に登城するように書簡を送りつけた。


 その結果がこれである。今日に至っては明らかに政宗を煽るような文を返してきたのだ。


「小十郎、家臣達に出陣の準備をさせよ。雪が降ってしまっては奴等に時間を与える事となる故、急ぎ兵を集めよとな」

「お、お待ちください! まさか、たったひと月で大内と畠山を下らせるおつもりで⁉」


「当然じゃ」

「殿、それはいくらなんでも無謀にございます。大内も雪が積もるまで兵を下げないのであれば、こちらも甚大な被害を受ける可能性があります。ここはじっくり調略を進めてからが賢明かと……」


「阿呆、手ぬるいわ! 数ではこちらが勝っておるのじゃ、調略なんぞ使わんでも大内など力攻めで十分よ!」

「しかし、大内は蘆名と畠山に援軍を呼ぶは必至。強引な力攻めではこちらに甚大な被害がでてしまいますぞ。わからぬ殿でもありましょうや……」


「そこを何とかするのが軍師である小十郎の仕事であろう! 儂にこの怒りを来年まで持ち越せとお前は申すか!」

「いい加減にしなされ! 自信の感情で人を動かすは当主として最も愚かな事。一度冷水でも被り、頭を冷やして参られよ!」


「な、何じゃと⁉」


 また始まった。

 政宗の無茶な提案に、小十郎が否を突き付ける。

 

 政宗と小十郎。

 当主と家臣。


 だが、それ以前に小十郎は政宗の元教育係だ。彼らの間に壁など存在しない。

 当主が誤った行動をするなら、それを注意するのが小十郎の仕事だ。仕事なのだが……。


 今日の小十郎は怒るのが少し早い。いつもならもっと諭してから政宗にものを言っているのに。

 というよりも、小十郎は最初からイライラしている。城に到着してから落ち着かない感じだ。


「小十郎……もう一度申してみよ」

「ええ、何度でも申しましょう。己の感情も制御出来ないのでは話にならないと申しておるのです。無理な行軍は多くの犠牲を伴う、その一番の犠牲になるのは命令に従う集められた民達なのです。そんな命を軽く扱う馬鹿当主にどうやって民が付いて来ましょうや!」


「ば、馬鹿じゃと!」


 これはヤバイ。

 見てても面白そうだが、今回だけは血が飛ぶかもしれない。それはちょっと勘弁かな。


「まぁまぁまぁ。小十郎の言いたい事は分かるけど、私もさっさと進軍する事には賛成だわ。一度裏切られてるんだから調略なんてまわりくどい事しないで、言う事聞かない奴はひとりずつシバいてやれば良いのよ」

「ですが……」


「それに大内定綱(さだつな)……だっけ? 裏切者の所に行って小十郎がやられちゃったらどうすんのよ。私はそれが一番心配かな」

「姫様……」


「理由はわかんないけど、小十郎イライラしてるみたいね。外で頭でも冷やして来たら? そしたら考えもまとまるかも」


 ……御意にございます、と小十郎はその場を離れ、外に向かった。

 小十郎がその場を離れた事で政宗も中腰になった身体を落とした。変に喧嘩にならず良かった。


「チッ、まぁ良いわ。……ところで愛、お前はどれ位用意出来そうなんじゃ?」

「何が?」


「『何が?』じゃないわ。お前、自分の兵は自分で集めると言ってたじゃろ。じゃから、今から集めて何百集まるのかと聞いておるんじゃ。数によっては他から集める兵を減らせるからな」


 私は部屋の隅にいる喜多へどれ位集められるのか尋ねた。

 すると、喜多は右手をパーに開き、左手をチョキにし、両手を重ね合わせた。


「ホッ、良かった。七百もいれば十分ね」

「いえ、七十にございます」


 百もいなかった。


「あれ? 何かめっちゃ減ってない?」

「九州での兵は皆置いて来ましたしので。それと、ここでの兵は皆輝宗様からお借りした者ばかりでしたから、それを数に入れるのはどうかと」


 そうだった。九州で私に従ってくれた兵達は付いて来ようとしたんだけど、あまりにも目立つので立花山城で雇ってもらう事にしたんだった。

 クソォ、無理矢理にでも連れて帰ってくれば良かったか。


「……話にならんな」

「ま、待ってよ! 数が集まらなかったからって私を置いてけぼりにするつもりじゃ――」


「阿呆、誰もそんな事言っとらんわ。此度は短期戦故に猫の手も借りたいぐらいじゃ、戦力として数えられるお前を置いていくわけなかろう」

「猫の手……ねぇ。そうだ、そんなに足りないなら猫御前も連れて行ったら? 夜になったら猫の手も必要でしょ。遠慮なく借りたらいいわ」


「お、お前……まだ怒っておるのか……」


 当たり前だ。こんな可愛い奥さんがいるのに堂々と側女(そばめ)を置く野郎を簡単に許せるわけがない。私のプライドはズタズタもいいところだ。まぁ、彼氏とか作る前に一度死んじゃったからプライドもクソもないけれど。


「怒ってない」

「嘘つけ。儂の顔が猫ばかりに向いておるのが気に入らないのであろう。じゃが、それはお前が――」


「はぁ? 怒ってませんが。 私はアンタの正妻って立場だから仕方なくここにいてあげてんのよ。じゃなかったらこんな所にいるか、この浮気者!」

「そ、それについては何度も頭を下げておるではないか。それに猫は別に欲しくて側女にしたわけじゃ……」


「うるせぇ! そんなに腰を振りたいなら、そのご自慢の竿をおっ立てて風俗にでも行ってこい! んでもって二度と帰ってくんな、この梅毒野郎!」

「こ、この阿呆……、儂が少し下から出たからって調子に乗りおって!」


 ゴンッ、と音を鳴らし、私は逆上した政宗とおでこを擦り合わせた。


「あ……あの……もうよろしいでしょうか?」


 部屋の戸がいつの間にか開いている。

 そこにはひとりの門兵が気まずい顔をしながら突っ立っていた。


 同時に門兵へ顔を向ける私と政宗。

 そのどちらか、はたまたどちらの顔も怖かったのか、門兵は「ヒィッ」と声を漏らす。


「そ、その、愛姫様にご客人というか何というか……」

「あ? 誰⁉」


「そ、それが何て申したら良いのか……。姫様には不適切な者だったため追い返そうとしたのですが、あまりにもしつこい故、一度お尋ねしておこうかと」


 私はスッと顔を上げる。

 すると、勢いに任せていた政宗は顔面から床に突っ込んでしまった。ざまぁみろ。


「……? 誰かしら、今行くわ」

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