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博乱の八咫烏⑨

「や、やだなぁ仕事人の姉御。ちょっと魔が差しただけでさぁ、勘弁してくださいよー」

「…………」


「そんな怖い顔しないでしないで。ほらぁせっかくの美人が台無しでっせ?」

「はぁ……、アンタの掌返しの呆れてんのよ……」


 お得意の営業スマイル。何とか許して貰おうと必死さは伝わる。


「高利で貸付してた事は重々反省しております、はい。今後は常識の範囲内でやらせていただきますので」

「それだけじゃねー。アンタ、金を返せない奴等からは若い子を奪って売りさばいていたでしょ」


「よ、よくご存じで……」

「ちなみに聞くけど、お松って人の娘は無事なんでしょうね?」


「お松?」


 名前を連呼しながら考え込む銭虎。

 すると、手をポンッと叩き、何かを思い出したかのような顔になる。


「あ、五葉の事でっしゃろ?」

「あー確かそんな名前だったかな。……、アンタまさか……」


「いやいやいや、大丈夫でっせ! 五葉はまだ味見が終わってねぇですから売ってないんですよ」

「……味見?」


「いやいやいや、間違え申した! 教育、教育でっせ姉御!」


 ポンポンッ、とおでこを叩く銭虎。

 薄っすらと脂汗が滲み出ている。本当に依頼人の娘は無事なんだろうか。


「とりあえず、アンタが選べる道はふたつある」

「ふ、ふたつ?」


「ひとつ、私にぶっ飛ばされてから城の牢で生活するか」


 ブンブン、と銭虎は首を左右に振る。

 よほど嫌なのか、首の残像が見えるほどに速い。


「ひとつ、売り飛ばした子はアンタが再度買い直し解放する事。勿論、借金はチャラね」

「ま、まさか全員でっか⁉」


「当たり前よ」

「そ、そんな! そんな事をしたら儂の金が――」


「無理なら私にぶっ飛ばされてからの……」

「ややや、やります! 買い戻して解放します! ですから、それだけはご勘弁を!」


 銭虎はその場で跪き、おでこを地面に擦り付けた。

 どうやら二番目の道を選択したらしい。


 依頼人のお松からしたらちょっと手ぬるいと感じてしまうかもしれない。私も同じ気持ちだ、本当なら思いっきりぶっ飛ばしてやりたい。

 だが、それだけでは一時の快感で終わってしまう。それはこの悪事を根本的に解決したとは言えない。


 やるなら根本から綺麗サッパリ無くさないといけない。

 それは銭虎の仕事であり、城に幽閉されては元も子もないし。


「しょうがねーな。それで許してやるよ」

「はは、有難き幸せ!」


 ちょっと物足りないけど、初仕事としては上々かな。

 そう思った時、私と銭虎の間に銃弾が撃ち込まれた。


「――わっ!」

「こ、これは!」


 私と銭虎は同じ所に視線を向ける。

 銭虎屋敷の塀の上。大きくそびえ立つ松の木の上に鉄砲を構えた男の子の姿を見つけた。


「旦那、お待たせ」

「おお、烏!」


 え、烏? 烏って昼間に会った少年の烏?

 何でこんな所に……。


「遅いわ、何をモタついておったのじゃ!」

「ごめんよぉ旦那。オイラ、夜がちょっと苦手だからさ。あのふたりを振り切るのに時間が掛かっちゃった」


「まあいい、さっさとコイツをどうにかするんじゃ! 売りさばいて、儂に喧嘩を売った事を後悔させてやる!」

「はいはい、わかったよ。旦那は相変わらずせっかち屋さんだねぇ」


 銭虎の指示に返答をしつつ、烏はゆっくりと銃口を私に向ける。


「誰だか分からないけど動くなよ。暗くてよく見えないんだから」


 外灯がないとはいえ、月明かりに照らされた私の姿が分からないらしい。

 確かに、暗い所で物を認識するには時間が掛かるが、彼の場合その認識能力が人以下なのかもしれない。銃口を何度も動かし、微調整に手間取っている。


「烏……まさかこんな所で再開するなんて……。だけど、アンタに恨みはないからここで退場してもらうわよ」


 どちらにせよ、このままでは撃たれてしまう。なら、先手を打たせてもらうよ。

 私は袖の下から一文銭を取り出すと、親指で弾いてみせた。


「――ワンッ!」


 クルクルと回転した一文銭を追うように、烏が松の木から豪快なジャンプを披露する。

 銭が見えていたのか、それとも音に反応したのか、烏は空中で一文銭をパクリッとキャッチした。


「あああ――! あの馬鹿、何やっとるんじゃ!」


 豪快なジャンプにはそれなりの反動を必要とする。

 烏は大ジャンプと引き替えに両手を離してしまっていたのだ。その証拠に、木の真下には烏の持っていた銃が転がっている。


 売りさばく? 後悔させてやる?

 どうやら、少しでも許してやろうと思った私が甘かったようだ。


「や、やだなぁ姉御。まさか本気にしちゃいました? ハハハ、冗談でさぁ冗談。だから、その指ポキポキするのやめてくださいよぉ」

「アハハ何言ってんのよ、私だって冗談だってば」


「ヘ、へへ……、姉御……顔が笑ってねぇですぜ……」

「冗談つーのは……、テメーを許すって言ったことだよ!」


 烏も自分が銭に引き寄せられたと気付いたようだが、もう遅い。

 既に、私の左脚は銭虎の顔面を捉えていた。


「ぐへぇぇ――」


 丸々と太った肉の塊が宙を舞う。

 ふっ飛ばされた銭虎は塀を超えると、大きな物音をたてながら何かに衝突したようだ。


「後の事は閻魔様に任せるわ」


 ――――――――――


 翌日の朝。ふたりの親子が店にやって来た。

 依頼人のお松と、その娘の五葉だ。娘を救ってもらった事に対してお礼を言いに来たのだ。


 話によると、夜中に娘が帰ってきた時、身なりが綺麗だったため最初は誰だかわからなかったらしい。だが、声を聞くと自分の娘だとわかったため、私達が救ってくれたのだと確信したようだ。

 ついでに、他の娘達も無事自分の家に帰れたようだ。その後の始末は喜多とずんが上手くやってくれたようで、騒ぎを聞きつけた城兵が屋敷に侵入した時には誰もいない状態だったという。


 それともうひとつ。烏の事だ。

 自分の主を守れなかったことで、その後追い腹を……なんてするわけもなく、次の主を探すべくその場から立ち去ってしまった。


 任務の責など一切感じていない。無責任。

 だが、ひと言で言い表すなら彼は金で雇われた傭兵だ。だから、これくらいアッサリしているのもなんとなく理解出来る。


 そんな事を思いながら、私は『準備中』の看板を店頭に掛け、お店を後にする。

 すると帰る途中、お城の外で人だかりが出来ているのを発見した。


 何だ何だ、と私が近づくと、見覚えのある頭をした小さい女の子が背伸びをしながら、何とか人だかりの奥を見ようと奮闘していた。


「何やってんの?」

「ん? あー愛姫センパイではないか、良いところに来たのう」


 私をセンパイ呼びするのは猫御前だ。


「昨晩どうやら敵襲があったようなのじゃ」

「敵襲⁉ どこから⁉」


「さぁ……。じゃが、敵は丸々太った人間を大砲代わりに撃ってきて、三の丸の城壁を破壊したそうなのじゃ。ニャハハ、面白い話じゃろ?」

「ハハハ……」


「……センパイ、何か知っとらんか?」

「……知らない」

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