博乱の八咫烏⑧
と少々長くなったが、ここまでが流れだ。
ずんは遊女達の救出に成功。そして、喜多は正門から侵入し、敵を始末しながら銭虎のいる部屋に到着した、というわけだ。
「な……何だテメーは⁉ 警護の奴等は何やっている!」
「悪党に名乗る名などないのですが……。そうですね……、強いて言えば私達は『仕事人』でしょうか」
「仕事人? それに私達……だと?」
「表では民と同じく主業へ精を出しまするが、裏では依頼人の頼みを金で解決する。それが仕事人です」
「し、仕事人……、聞いた事がねーぞ……」
理解不能な自己紹介と圧に押されたのか、銭虎は一歩二歩と後ろへ下がる。
「……で、その仕事人が儂に何の用だ?」
「依頼人の願いは自分の娘を救い出し、胸に渦巻く恨みを晴らす事。高利貸しの銭虎殿、貴方にはここでお縄になってもらいますよ」
「何を言うかと思ったら……。おい野郎共、であえであえぃ!」
銭虎の合図は四人の侍を呼び寄せ、喜多の左右と背後に回り込んだ。
刀を抜き、威嚇する四人を相手しようと振り向いた、その時。四人は意識を失い、その場で倒れてしまった。
「――なっ⁉」
「仕事人はひとりだけじゃねぇっスよ」
四人の意識を奪ったのは、ずんの投げた簪クナイだ。
侍達は喜多の後ろを取ったように思えていたが、逆にずんは彼等の背後を取っていた形となっていたのだ。
「とはいえ、簪がもったいねぇっス」
「お打、屋敷の中にいた娘達はいかがに?」
「既に皆屋敷の外っス。後はそこの高利貸しだけスね」
「なるほど。では、もう遠慮はいりませんね」
邪魔者がいなくなった事で喜多とずんが銭虎に近づくと、その間に鉄砲を持った少年が割り込んだ。
「おおっ、烏!」
「旦那、ここはオイラが引き受けるからさっさとずらかりな。このふたり相手じゃ足止めが精一杯だよ」
「ど、どこに逃げろって言うんじゃ! それにお前は儂の用心棒ぞ、儂ひとり逃げて誰が儂を守るんじゃ!」
「こんな時に何言ってんの。後で追い付くから今はさっさと逃げなって」
「ヌヌヌ……わ、わかった」
ガチャリ、と烏が銃を構えて威嚇する間に銭虎は裏口に向かって走り出した。
それを追いかけようと喜多とずんが動くが、回り込むように烏が壁となり銃口を向ける。
「……正気ですか? こんな所で鉄砲なんて撃てば、音で城の者が駆けつけますよ」
「へへヘ、音が鳴れば……ね」
烏は構わず鉄砲の引き金を引いた。銃口から放たれた鉛玉は喜多の服をかすめると、屋敷の内壁へとめり込んだ。
迷わず引き金を引いた少年に、喜多とずんは動くことが出来なかった。
ただし、これは恐怖や少年の度胸が勝り動けなくなった……というわけではない。
発砲音が聞こえなかったのだ。
いや、正確には聞こえなかったわけではないのだが、あの空気を振動させる鬼のような轟音が抑えられていたのだ。
「次は当てるからね」
烏は素早く弾を詰め直すと、再び銃口をふたりに向けた。
――――――――――
ギギ……と、黒く塗りつぶされた小さな鉄門が開いた。
中から出て来たのは、大量の汗を掻いた小太りなオッサンだった。
ただし、来ている服の素材からして裕福な環境にいるのは間違いない。
今日は満月だ。月明かりが男を照らし、どのような人物なのか私にハッキリと教えてくれる。
「ハァハァ……、いったい何が起こっておるんじゃ……」
両膝に手を付き、出て来た屋敷を見ながら乱れた呼吸を整える。
まるでさっきまで幽霊にでも襲われていたような表情をする。それだけ男の顔は青々としており、助けを求めるように首を左右に振り、周りを確認する。
「おおっ!」
男は私の存在に気付くと、希望に満ちた表情で走り近づいた。
「ちょうど良い所にアンタ、儂を助けてくれんか!」
「……ああ? いきなり何だよオッサン」
「儂は今命を狙われてるんじゃ! 金ならやろう、じゃから儂を匿える所に連れてってくれ!」
「いやいや、そんなの知らねーって。てか、アンタ誰よ?」
「いいからさっさと儂を助けろと言っているだろう! 儂はこの屋敷の主ぞ、早くせんとお前もいずこへ売り飛ばしてしまうぞ!」
「アハッ、やっぱアンタが高利貸しの銭虎ね……。逃げるの見越して、外で張ってて正解だったわ」
「なっ……、まさかお前も仕事人か⁉」
何に対しての仕事人なのか分からないが、銭虎はそう言うと少しづつ私との距離をとるように後退りを始める。
「何よ、逃げなくてもいいじゃない」
私が一歩踏み出すごとに銭虎も一歩下がる。
繰り返し行う事で、銭虎の足は観念したのかついに止まった。
いや、もうこれ以上下がれないのだ。
「あっ⁉」
大きな塀が銭虎の逃げ道を塞いでいた。
隣には木箱や使わなくなった道具類が大量に放置されている。多分ここは道としての利用価値がないため、物置として利用されているのだろう。
やろうと思えば木箱を土台にして塀を飛び越える事も可能だろう。だが、銭虎のようなブヨブヨの身体ではジャンプはおろか、木箱に跨る事すら難しそうだ。
「ちょ、ちょっと待て! 儂がいったいお前さん等に何をしたって言うんじゃ!」
「何もしてねーよ。私はただ、依頼人の願いでアンタを始末しにきただけだから」
「依頼人じゃと⁉ いったい誰じゃ⁉」
「ふふーん、知りたい? 冥土の土産に教えてあげよっか?」
ゴクリッ、と銭虎は唾を飲み込んだ。
「…………、ってこのセリフを言いたかっただけだから教えなーい」
「言わないんかい!」
「だってこれ以上喋ったら、逆に私が負けちゃそうじゃない。そんな漫画みたいなテンプレは勘弁だっつーの」
「な、何言っとるんじゃお前……」
「まぁそんなわけだから、ここで大人しく成敗されてよ。抵抗しなければあっという間だからさ」
「ふ、ふざけるなよ小娘がぁぁ!」
諦めたのか、銭虎は腰に付けていた脇差を抜き、刀身を見せつけながら威嚇をする。
「よくよく見たら、お前丸腰じゃないか。驚いて損したわいバカ者」
形勢逆転、勝利を確信したような顔を銭虎は見せた。笑いながらゆっくりと私との距離を徐々に詰めてくる。
だが、構えといい脇差の握り方といい、コイツからは全く気迫ってものが感じられない。ド素人もいいところだ、これだったらまだ高校のヤンキー共のほうがマシである。
「今からその口で悲鳴が聞こえる思うと……ククク、覚悟せい」
「……やめといたほうが良いと思うけど」
「――ほざけ!」
威勢だけは良い銭虎の突進に合わせ、右脚を天に振り上げる。
「――がっ⁉」
鈍い音と共に脇差は空を舞い、私の数歩後ろの地面に突き刺さった。
「だから言ったじゃない。やめとけって」
「ヒ、ヒィィー!」
蹴られた手を押さえながら銭虎は逃げようと試みるが、再度後ろの塀が鉄壁の要害となっている事に気付く。
今度は積まれていた木箱に登り塀を飛び越えようとするが、木箱は長い間放置されていたせいか脆くなっていたため銭虎の体重に耐えられる事は出来なかった。
「がはぁ!」
木材の割れる音と人が地面に落ちる音のミックス。
ドタバタコメディの一部始終を観ているようで、本当に漫画の世界にいるのではないかと錯覚してしまう程だ。
往生際が悪いとはこの事。
銭虎は逃げられないと悟ったのか、今度は手をすり合わせ、笑顔で私に許しを請うのだった。




