博乱の八咫烏⑥
喜多が屋敷内で銭虎を発見する数時間前まで話は遡る。
博打大好きな烏と別れ、お店に戻ると、そこには店番をしていた喜多と、頼まれ事を終えたずんが戻っていた。
「お帰りなさいませ、姫様」
「ただいま。ずん、頼んでおいた例のやつ……どうだった?」
ずんは一枚の見取り図を私達の前に広げた。
これは銭虎屋敷の見取り図だ。
おそらく屋敷に忍び込んでくすねた物に違いない。
そこには屋敷内の構図と、後に追加したであろう赤丸が数カ所描かれている。
「屋敷内はそこまで複雑じゃなかったっス。この奥にある庭の付いた部屋に銭虎が、それで隣の隣『遊女部屋』って所にお松さんの娘はいると思うっス」
「……いると思う?」
「遊女部屋にいたのは目視で六人。話を聞いていたところ、どうやら炊事や掃除などの雑用もやらされているっぽいっスね。外で女がふたり水汲みをしているあたり、少なくとも八人以上は遊女がいると思うス」
そんなにいるのか。
他の女達がどんな理由で銭虎屋敷にいるのか分からないが、話を聞く限りお松の娘と似た感じと捉えて間違いないだろう。
「正門には常にふたり、中には結構な数の雇われ兵がいるっス。それに誰がお松さんの娘なのか分からないうえ、人を逃がすにも出入り口がひとつしかないっスねぇ……」
「ん、そういえば人ひとり通れる裏門があったけど、あそこはダメなの?」
「裏門は黒塗りになっていて見た目じゃ分かんないんスけど、あれ鋼鉄の門なんス。分厚い鍵も掛けられていて、壊すには爆薬を使わななければ無理かと」
それはダメだ。そんな事をしたら騒ぎとなるし、最悪私の仕業とバレたら外出が出来なくなるかもしれない。
ここは戦場ではない。あくまで穏便に、依頼はスマートに解決しなければならない。
「姫様どうでしょう? ここはお打にお松さんの娘だけと接触してもらい、飛んで持ち帰って来るというのは」
「それだと根本的な解決にはならない。娘がいなくなったと知れば、銭虎は確実に再度奪いに来る。そうさせないため、銭虎には一度痛い目にあってもらうわ」
「となると?」
「屋敷へ侵入し、捕らえられた娘たちを解放した後、銭虎をシバく。これで万事解決ね」
私はずんが調べた屋敷の見取り図を頼りに、今後の作戦をふたりに説明する。
「――以上。質問は?」
「わかりました。では、一度武器を取りに城へ――」
「あーダメダメ。これはあくまで何者かによる鉄槌であると思わせないといけないのよ。私達の仕業とバレたら元も子もないからね」
「しかし、武器が使えないのでしたらどうすれば……」
「アレよアレ。喜多がここ最近私にやったアレ」
「え……? もしや、骨接ぎの事で……?」
骨接ぎ、簡単に言えば整体師の事だ。
九州のお土産に人体治癒に関する活法書が含まれており、喜多はそれを見て最近骨接ぎと呼ばれる施術にハマっているのだ。
実父である左月が高齢ということもあり、城にいる間は少しでも親孝行をしたいらしい。良く出来た娘だと私も思う。
とはいえ、学んだばかりの施術で満足させられるか分からなかったため、一度私が実験体になったわけだ。
マッサージの上手い下手には色々あるのだが、喜多の施術は一味も二味も違う。
恐らく人体にとって簡単に触れてはいけない骨や関節をいじったのか、私は姫が発してはならない声を上げながら意識を失った。その後、三時間は意識が戻らなかった。
「別に失敗してもいい奴ばかりよ。とことん学んだ施術を試しなさいな」
「ひ、ひどい! 姫様は私の骨接ぎを暗殺術と勘違いしていませんか!」
「バ、バカッ、そんな事ないわよ。人は失敗して成長するの。そう思えば悪人のひとりやふたり、実験になっても問題ないでしょ。どうせ裁かれるんだから」
「それもそうですね……。 確かに歩く木偶の棒と思えば罪悪感も無くなるかもしれませんね!」
うーん。何だか変な方向へ向かっているようだが、まぁ気にしないでおこう。
「ずん、アンタにはこれをあげる」
「……これは?」
「アンタの武器よ。見た目も可愛いし、クナイの代わりとなって一石二鳥でしょ」
「ええ――っ⁉ これがクナイ⁉」
渡された武器に納得がいかないようだが、時間切れだ。
日は落ち、米沢の町は漆黒に包まれてしまった。
「カラスの声も聞こえなくなったし、さぁボチボチ仕事だよ!」
――――――――――
●銭虎屋敷門前
「おーい、交代だ」
銭虎屋敷の正門が開いた。
中から現れたのは同じ服を着た男がひとり。この男こそが夜の見張り役を任されている門兵である。
ちなみに、夜はひとりしか門兵がいない。
理由は単純、暇だからだ。牛丼チェーンやコンビニなどでワンオペが問題となっていた時期があったが、それと同じと考えて良い。
「ふぅ……やっと帰れるぜ。今日は異常ないぞ」
「今日も……だろ」
「そうそう、今日も。ガハハッ!」
日常的な引継ぎ。
特に何かある訳ではないが、男達は今日の出来事に触れる。
「そういえば、今日町娘が寄って来てよ――」
「嘘つけ。お前から寄ってったじゃねーか」
「うるせぇ。で、その娘が結構可愛くてよ。ありゃ旦那に見つかったら間違いなく屋敷行きだわなぁ」
男は町娘との会話の内容を夜勤の門兵に話した。
「変わった女でよ。俺達の仕事はいつまでなんだ……とか、夜の見張りは何人でやってるのか……とか聞いてくんだよ。面白えだろ?」
「へぇ……変な奴だな。……それでお前は何て答えたんだ?」
「日没までって言ってある。俺はこれからあの娘と遊んでくるぜ。町にある水車小屋の前で待ち合わせしてんだ」
「お前仕事中に何してんだよ……」
「怪しい奴の調査だって仕事の内だろ。そうそう、俺が誘ったら『えーどうしよっかなぁ』って色目使ってきてよ――」
男達は自慢話を終えると、そのまま水車小屋の方に走って行った。
仲間の自慢話に付き合った挙句、これから始まる夜間の警備に、門兵はため息が出る。
すると、男達とすれ違いでひとりの人間が銭虎屋敷の方に近づいて来る。
かがり火の灯りだけではハッキリと誰なのかは分からない。だが、確実にその人間は屋敷に向かって来る。
「……女?」
ある一定の距離にまで近づくと、その体つきから女である事が分かった。
「すみません、ひとつお尋ねしたいのですが……」
「あ? 何だキサマ、名を名乗れ」
「申し遅れました。私は『骨接ぎ師の喜多』。銭虎殿にお会いしたく参ったのですが」
「骨接ぎ? 旦那どこか痛めたのか?」
そんな話は聞いていないかったため、門兵は喜多を門前で待機させ、確認のため中へ入ろうと後ろを向いた。
「――ぐふぅぅぅ!」
「いえいえ、それは結構です。私が一方的にお会いに参ったのですから」
喜多の右手が門兵の背中にめり込んだ。
カランッ、と門前の手に持っていた槍が地面に落ちる音が闇夜に響くと、続いてゴキッゴキッゴキッ……と、骨の擦れる音と漢の何とも言えない呻き声が交互に漏れた。
「どうでしょう、身体が軽くなった感じしませんか? 肩コリによく効くと噂のツボをイジってみたのですが」
門兵からの返答はない。
それどころか門兵はその場で白目をむき、泡を吹いてその場に倒れ込んでしまった。
「あららら……、間違ってしまいましたかね?」




